万人の災厄を愛して

三石成

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第一章 竹林の家

一 朝

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 穏やかな朝の光が差し込む、広縁ひろえんに面した和室。その畳の上には、布団が二つ、隙間なく隣り合わせに敷かれている。

 片方の布団の上に仰向けになった浄は、自分の上に跨った藤の姿を、眩しげに目を細めて見上げる。着物は乱れて肌が露わになっているのに、きっちりと結い上げた髪は整っていた。

 藤は浄の腹部に手をついて体を支えながら、朝の生理現象のまま力を持ってしまった剛直の上に、ゆっくりと腰を落としていく。

「あ、あぁ……はぁ……」

 すでに馴染んだ藤の臀部の窄まりは、ひくひくと収縮を繰り返しながらも、浄の人並み外れて大きな昂りを飲み込んでいく。二人しかいない家の中だというのに、藤の唇から漏れる声は、抑えられて小さい。

「堪らんな、お前のその掠れた声」

 浄は着物の下に手を差し入れ、藤の滑らかな太腿から臀部を撫で擦り、囁く。その指先が接合部に近づき、いっぱいに広がっている合わせ目を辿る。

 藤は睨めつけるようなまなざしで浄の顔を見下ろしてから、腰を前後にゆらゆらと揺らめかせはじめた。

 布団に膝をつき、中に収めた剛直を味わうように、うっとりと目を閉じる。それからしばらく、接合部から漏れる淫靡な水音と、藤の抑えた甘い喘ぎ声が室内に響いた。

「綺麗だ、藤」

 自分の上で腰を振る姿を見上げたまま、しみじみと浄が告げる。その言葉に、藤は浅く笑い声を漏らした。笑う腹部の動きにあわせて、内壁も一緒に収縮する。

 たまらなくなったように、浄は上体を起こすと、藤を布団の上へ押し倒した。

「あああっ……ああ、浄……」

 上がる声の甘さが増す。

 藤の膝を抱え上げ、大きく開かせながら、浄は腰を奥まで打ちつける。熟れた内壁をかき混ぜられて、藤の声が一段階高く、大きくなる。激しくなった水音に、肌と肌がぶつかり合う音も混ざってしばらく。

「いく……いくっ……ああああっ」

 体を組み敷かれたまま、藤は嬌声を上げて精を放った。一度も触れられなかった彼の昂りから、白濁が迸って乱れた着物へと垂れる。

「っ……」

 荒々しく腰を打ち込み続けていた浄もまた、きつく窄まった内壁に引きずられ、低くうめき声を漏らした。深く自身を埋めたまま、藤の中へ白濁を注ぎ込む。

 絶頂の余韻を残し、荒い息が交差する。

 

 呼吸がようやく落ち着いてきたころ、浄の腰がまた再び動き始めた。

「こら、浄……っ。もう駄目だ」

 その動きを制すように、藤が浄の肩を強めに叩く。無理やり体をよじると、拘束から逃れ浄の下から這い出した。

「藤、もう一回」

「買い出しに行かねばならないのだ」

 甘えた声を出して腕を掴んでくる浄の手を、毅然とした態度で振り払う。

 藤は軽くよろめきながらも立ち上がり、乱れた着物を引き寄せた。先程まできっちりまとめていた髪型も、浄に組み敷かれたせいで崩れてしまっている。

「う……」

 藤は息を詰めた。立ち上がると、中に注ぎ込まれた精が溢れてきて、内腿を伝った。

「朝は外に出してくれと、いつも言っているだろう」

「お前の中が気持ち良過ぎるのがいけない」

 言い訳にならない言い訳を聞いて、藤は笑う。文句は言っているが、藤は浄へ本気で抗議をするつもりはない。浄を布団の上に残し、隣の部屋を通って台所に向かった。

 この家は二年前、信頼のおける、口のかたい大工に建ててもらったものだ。周辺の土地も含めて浄と藤で所有している、人里離れた深い竹林の中の平屋。襖で仕切られた部屋は四つと、二人で住むには広い。

 台所には、外から家の中まで直接引き入れている湧き水が、かめに常時流れている。藤はそこで手ぬぐいを濡らし、汗と精に汚れた体を拭いた。注ぎ込まれた白濁も、指を入れて自分で処理をする。

「んっ……」

 ミシリと床が軋む音がしてそちらを見ると、後を追ってきた浄が、柱に凭れて藤のあられもない姿を見ていた。

「俺がやってやろうか」

「その手口には乗らないぞ」

 過去すでに幾度も、後処理と称して布団に引きずり込まれている。藤は一人で処理を終えると、今度は部屋へ戻って汚れた着物を脱いだ。箪笥たんすのひきだしから新しいものを出して着替える。目立たない生成りの着物だが、藤の上品な容姿にはよく似合う。

 畳の上に座り、鏡に向かってほつれた髪を下ろして結い直していると、なおも後をついてきた浄が声をかけてきた。

「俺も一緒に市へ行きたい」

 その珍しい言葉に、藤は軽く眉を寄せる。

「駄目だ。何か欲しいものがあるのなら言ってくれ、わたしが買ってくるから」

「明日は、お前の誕生日だと言っていただろ」

「それがどうかしたのか?」

「贈り物を買いたいのさ」

 髪を括り終えた藤は、驚きに目を瞬いた。浄へと顔を向けて、少しの間の後。笑いが込み上げてきて、声をたてて破顔する。

「ははは、浄がそのようなことを言い出すとは思わなかった」

「贈る相手に買ってきてもらうわけにはいかんだろう」

「ありがとう。ただ、わたしに欲しい物などない」

 藤は早々に準備を終えると、財布をたもとに入れ立ち上がる。申し出をきっぱりと断った形になるが、彼の機嫌は先程と比べて良くなっていた。贈り物をしたいと言われて、嫌な気分がする者はそういない。

 対称的に、浄は笑われて憮然とした表情になった。藤は機嫌を取るように浄へ近寄ると、彼の首元に腕を回し、項を撫でる。

「明日は、いつもよりも張り切ってくれるのだろう? それで十分だ」

 そもそも誕生日を明かしたのも、いつかの閨事の最中のことだ。藤は柔和に微笑んだが、浄は厳しい表情のまま。

「家で待っていてくれたら、今夜は口淫をしてやる」

 たたみかけるように吐息で囁いて、浄の唇へと口づける。すると、浄の表情は自然と緩んだ。その素直な様子を見て、藤はまた目を細める。

 最後にもう一度だけ浄へ口づけると、今度は藤を抱きしめようと動いた浄の腕からするりと逃げていった。

「行ってくる。昼には帰るから」

 空を掻き抱いた形になった浄を残し、藤は身軽に土間から降りて家の外へと出ていく。 さして気密性が高くない家だが、それでも外へ出ると、清々しい空気に包まれた。

 家の裏手は山が絶壁になっている。その他三方を取り囲む深い竹林は、今日も青々としていた。風が抜けるたび、笹が葉擦れの音をたてる。

 家に隣接している厩から鹿毛馬かげうまを出す。藤と浄は馬に名前をつけておらず、ただその被毛から、鹿毛かげと呼んでいた。飼っている馬は一頭だけである。

 鞍に買い物用の竹籠を下げてから乗る。藤は軽やかに鹿毛の腹を蹴ると、竹林の中の獣道を駆けていった。
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