ミミサキ市の誘拐犯

三石成

文字の大きさ
上 下
29 / 31
第四章

決行

しおりを挟む
 俺は藪の中で一人、身を潜めていた。

 黒のキャップを目深に被り、両手で縮めたスパイクストリップを持った状態でしゃがみ込んで全神経を集中させる。

 現在日時は二月二八日午後二時三五分。場所はツルマ市の中でもセイイロ山に近い、トンネルを抜けたすぐ先にある市道脇の林の中だ。

 昨日俺達は、サイチがハッキングして取得してきてくれた情報を元に、綿密な作戦を立てた。

 二月二八日に行われる移送は二件のみ。そのうち一件は精神疾患のある窃盗事件の容疑者を裁判所へ連れて行くものであり、ヴィンスとは関係のないものだと断定できた。

 残った一件は、表向き、事件で下半身不随になり、処置の済んだ死刑囚を拘置所へ移送するという内容になっていた。ところが、その予定されている移送ルートが奇妙だったのだ。

 近くの拘置所へ移送するなら、大通りを通っていけば良いところを、何故だか山を抜けた沿岸部の道を通って行くルートが予定されていた。そのルート付近にある発電所で、ヴィンスを下ろす手はずになっているのだと予測できる。

 移送を担当する人員は俺の予想通り、医療刑務所の刑務官一名と外部護衛二名という記載になっていた。この外部護衛二名がキャプターだろう。

 移送の正確な時間とルートがわかったところで、俺達は護送車の襲撃地点を決定した。ルートの中で、最も民家が少なく見通しが悪かったのが、ここ、マッカートンネルを抜けた先の、左右を林に囲まれた狭い市道である。

『ツキ、護送車がトンネル前通過。行くぞ』

 右耳に嵌めたインカムからホセの声が聞こえ、軽く腰を浮かせた。

 スパイクストリップは、事前に道路に敷いておくと、運転手から視認されて避けられたり停止されたりしてしまう。ブレーキが間に合わないよう、車が走る直前に敷くのが鉄則だ。そのタイミングは一瞬。

 俺の耳にも、トンネルを走ってくる車の走行音が聞こえた。視界に捕らえる。

 俺は藪の中に紛れたまま、タイミングを見計らいスパイクストリップの片端を向こう側へと投げる。道路幅いっぱいにスパイクが敷かれた次の瞬間、その上を護送車が走った。

 軽い破裂音が響き、蛇行してから護送車が止まった。俺はすぐさまスパイクストリップを引き寄せ、藪の中に隠す。これは一般には販売されていない警察の装備品だ。見つかったら面倒になる。

 その後、俺は素早く藪から出て、車の後ろ側から運転席側まで忍び寄った。車のミラーに写り込まないよう、細心の注意が必要だ。

 自分で心臓がバクバクと大きく鼓動しているのがわかる。ところが同時に、奇妙な程落ち着いてもいる。

 この護送車についている窓は運転席のみで、内部は見えない。

 護送車の外装に背をつけながら、運転席のドアが開く音を聞く。瞬時に、その隙間から覗いた手を引き寄せ、運転手である刑務官を護送車の外へと引きずり出した。同時にその口を片手で塞ぐ。刑務官が全力で暴れるのをこちらも必死で抑え込み、背後から首に腕を入れて締めていく。

 刑務官はしばらくジタバタと暴れていたが、そのまま絞め続けると意識を失った。静かな攻防だった。

 ゆっくりと締めていた腕を外すと、刑務官が持っていた手錠で彼自身の両手首を拘束し、そのまま護送車に凭れかからせるように放置する。その際、彼が持っていた鍵も抜き取った。

 ここまでは順調。だが、本番はこの次だ。

 護送車の後部ドアの鍵を開け、ノックを三回。

俺はすぐさま護送車の側面に移動した。こちらからドアを開けて乗り込もうとする隙が生まれるので、自分からは開けない、あくまで、内側から開けさせるのだ。

 腰に下げていたトンファー警棒を握り、引き抜く。

 ドアが開いた。

その瞬間、中から顔を出した人物の首元目掛けて、トンファーで殴りつける。「うっ」と呻いて倒れかかったのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男。キャプターのエルだ。

 良い当たりだったが、寸での所でエルが身を引いたため、一撃で落とすところまで行かなかった。

 再度殴りつけようと踏み込んだが、護送車の中から射撃され、再度側面へと身を引く。金属に銃弾が当たっている、キンキンと甲高い音がしている。

 この容赦のない撃ち方的に、中にいるもう一人はザカリアで間違いないだろう。

 今の不意をついた一撃で、一人を戦闘不能にできれば最高だったのだが、そうはいかなかった。この先は、二人も襲撃されたという認識で動いてくる。

「本部。こちらエル、死刑囚移送中にマッカートンネル先で襲撃を受けている。本部、本部?」

 護送車の中から、二人が外部へ通信しようとしている声が聞こえてきて、俺は思わず口角を上げた。この護送車からの通信は、ホセと共にトンネルの向こう側にいるサイチがジャミングしている。

 俺は、ホセの家で作ったお手製の発煙弾に火をつけた。開いたままのドアから中へと投げ込む。すぐさま白い煙が立ち上り、護送車の中から薄く溢れ出してくる。

 外は少し煙いくらいだが、中はもう完全に視界が効かない状況になっているだろう。別段人体に有害なものは混ぜ込んでいないが、何より煙いはずだ。

 しばらく待っていると、中から耐えかねたように人影が飛び出してきた。

 俺は身をかがめて近づくと、トンファーの遠心力を利用し殴りかかる。その人物が振り返る。結った髪が翻った。ザカリアだ。

 彼女は一瞬にして後ろへ向けて飛び退き、背筋を反らしてトンファーの切っ先を掻い潜る。そのままの姿勢で俺の顔へと銃を構え、引き金を――。

 引くその寸前。道の脇にある藪から発砲音が響き、正確無比な銃弾が、ザカリアの拳銃を握っていた手を貫いた。

「ああああっ!」

 ザカリアが痛みに悲鳴を上げる。俺は容赦なく再度足を踏み込み、渾身の力を籠めてトンファーの短い方の切っ先で、ザカリアを殴り飛ばす。

 確かな手応えがあった。仰向けになって道路へと倒れ伏したザカリアは、目を閉じたまま動かない。

 その様子を見てふっと短く息を漏らし、俺は、銃声が聞こえる一瞬前にしゃがみ込んでいた。背後からの殺気を感じたのだ。

 頭の上を掠めて銃弾が飛んでいく。目深に被っていたキャップが外れて落ちていった。

「一体どこの凶悪犯かと思えば、あの時の警部補じゃないですか」

 顔を上げれば、背後から歩み寄りってきたエルが、余裕のある声音で笑っている。彼の銃口の先が、しゃがみ込んだ俺の心臓に狙いを定めているからだろう。

「俺はまた会うと思っていたが」

 トンファーを握ったまま、降参するように両手を上げて、俺も笑った。

 この笑いはハッタリではない。こんな風に話しているということは、エルは先程、ザカリアが倒された時の様子を見ていないのだ。

「やはりあの時おかしいと思ったんですよ。先に殺しておくべきでした」

 悠長に会話をしているザカリアに、俺は目を細める。

「なら、何故すぐに殺さない」

「……さようなら、ユージ警部補」

 拳銃を握るエルの手に力が籠もる。

「今のことも、お前はまた後悔するんだろうな」

 そう、俺が笑った時。

 藪の中から銃声が響く。エルは握っていた拳銃を弾き飛ばされた。

 彼が驚きの表情を浮かべると同時。俺は低姿勢から目の前の足を払い、しゃがみ込んだ姿勢から跳躍した。頭上から、回転させたトンファーでエルの後頭部を殴りつける。

 その間、数秒の出来事。俺は、世界が時を止めているかのように感じていた。

 バランスを崩したエルの体は、俺に殴られ地面に叩きつけられた。しばらく様子を見ていたが、身じろぎ一つする様子はない。

 俺は肺の奥から、深く息を吐き出す。青い空を見上げれば、やり遂げた、という充足感が満ちていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異能捜査員・霧生椋

三石成
ミステリー
旧題:断末魔の視覚 霧生椋は、過去のとある事件により「その場で死んだ者が最後に見ていた光景を見る」という特殊能力を発現させていた。けれどもその能力は制御が効かず、いつ何時も人が死んだ場面を目撃してしまうため、彼は自ら目隠しをし、視覚を塞いで家に引きこもって暮らすことを選択していた。 ある日、椋のもとを知り合いの刑事が訪ねてくる。日本で初めて、警察に「異能係」という霊能捜査を行う係が発足されたことにより、捜査協力を依頼するためである。 椋は同居人であり、自らの信奉者でもある広斗と共に、洋館で起こった密室殺人の捜査へと向かうことになる。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

異世界のんびり料理屋経営

芽狐
ファンタジー
主人公は日本で料理屋を経営している35歳の新垣拓哉(あらかき たくや)。 ある日、体が思うように動かず今にも倒れそうになり、病院で検査した結果末期癌と診断される。 それなら最後の最後まで料理をお客様に提供しようと厨房に立つ。しかし体は限界を迎え死が訪れる・・・ 次の瞬間目の前には神様がおり「異世界に赴いてこちらの住人に地球の料理を食べさせてほしいのじゃよ」と言われる。 人間・エルフ・ドワーフ・竜人・獣人・妖精・精霊などなどあらゆる種族が訪れ食でみんなが幸せな顔になる物語です。 「面白ければ、お気に入り登録お願いします」

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...