ミミサキ市の誘拐犯

三石成

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第二章

トライデア・ホテル

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 ビーチ沿いに立ち並ぶ、高層ホテルと高級ブティック。ここアクリア通りは、ミミサキ市内の観光業におけるメインストリートだ。

 俺が泊まっているホテルのある通りも賑わっているが、こっちの通りとは格が違う。ホテルもブティックも総じて新しく、光り輝いているように見える。

 その中に建つ『トライデア・ホテル』を見上げ、俺は無意識に溜め息をついた。

 トライデア・ホテルは、一、二階部分は通常のビルと一緒だが、その上の客室部分が三棟に別れている特徴的なホテルだ。外観はまるでフォークのようだと俺は思う。

 三叉部分は正方形のビルが、それぞれ斜めになるように配置された形状になっている。開放感を得るために、どこの棟の、どの窓からでも隣のビルが見えないように設計されているのだそうだ。ここに来る道中の車内で、ノラが説明してくれた。

 ホテル前のロータリーからエントランスに上がる階段は大理石で、奥にドアマンが控えている。俺は今までの人生、こんなホテルに足を踏み入れたこともない。

 どこか気圧されていた俺だが、そのドアマンと会話をしていたノラに手招きされて、大理石の階段を上った。

「いらっしゃいませ」

 ドアマンが俺に向かって、恭しく頭を下げる。どう応えて良いかわからず、とりあえず笑って会釈しておく。なんだか間抜けだ。

「捜査の許可はいただきましたので、ガーデンプールに行きましょう」

「了解」

 ノラの言葉に頷き、先陣をきってホテルの中へと入っていく彼女の後を追いかける。ホテルの立派さに萎縮してしまっている俺とは違い、一五歳のノラは随分と自然体だ。

「ノラはこういう所に慣れているのか?」

 やけに足音や声が響く広々としたエントランスを通り抜けながら、俺は小声で問う。

「こういう所、とは?」

「こういう高級そうな、って意味だよ」

「ああ……まあ、プライベートの旅行で泊まるなら、こういうところでしょうか」

「マジか」

 刑事を含め警察官の給料は全国一律だから、巡査であるノラが大した金額をもらっていないのは確かだ。なら、そんな金銭的余裕はどこから出てくるのか。答えはもちろん、「家が裕福だから」だろう。こうも裕福な者ばかりと出会っていると、なんだかミミサキ市民への嫉妬を感じてしまいそうだ。

 ノラのプライベートをもっと聞いてみたくなった俺だが、俺達は早くもホテルの中を通り抜け、ガーデンプールに到着していた。

 ガーデンプールは文字通り、ホテルの庭的な感覚のプールだ。ビーチ沿いの外に位置しているが、フェンス等によって囲われており、ホテルの宿泊者しか利用できないようになっている。

 プールと言っても、一般庶民が思い浮かべるような市営プールとは格が違う。そもそも四角くないし、本物の岩場のように仕立てられた、高低差のあるプールが広がっている。プールの上に橋がかかっていたり、ジャグジーがあったりする。子ども用ながら、岩場の中を通り抜けるウォータースライダーまで視界に入ってきた。

 オフシーズンだからか、利用している宿泊客はあまり多くはないが、そのこと自体もリッチさの証のような気がする。庶民は夏になると芋洗い状態の市営プールで遊ぶが、金持ちはこういうプールへ優雅に入るのか。

地面から吹き出す水で遊ぶ子供の歓声が響いていた。デンメラより暖かいとは言え、コートを着込む気温なのだから、プールとは言いながら、あれは水ではなくほとんどお湯なのだろう。

「すぐ側に海があるのにプールを作る理由は、冬でも入れるからなのかな……」

 プールの様子を眺め、思わず素朴な疑問を口にしてしまったが、ノラは我関せずというように先を歩いている。

「ユージさん、この東屋です」

 呼ばれ、庶民感覚でプールを眺めていた俺は、気持ちを入れ替えるとノラの方へと歩み寄った。

 プールサイドに設置された、大理石でできた円形の東屋。

 これまた大理石の柱の上にドーム状の屋根が乗っており、中には球体状に磨き上げられた石が五つ、均等に並べられている。椅子の代わりだろうか。

「なんでこんな所を身代金の受け渡し場所に指定してくるんだ」

 何の変哲もない東屋の様子を眺め、俺は呟いた。

 俺達がここに来た理由は、もちろん捜査のためだ。

 ホセと出会った一昨日は、一日通学路の捜査と聞き込みを行い、昨日もコン家のある近所の聞き込みを行った。徹底して目撃者がいないか調べ上げたが、結果として言えば、何の成果もあげられなかった。

 今日は身代金の受け渡しを明日に控え、過去に身代金の受け渡し場所として指定されてきた場所の捜査に来ていた。

 ノラによると、犯人は毎年身代金受け渡しの指定場所を変えてくるが、毎年てんでバラバラという訳ではないそうだ。三箇所の受け渡し場所が決まっており、それをローテーションするように、前年とは被らない場所を指定してくる。

 今年は先日の電話で『ショド岬の広場中央』が指定された訳だが、ここ『トライデア・ホテルの東屋』もその中の一つだ。

 俺は東屋の中央に立ち、そこから改めて周囲を見回してみる。

 東側には聳え立つトライデア・ホテル。西側には、生け垣の向こう側にビーチが広がっている。南側にも北側にもフェンスがあり、ここに来るには、俺達が入ってきたようにホテルの内部を通ってくる必要がある。

 東屋の周辺にはプールが点在していて、近くに隠れられそうな場所はない。

 普通犯人が身代金の受け渡し場所に指定してくるのは、身を隠せるとか、金を受け取ってそのまま逃げやすいとか、そういう利点のある場所のはずだ。ここは、そのどちらにも当て嵌まらない。

 東屋の中に何か仕掛けがないかと、大理石の床や柱、球体の石が動かせないかと触れてみるが、気になる所はない。球体の石もしっかり床に固定されている。

「ノラ、この場所は、いつの受け渡しで指定されたんだ?」

 問いかけると、俺の様子を見ていたノラは、手にしたファイルを捲る。

「一年目、三年目、五年目、八年目の計四回指定されています」

 答えを聞きながら、改めてこの誘拐事件が起こっている年月の長さを感じる。

 今年で一〇年目の誘拐。一〇人の被害者がすでに生まれ、今年で被害総額一億イェロへ到達しようとしている。犯人を、これ以上野放しにしておくことはできない。

 決意を固めながらも、東屋の中に特に何も発見できなかった俺は立ち上がり、ノラの方を振り向いた。

「今までの受け渡しに指定されている、別の場所も見に行こう」
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