四季子らの呪い唄

三石成

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第一章 実らん木

二 宴会 -1-

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 その日の夜は、俺たち調査隊を歓迎する宴会が開かれた。案内された社務所が会場だ。瀬戸と冬夜の部屋を仕切っている木戸を取り払い、ひと繋がりの大きな座敷にしている。人数分の座布団とお膳とが並べられ、島の女性たちが腕を振るってくれた料理がのせられている。

 俺たちを神社に案内したあと一度帰っていった宮松は、宴会が始まる少し前に、島の特産品だという芋焼酎の酒瓶を携えてやってきた。

「はるばる海を越えていらしてくださった、我らがお客人を歓迎して、乾杯!」

 宮松の音頭に合わせて、座敷にいる全員がグラスを掲げ、酒を飲みはじめる。大人たちのグラスを満たしているのは宮松が持参してきた芋焼酎だが、子供たちはタンカンというオレンジによく似た柑橘のジュースを飲んでいる。

 飲み物だけでなく、膳の上に並ぶ料理にも島らしさが溢れている。メインは、島の周囲で獲れる新鮮な魚介の刺身だ。そのほかの料理は、さまざまな野菜の和物・魚のつみれが入った味噌汁・茶碗蒸しなどなど。どれも美味しそうだが、もっとも大きな違いは主食だ。

 俺の感覚であれば、こういったメニューには白米が合わせられるのが普通だ。しかし、今日の膳の上に、米はいっさい存在しない。代わりに蒸した芋が輪切りにされて、椀の上にこれでもかという程の量が盛られている。食べてみると、食感や味の傾向はさつま芋に似ているが、色は白っぽく甘味は控えめで、刺身にも合う。

「どうですか、島の食事はお口に合いますか?」

 料理を作ってくれた女性のうちの一人、春樹の母親である琴乃ことのが、俺のグラスが空になったのを見てお酌をしにきてくれた。

 割烹着を着た彼女は、長めの髪を丁寧に結って頸のあたりでまとめている。化粧っ気はなく年相応の皺もあるが、上品な印象のする美人である。

「どうも、ありがとうございます。はい、どの料理もとても美味しいです。この芋は、さつま芋なのでしょうか」

 グラスに手を添えて、ありがたくお酌を受けながら問うてみる。

「それはよかった。これは『勾島芋』や『島芋』と言いまして、私たちの大事な主食です。島では稲作ができませんので」

「お米を食べることはないのですか」

「まったくないことはありませんが、食卓に上がることはほとんどありませんね。勾島で食べているものは、ほぼすべてが勾島産のものなのですよ」

 俺は驚きに目を瞬かせた。

「これだけの小さな島で食料自給率が一〇〇パーセントに近いとは、すごいですね」

 日本全体での食料自給率は、僅か三七パーセントだと記憶している。そのほかの六三パーセントは外国からの輸入に頼っており、戦争などのなんらかの原因で輸入ができなくなれば、現在のような食卓の維持は不可能だ。

「望んでそうなっているというよりは、必要に迫られて、というものではありますね。勾島の周囲の海は荒れやすく、たとえ雨風がない日でも、波が高くて船を出せないという日は多いのです。周辺で漁をするのではなく、八丈島に行くとなると、その条件はいっそう厳しくなります。一ヶ月以上島から出られない日が続く、なんてこともありまして」

 琴乃が軽く眉を下げて話す言葉を聞き、俺は深く頷いた。なるほど。そのような状況で島外からの食料に頼っていては、島民は簡単に餓死してしまう。たとえ外部との連絡をいっさい絶たれたとしても、島内だけの営みで暮らしていけるようになっているのだ。

「俺たちが予定していた日に問題なく島へ来られたのは、運が良かったのですね」

 思わず漏れた言葉に、琴乃は表情を綻ばせた。

「ええ、それはもう。きっと、根っこ様が皆様を歓迎されているのでしょう」

「根っこ様……?」

 聞き慣れない単語を復唱する。

「根っこ様というのは、我々島民が信仰している神様のことです」

 その疑問に答えてくれたのは、俺の隣に座っていた瀬戸だった。琴乃は他の者に呼ばれ、軽く頭を下げると側から離れていく。

「当神社は大穴おおあなを御神体として祀っていますが、大穴に宿る御霊は根っこ様ですので、ここは根っこ様を祀る神社ということになります」

 瀬戸の穏やかな言葉を聞いて、尾てい骨のあたりがヒヤリとする感覚を俺は覚えた。なにしろ、俺たちが調査に来たのは、彼が御神体と言っている大穴そのものなのだ。

 この勾島を上空から見下ろせば、雫型をしていることがわかる。雫型の膨らみを下にすると、港はちょうど真下に位置している。そこから崖を斜めに横切る形で坂を上ってきて、先ほど本道を通って見た集落は島の中央付近だ。この神社は、集落から雫型の尖っている上方向に存在する。さらに神社の先には、航空写真でもはっきりと見えるほどに大きな天然の竪穴がポッカリと開いている。これが大穴だ。

 大穴は「地の底まで続く」と島に言い伝えられているほどに深く、下まで見通すことはできない。いままで、誰一人として穴の中に入って内部の様子を確かめた者はいない、とのことだった。

 そんな大穴の調査を依頼するため、探検家である家茂を村長である宮松が招いた。それが、俺たちがここに来た経緯だ。

 招待を受けた家茂も、勾島について事前にざっくりとは調べたようだ。すると宮松の言うとおり、大穴どころか勾島自体に学術的な調査が入ったことはなかったという。いままで手付かずだったのには、日本の外れにある島の位置関係や、上陸の困難さ、外部の人間の立ち入りが禁止されていることに由来する注目度の低さというものが影響しているのだろう。

「その……瀬戸さんは大穴の調査について、どう思われていらっしゃいますか?」

 おずおずと尋ねてみる。調査隊は村長に招かれて来たが、村長の意思が全島民と一致しているとは限らない。さらに、調査対象である大穴は、あろうことか調査の間に滞在する神社の御神体だという。表向きは俺たちを歓迎してくれているように見える神主が、裏では苦々しく思っていたとしてもおかしくはない。俺の思考を読み取ったように、瀬戸は笑った。

「どうぞご心配なく。信仰心と科学的な興味は別物ですから。もちろん、私は大穴への畏怖を抱いておりますが、同時に、大穴の中やその底の環境がどうなっているのかは純粋に気になっておりますよ。皆様の調査が順調に進み、明らかになる報告を聞くことを楽しみにしております」

「それは良かった。正直ホッといたしました」

 返事を聞いて俺は表情を緩めると、なみなみと満ちたグラスに口をつけて酒を飲んだ。辛味はあるがそこまでキツくもなく、スッキリとした飲み口だ。

 美酒に舌鼓を打ちながら、俺は改めて座敷の中を見回した。宴会に参加しているのは、島外からやってきた俺たち四人と、港に迎えに来てくれた中学生の少年たち四人。それと宮松・宮松の息子で千秋の父であり警察官の士郎しろう・瀬戸・立川・春樹の父親で農家の池田いけだで総勢一三人。料理を作ってくれ、いまも何かと世話を焼いてくれているのは、先ほどお酌をしてくれた琴乃・宮松の義理の娘で千秋の母親である千鶴ちづる・村役場の職員だという沢口真里さわぐちまりの三人だ。

 家茂は探検家らしく、一般の人であればなかなか遭遇することのない体験をしてきている。世界中への旅の経験を披露すれば自ずと興味深い話ができるもので、話題の中心は家茂の冒険譚になっている。

 盛り上がる彼らの様子を眺めながら、俺はふとあることが気になった。ここに来てから、一度も冬夜の母親、つまり瀬戸の妻の姿をみていない。いっさい話に上がらないということは「そういうこと」なのだろうと思いながら、瀬戸の左手をチラリと見た。彼の薬指には、シンプルな結婚指輪がはまっている。

「私の妻は、八年前に病気で他界しまして」

 俺の視線に気がついたのか、問う前に瀬戸から説明があった。

「ご愁傷様です。すみません、俺の視線がずいぶん不躾でしたよね」

「いえいえ、そのようなことはありませんよ。子供がいるのに妻がいないというのは、当然気になることでしょうし。普段は私と二人きりで寂しい生活を送っていますから、こうしてお客様がたくさんいらしてくださると冬夜も嬉しいでしょう」

 名前を呼ばれ、瀬戸の隣に座っていた冬夜がこちらを向いた。黒曜石のように深い色をした瞳だと思う。

「なあ、冬夜。調査隊の皆様が来てくださって嬉しいよな」

 瀬戸が優しい声音で語りかけると、冬夜はニコリと笑って頷く。

「はい、とても。しばらくは春樹、千秋、夏久の三人も皆でここに寝泊まりする予定ですし、なんだか合宿みたいで」

 少年らしい冬夜の言葉につられて笑う。

「そういえば、三人の子どもたちは皆、名前に季節が入っているのですね。島には、生まれの季節を子供の名前に入れる流行があるのですか?」

 問いかけると、瀬戸は驚いたように目を瞬いてからポンと手を叩く。

「そうか、島外の方は四季子しきごのことをご存じないのですね。当然のことなのですが、私たちにはあまりにも当たり前のことで失念しておりました」

「四季子?」

「はい。実は、冬夜の名前も冬に夜と書いてトウヤと読むので、冬の字が入っているのです。それで、この子たち四人をまとめて四季子と呼びます」

「グループ名のようなものですか」

 島の常識からするとだいぶ可笑しなことを言っているようで、瀬戸は声を漏らして笑った。

「四季子は島に古くからある言い伝えであり、この上ない吉兆なのです。同年同月同日同時刻に四人の男の子が生まれることを神からの啓示と捉えて、その子どもたちにそれぞれ季節の名前をつけ、年間を通しての島の安寧を願うのです。ですから四季子は、大変縁起の良い存在とされております」

 説明を理解して、俺は目を見開いた。

「では、彼らは四人とも同じ誕生日なのですか」

「はい。総人口が一二〇数人、毎年の出生人数が僅か二、三人という島で、同日に四人の子が生まれる珍しさが伝わりますでしょうか。この子たち四季子が生まれたときは、島中がそれはもう大変な騒ぎになりまして」

「なるほど、それはたしかに珍しいことですね」

 瀬戸は大きく頷いてから微笑んだ。

「このお話をさせていただいたことで、あなたたち調査隊を我々島民が心から歓迎している、ということが伝わりましたでしょうか。なにしろ、島で一番の吉兆をおそばに置かせていただいているのですから」

 そうして、話は予想外の着地をした。俺は驚きながらも、彼らの心遣いを素直に嬉しく感じたのだった。
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