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第四章
決行
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俺は藪の中で一人、身を潜めていた。
黒のキャップを目深に被り、両手で縮めたスパイクストリップを持った状態でしゃがみ込んで全神経を集中させる。
現在日時は二月二八日午後二時三五分。場所はツルマ市の中でもセイイロ山に近い、トンネルを抜けたすぐ先にある市道脇の林の中だ。
昨日俺達は、サイチがハッキングして取得してきてくれた情報を元に、綿密な作戦を立てた。
二月二八日に行われる移送は二件のみ。そのうち一件は精神疾患のある窃盗事件の容疑者を裁判所へ連れて行くものであり、ヴィンスとは関係のないものだと断定できた。
残った一件は、表向き、事件で下半身不随になり、処置の済んだ死刑囚を拘置所へ移送するという内容になっていた。ところが、その予定されている移送ルートが奇妙だったのだ。
近くの拘置所へ移送するなら、大通りを通っていけば良いところを、何故だか山を抜けた沿岸部の道を通って行くルートが予定されていた。そのルート付近にある発電所で、ヴィンスを下ろす手はずになっているのだと予測できる。
移送を担当する人員は俺の予想通り、医療刑務所の刑務官一名と外部護衛二名という記載になっていた。この外部護衛二名がキャプターだろう。
移送の正確な時間とルートがわかったところで、俺達は護送車の襲撃地点を決定した。ルートの中で、最も民家が少なく見通しが悪かったのが、ここ、マッカートンネルを抜けた先の、左右を林に囲まれた狭い市道である。
『ツキ、護送車がトンネル前通過。行くぞ』
右耳に嵌めたインカムからホセの声が聞こえ、軽く腰を浮かせた。
スパイクストリップは、事前に道路に敷いておくと、運転手から視認されて避けられたり停止されたりしてしまう。ブレーキが間に合わないよう、車が走る直前に敷くのが鉄則だ。そのタイミングは一瞬。
俺の耳にも、トンネルを走ってくる車の走行音が聞こえた。視界に捕らえる。
俺は藪の中に紛れたまま、タイミングを見計らいスパイクストリップの片端を向こう側へと投げる。道路幅いっぱいにスパイクが敷かれた次の瞬間、その上を護送車が走った。
軽い破裂音が響き、蛇行してから護送車が止まった。俺はすぐさまスパイクストリップを引き寄せ、藪の中に隠す。これは一般には販売されていない警察の装備品だ。見つかったら面倒になる。
その後、俺は素早く藪から出て、車の後ろ側から運転席側まで忍び寄った。車のミラーに写り込まないよう、細心の注意が必要だ。
自分で心臓がバクバクと大きく鼓動しているのがわかる。ところが同時に、奇妙な程落ち着いてもいる。
この護送車についている窓は運転席のみで、内部は見えない。
護送車の外装に背をつけながら、運転席のドアが開く音を聞く。瞬時に、その隙間から覗いた手を引き寄せ、運転手である刑務官を護送車の外へと引きずり出した。同時にその口を片手で塞ぐ。刑務官が全力で暴れるのをこちらも必死で抑え込み、背後から首に腕を入れて締めていく。
刑務官はしばらくジタバタと暴れていたが、そのまま絞め続けると意識を失った。静かな攻防だった。
ゆっくりと締めていた腕を外すと、刑務官が持っていた手錠で彼自身の両手首を拘束し、そのまま護送車に凭れかからせるように放置する。その際、彼が持っていた鍵も抜き取った。
ここまでは順調。だが、本番はこの次だ。
護送車の後部ドアの鍵を開け、ノックを三回。
俺はすぐさま護送車の側面に移動した。こちらからドアを開けて乗り込もうとする隙が生まれるので、自分からは開けない、あくまで、内側から開けさせるのだ。
腰に下げていたトンファー警棒を握り、引き抜く。
ドアが開いた。
その瞬間、中から顔を出した人物の首元目掛けて、トンファーで殴りつける。「うっ」と呻いて倒れかかったのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男。キャプターのエルだ。
良い当たりだったが、寸での所でエルが身を引いたため、一撃で落とすところまで行かなかった。
再度殴りつけようと踏み込んだが、護送車の中から射撃され、再度側面へと身を引く。金属に銃弾が当たっている、キンキンと甲高い音がしている。
この容赦のない撃ち方的に、中にいるもう一人はザカリアで間違いないだろう。
今の不意をついた一撃で、一人を戦闘不能にできれば最高だったのだが、そうはいかなかった。この先は、二人も襲撃されたという認識で動いてくる。
「本部。こちらエル、死刑囚移送中にマッカートンネル先で襲撃を受けている。本部、本部?」
護送車の中から、二人が外部へ通信しようとしている声が聞こえてきて、俺は思わず口角を上げた。この護送車からの通信は、ホセと共にトンネルの向こう側にいるサイチがジャミングしている。
俺は、ホセの家で作ったお手製の発煙弾に火をつけた。開いたままのドアから中へと投げ込む。すぐさま白い煙が立ち上り、護送車の中から薄く溢れ出してくる。
外は少し煙いくらいだが、中はもう完全に視界が効かない状況になっているだろう。別段人体に有害なものは混ぜ込んでいないが、何より煙いはずだ。
しばらく待っていると、中から耐えかねたように人影が飛び出してきた。
俺は身をかがめて近づくと、トンファーの遠心力を利用し殴りかかる。その人物が振り返る。結った髪が翻った。ザカリアだ。
彼女は一瞬にして後ろへ向けて飛び退き、背筋を反らしてトンファーの切っ先を掻い潜る。そのままの姿勢で俺の顔へと銃を構え、引き金を――。
引くその寸前。道の脇にある藪から発砲音が響き、正確無比な銃弾が、ザカリアの拳銃を握っていた手を貫いた。
「ああああっ!」
ザカリアが痛みに悲鳴を上げる。俺は容赦なく再度足を踏み込み、渾身の力を籠めてトンファーの短い方の切っ先で、ザカリアを殴り飛ばす。
確かな手応えがあった。仰向けになって道路へと倒れ伏したザカリアは、目を閉じたまま動かない。
その様子を見てふっと短く息を漏らし、俺は、銃声が聞こえる一瞬前にしゃがみ込んでいた。背後からの殺気を感じたのだ。
頭の上を掠めて銃弾が飛んでいく。目深に被っていたキャップが外れて落ちていった。
「一体どこの凶悪犯かと思えば、あの時の警部補じゃないですか」
顔を上げれば、背後から歩み寄りってきたエルが、余裕のある声音で笑っている。彼の銃口の先が、しゃがみ込んだ俺の心臓に狙いを定めているからだろう。
「俺はまた会うと思っていたが」
トンファーを握ったまま、降参するように両手を上げて、俺も笑った。
この笑いはハッタリではない。こんな風に話しているということは、エルは先程、ザカリアが倒された時の様子を見ていないのだ。
「やはりあの時おかしいと思ったんですよ。先に殺しておくべきでした」
悠長に会話をしているザカリアに、俺は目を細める。
「なら、何故すぐに殺さない」
「……さようなら、ユージ警部補」
拳銃を握るエルの手に力が籠もる。
「今のことも、お前はまた後悔するんだろうな」
そう、俺が笑った時。
藪の中から銃声が響く。エルは握っていた拳銃を弾き飛ばされた。
彼が驚きの表情を浮かべると同時。俺は低姿勢から目の前の足を払い、しゃがみ込んだ姿勢から跳躍した。頭上から、回転させたトンファーでエルの後頭部を殴りつける。
その間、数秒の出来事。俺は、世界が時を止めているかのように感じていた。
バランスを崩したエルの体は、俺に殴られ地面に叩きつけられた。しばらく様子を見ていたが、身じろぎ一つする様子はない。
俺は肺の奥から、深く息を吐き出す。青い空を見上げれば、やり遂げた、という充足感が満ちていく。
黒のキャップを目深に被り、両手で縮めたスパイクストリップを持った状態でしゃがみ込んで全神経を集中させる。
現在日時は二月二八日午後二時三五分。場所はツルマ市の中でもセイイロ山に近い、トンネルを抜けたすぐ先にある市道脇の林の中だ。
昨日俺達は、サイチがハッキングして取得してきてくれた情報を元に、綿密な作戦を立てた。
二月二八日に行われる移送は二件のみ。そのうち一件は精神疾患のある窃盗事件の容疑者を裁判所へ連れて行くものであり、ヴィンスとは関係のないものだと断定できた。
残った一件は、表向き、事件で下半身不随になり、処置の済んだ死刑囚を拘置所へ移送するという内容になっていた。ところが、その予定されている移送ルートが奇妙だったのだ。
近くの拘置所へ移送するなら、大通りを通っていけば良いところを、何故だか山を抜けた沿岸部の道を通って行くルートが予定されていた。そのルート付近にある発電所で、ヴィンスを下ろす手はずになっているのだと予測できる。
移送を担当する人員は俺の予想通り、医療刑務所の刑務官一名と外部護衛二名という記載になっていた。この外部護衛二名がキャプターだろう。
移送の正確な時間とルートがわかったところで、俺達は護送車の襲撃地点を決定した。ルートの中で、最も民家が少なく見通しが悪かったのが、ここ、マッカートンネルを抜けた先の、左右を林に囲まれた狭い市道である。
『ツキ、護送車がトンネル前通過。行くぞ』
右耳に嵌めたインカムからホセの声が聞こえ、軽く腰を浮かせた。
スパイクストリップは、事前に道路に敷いておくと、運転手から視認されて避けられたり停止されたりしてしまう。ブレーキが間に合わないよう、車が走る直前に敷くのが鉄則だ。そのタイミングは一瞬。
俺の耳にも、トンネルを走ってくる車の走行音が聞こえた。視界に捕らえる。
俺は藪の中に紛れたまま、タイミングを見計らいスパイクストリップの片端を向こう側へと投げる。道路幅いっぱいにスパイクが敷かれた次の瞬間、その上を護送車が走った。
軽い破裂音が響き、蛇行してから護送車が止まった。俺はすぐさまスパイクストリップを引き寄せ、藪の中に隠す。これは一般には販売されていない警察の装備品だ。見つかったら面倒になる。
その後、俺は素早く藪から出て、車の後ろ側から運転席側まで忍び寄った。車のミラーに写り込まないよう、細心の注意が必要だ。
自分で心臓がバクバクと大きく鼓動しているのがわかる。ところが同時に、奇妙な程落ち着いてもいる。
この護送車についている窓は運転席のみで、内部は見えない。
護送車の外装に背をつけながら、運転席のドアが開く音を聞く。瞬時に、その隙間から覗いた手を引き寄せ、運転手である刑務官を護送車の外へと引きずり出した。同時にその口を片手で塞ぐ。刑務官が全力で暴れるのをこちらも必死で抑え込み、背後から首に腕を入れて締めていく。
刑務官はしばらくジタバタと暴れていたが、そのまま絞め続けると意識を失った。静かな攻防だった。
ゆっくりと締めていた腕を外すと、刑務官が持っていた手錠で彼自身の両手首を拘束し、そのまま護送車に凭れかからせるように放置する。その際、彼が持っていた鍵も抜き取った。
ここまでは順調。だが、本番はこの次だ。
護送車の後部ドアの鍵を開け、ノックを三回。
俺はすぐさま護送車の側面に移動した。こちらからドアを開けて乗り込もうとする隙が生まれるので、自分からは開けない、あくまで、内側から開けさせるのだ。
腰に下げていたトンファー警棒を握り、引き抜く。
ドアが開いた。
その瞬間、中から顔を出した人物の首元目掛けて、トンファーで殴りつける。「うっ」と呻いて倒れかかったのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男。キャプターのエルだ。
良い当たりだったが、寸での所でエルが身を引いたため、一撃で落とすところまで行かなかった。
再度殴りつけようと踏み込んだが、護送車の中から射撃され、再度側面へと身を引く。金属に銃弾が当たっている、キンキンと甲高い音がしている。
この容赦のない撃ち方的に、中にいるもう一人はザカリアで間違いないだろう。
今の不意をついた一撃で、一人を戦闘不能にできれば最高だったのだが、そうはいかなかった。この先は、二人も襲撃されたという認識で動いてくる。
「本部。こちらエル、死刑囚移送中にマッカートンネル先で襲撃を受けている。本部、本部?」
護送車の中から、二人が外部へ通信しようとしている声が聞こえてきて、俺は思わず口角を上げた。この護送車からの通信は、ホセと共にトンネルの向こう側にいるサイチがジャミングしている。
俺は、ホセの家で作ったお手製の発煙弾に火をつけた。開いたままのドアから中へと投げ込む。すぐさま白い煙が立ち上り、護送車の中から薄く溢れ出してくる。
外は少し煙いくらいだが、中はもう完全に視界が効かない状況になっているだろう。別段人体に有害なものは混ぜ込んでいないが、何より煙いはずだ。
しばらく待っていると、中から耐えかねたように人影が飛び出してきた。
俺は身をかがめて近づくと、トンファーの遠心力を利用し殴りかかる。その人物が振り返る。結った髪が翻った。ザカリアだ。
彼女は一瞬にして後ろへ向けて飛び退き、背筋を反らしてトンファーの切っ先を掻い潜る。そのままの姿勢で俺の顔へと銃を構え、引き金を――。
引くその寸前。道の脇にある藪から発砲音が響き、正確無比な銃弾が、ザカリアの拳銃を握っていた手を貫いた。
「ああああっ!」
ザカリアが痛みに悲鳴を上げる。俺は容赦なく再度足を踏み込み、渾身の力を籠めてトンファーの短い方の切っ先で、ザカリアを殴り飛ばす。
確かな手応えがあった。仰向けになって道路へと倒れ伏したザカリアは、目を閉じたまま動かない。
その様子を見てふっと短く息を漏らし、俺は、銃声が聞こえる一瞬前にしゃがみ込んでいた。背後からの殺気を感じたのだ。
頭の上を掠めて銃弾が飛んでいく。目深に被っていたキャップが外れて落ちていった。
「一体どこの凶悪犯かと思えば、あの時の警部補じゃないですか」
顔を上げれば、背後から歩み寄りってきたエルが、余裕のある声音で笑っている。彼の銃口の先が、しゃがみ込んだ俺の心臓に狙いを定めているからだろう。
「俺はまた会うと思っていたが」
トンファーを握ったまま、降参するように両手を上げて、俺も笑った。
この笑いはハッタリではない。こんな風に話しているということは、エルは先程、ザカリアが倒された時の様子を見ていないのだ。
「やはりあの時おかしいと思ったんですよ。先に殺しておくべきでした」
悠長に会話をしているザカリアに、俺は目を細める。
「なら、何故すぐに殺さない」
「……さようなら、ユージ警部補」
拳銃を握るエルの手に力が籠もる。
「今のことも、お前はまた後悔するんだろうな」
そう、俺が笑った時。
藪の中から銃声が響く。エルは握っていた拳銃を弾き飛ばされた。
彼が驚きの表情を浮かべると同時。俺は低姿勢から目の前の足を払い、しゃがみ込んだ姿勢から跳躍した。頭上から、回転させたトンファーでエルの後頭部を殴りつける。
その間、数秒の出来事。俺は、世界が時を止めているかのように感じていた。
バランスを崩したエルの体は、俺に殴られ地面に叩きつけられた。しばらく様子を見ていたが、身じろぎ一つする様子はない。
俺は肺の奥から、深く息を吐き出す。青い空を見上げれば、やり遂げた、という充足感が満ちていく。
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