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九月の章
体育祭 -1-
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八月の後半には夏の終わりを感じさせていた気温が、九月に入ってまたその盛りを思い出してきているかのようだった。
鷹鷲高校の校舎や寮は、建物自体は古いが機能面では徹底的に改築が施されている。自動空調が働いているため、建物の中にいる限りはどこでも一年中快適な温度で過ごすことができた。しかしいくら財を投じたところで、外気温を調整することは不可能だ。
グラウンドを囲む観客席に座ったマスターたちは、茹だるような暑さに皆閉口していた。三年のバトラーたちはその脇で彼らを団扇で仰いだり、タオルを巻いた氷を首筋に当てたりして必死のサポートをしている。
今は体育祭の真最中。グラウンドでは徒競走が行われ、声援とスターターピストルの音が定期的に響く。
今日はマスター、バトラー共に全員が学校指定の体操服を着ている。マスターは白のジャージ、バトラーは黒のジャージと、制服と同じように色が分けられている。加えて、バトラーはどんなに暑くとも、体操服の上にジャージのジャケットを身につけることが必須とされているので、一目で見分けることができた。
鷹鷲高校のグラウンドはただ広いだけの空間ではなく、その周囲を、高さをつけた観客席が囲むスタジアム形状になっている。グラウンドへの入場門は、観客席の下にある。
「これより、徒競走執事科部門を開始します。また、騎馬戦執事科部門に参加する選手の皆さんは、入場門エリアに集合してください」
救護室の横に建てられた運営本部テントの下で、尚敬がマイクを通してグラウンド全体にアナウンスをした。この体育祭は、全体が生徒会執行部により運営されている。一日を通してのアナウンスは、生徒会長である尚敬の担当だ。
その横では、タイムキーパー兼得点管理担当の明彦が、徒競走での順位を記入しながらそれぞれの組への得点を加算している。明彦が手元のデバイスに点数を入力すると、グラウンドに掲げられた巨大なスコアボードに反映される仕組みになっていた。
ちなみに鷹鷲高校の体育祭は女子と男子は別日に行われるが、マスターとバトラーは合同だ。ただしバトラーとマスターは基本的に、同時に競技へ参加することはない。同じ競技の部門を分け二度行って、それぞれに紅組と白組に点数を加算していく形式になっている。
明彦が耳につけたヘッドセットでたびたび連絡を取りあっているのは、グラウンド上でスターターを担当するバトラーの田中だ。
田中はツンツンとした短髪に黒縁のスクエアメガネが実によく似合う、かっちりとした雰囲気を纏っている。日差しの直撃しているグラウンドに立ち続けながら、ジャケットのジッパーは一番上まで上げられている。
彼は常日頃からほとんど表情が変わらないので、生徒会執行部の中でも親しみを込めて田中ロボなどと呼ばれていた。
「山下、入場門行くよー」
本部テントから出て、小型の拡声器を手に山下へと声をかけたのはケビン。彼はマスターだ。
ケビンは名前の通り母親がアメリカ人のハーフだが、アルバートのように家系として他国の血を継いでいる訳ではない。代々外交官を務めている葛城家の次男だ。
浅黒い肌にスモーキーグリーンの瞳が印象的で、顔立ちにはどこかラテン系の血を感じる。
「はい!」
ケビンからの呼びかけに、山下は元気いっぱいに応えた。次の競技に使う用具をカゴに入れて抱え、クーラーボックスを肩に担いで走り出す。
彼は競技ごとの用具の管理を行っていた。忙しい生徒会の中でも、一番体力勝負な役回りと言って差し支えない。
入場門の奥では、すでに東條が忙しく動いていた。
「東條お疲れー、どう、集まってる?」
ケビンはいつもの調子で気安く声をかけると、東條の手元を覗き込む。
東條が手にしているのは出場選手の名簿を管理するタブレット。彼は主に入場門で組ごとの整列の案内と、出場選手が揃っているかどうかを管理している。
鷹鷲高校という特殊な学校において、最も気を使うのが貴族であるマスターの扱いだ。バトラーならばともかく、マスターに軽々しく点呼をさせるのは憚られる。
そんな中で、マスター全員の顔と名前が一致している東條は最高の適任者だった。
「お疲れ様ですケビン様。はい、騎馬戦帝王科部門選手、全員こちらにいらっしゃいます」
「オッケー」
ケビンは東條に微笑むと、拡声器を口に当てた。
「騎馬戦帝王科部門に出場する皆さん。これから注意事項をご案内しますのでよくお聞きくださいねー」
拡声器によってあたりに響く声に、ざわめいていた選手達の視線がケビンへと向く。彼の役目は、入場前の選手へ向けた入場から手順の案内だ。
「これから各チームに一本ずつ襷をお配りしますので、騎手役の人が肩からかけてくださいね。練習の時と同じく襷は破れやすくできていますので、着用時に破れてしまったら山下にお声がけください」
ケビンが合図を送ると、山下は自分の存在を主張するように両手を上げて振った。ケビンの説明は続くが、その間も山下は襷と、クーラーボックスに入れて持ってきたスポーツドリンクを配って歩く。
「この襷を取られたら、即時フィールドから出て、安全を確保した後に騎馬を解体してください。その場で降りると混雑して危険ですので。怪我防止のため、競技中騎手は他選手の襷以外に触れることを禁じます。ルール違反は即時退場になりますのでーご注意ください」
選手達の様子を見ながら、ケビンがそこまで説明をしたその時。
「あっ」
山下が小さく声を漏らし、派手に転んだ。つんのめって彼自身前に倒れ込むが、同時に彼が持っていたクーラーボックスから多数のペットボトルが溢れ、カゴに乗っていた襷が地面の上を転がっていく。
派手に響いた痛そうな音に、あたりに一瞬静寂が走った、その時。
「だっせぇ、何やってんだよ」
ひどく冷たく響く声。ケビンは声の主を見た。
転んだ山下の横でせせら笑っているのは修斗だ。ケビンは思わず駆け寄ろうとしたが、その前に東條に制するような仕草をされ、足を止めた。東條からのアイコンタクトに促され、山下のことを気にかけながらも案内を続ける。
鷹鷲高校の校舎や寮は、建物自体は古いが機能面では徹底的に改築が施されている。自動空調が働いているため、建物の中にいる限りはどこでも一年中快適な温度で過ごすことができた。しかしいくら財を投じたところで、外気温を調整することは不可能だ。
グラウンドを囲む観客席に座ったマスターたちは、茹だるような暑さに皆閉口していた。三年のバトラーたちはその脇で彼らを団扇で仰いだり、タオルを巻いた氷を首筋に当てたりして必死のサポートをしている。
今は体育祭の真最中。グラウンドでは徒競走が行われ、声援とスターターピストルの音が定期的に響く。
今日はマスター、バトラー共に全員が学校指定の体操服を着ている。マスターは白のジャージ、バトラーは黒のジャージと、制服と同じように色が分けられている。加えて、バトラーはどんなに暑くとも、体操服の上にジャージのジャケットを身につけることが必須とされているので、一目で見分けることができた。
鷹鷲高校のグラウンドはただ広いだけの空間ではなく、その周囲を、高さをつけた観客席が囲むスタジアム形状になっている。グラウンドへの入場門は、観客席の下にある。
「これより、徒競走執事科部門を開始します。また、騎馬戦執事科部門に参加する選手の皆さんは、入場門エリアに集合してください」
救護室の横に建てられた運営本部テントの下で、尚敬がマイクを通してグラウンド全体にアナウンスをした。この体育祭は、全体が生徒会執行部により運営されている。一日を通してのアナウンスは、生徒会長である尚敬の担当だ。
その横では、タイムキーパー兼得点管理担当の明彦が、徒競走での順位を記入しながらそれぞれの組への得点を加算している。明彦が手元のデバイスに点数を入力すると、グラウンドに掲げられた巨大なスコアボードに反映される仕組みになっていた。
ちなみに鷹鷲高校の体育祭は女子と男子は別日に行われるが、マスターとバトラーは合同だ。ただしバトラーとマスターは基本的に、同時に競技へ参加することはない。同じ競技の部門を分け二度行って、それぞれに紅組と白組に点数を加算していく形式になっている。
明彦が耳につけたヘッドセットでたびたび連絡を取りあっているのは、グラウンド上でスターターを担当するバトラーの田中だ。
田中はツンツンとした短髪に黒縁のスクエアメガネが実によく似合う、かっちりとした雰囲気を纏っている。日差しの直撃しているグラウンドに立ち続けながら、ジャケットのジッパーは一番上まで上げられている。
彼は常日頃からほとんど表情が変わらないので、生徒会執行部の中でも親しみを込めて田中ロボなどと呼ばれていた。
「山下、入場門行くよー」
本部テントから出て、小型の拡声器を手に山下へと声をかけたのはケビン。彼はマスターだ。
ケビンは名前の通り母親がアメリカ人のハーフだが、アルバートのように家系として他国の血を継いでいる訳ではない。代々外交官を務めている葛城家の次男だ。
浅黒い肌にスモーキーグリーンの瞳が印象的で、顔立ちにはどこかラテン系の血を感じる。
「はい!」
ケビンからの呼びかけに、山下は元気いっぱいに応えた。次の競技に使う用具をカゴに入れて抱え、クーラーボックスを肩に担いで走り出す。
彼は競技ごとの用具の管理を行っていた。忙しい生徒会の中でも、一番体力勝負な役回りと言って差し支えない。
入場門の奥では、すでに東條が忙しく動いていた。
「東條お疲れー、どう、集まってる?」
ケビンはいつもの調子で気安く声をかけると、東條の手元を覗き込む。
東條が手にしているのは出場選手の名簿を管理するタブレット。彼は主に入場門で組ごとの整列の案内と、出場選手が揃っているかどうかを管理している。
鷹鷲高校という特殊な学校において、最も気を使うのが貴族であるマスターの扱いだ。バトラーならばともかく、マスターに軽々しく点呼をさせるのは憚られる。
そんな中で、マスター全員の顔と名前が一致している東條は最高の適任者だった。
「お疲れ様ですケビン様。はい、騎馬戦帝王科部門選手、全員こちらにいらっしゃいます」
「オッケー」
ケビンは東條に微笑むと、拡声器を口に当てた。
「騎馬戦帝王科部門に出場する皆さん。これから注意事項をご案内しますのでよくお聞きくださいねー」
拡声器によってあたりに響く声に、ざわめいていた選手達の視線がケビンへと向く。彼の役目は、入場前の選手へ向けた入場から手順の案内だ。
「これから各チームに一本ずつ襷をお配りしますので、騎手役の人が肩からかけてくださいね。練習の時と同じく襷は破れやすくできていますので、着用時に破れてしまったら山下にお声がけください」
ケビンが合図を送ると、山下は自分の存在を主張するように両手を上げて振った。ケビンの説明は続くが、その間も山下は襷と、クーラーボックスに入れて持ってきたスポーツドリンクを配って歩く。
「この襷を取られたら、即時フィールドから出て、安全を確保した後に騎馬を解体してください。その場で降りると混雑して危険ですので。怪我防止のため、競技中騎手は他選手の襷以外に触れることを禁じます。ルール違反は即時退場になりますのでーご注意ください」
選手達の様子を見ながら、ケビンがそこまで説明をしたその時。
「あっ」
山下が小さく声を漏らし、派手に転んだ。つんのめって彼自身前に倒れ込むが、同時に彼が持っていたクーラーボックスから多数のペットボトルが溢れ、カゴに乗っていた襷が地面の上を転がっていく。
派手に響いた痛そうな音に、あたりに一瞬静寂が走った、その時。
「だっせぇ、何やってんだよ」
ひどく冷たく響く声。ケビンは声の主を見た。
転んだ山下の横でせせら笑っているのは修斗だ。ケビンは思わず駆け寄ろうとしたが、その前に東條に制するような仕草をされ、足を止めた。東條からのアイコンタクトに促され、山下のことを気にかけながらも案内を続ける。
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