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第一章 王都パライソにて

10.エロアの怒り

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「リュカ、また昨日も本屋へ行っていたのか? 必要な本があるなら配達してもらえ。 それから、例の届け出はどうなっている? まだ提出されてないようだが?」

 魔力供給のため、仮眠室で抱かれた後だった。エロアの厳しい声。いらだちを隠す気もないらしく、今日は手ひどく抱かれた。
 掴まれた手の跡が二の腕にくっきりついていた。
 気だるさを感じながら、身体を起こす。
 
 近頃のリュカはチェイスに会えないかと、足繁く本屋へと足を運んでいた。
 その間、何度か試してみて気づいた。どうやらあの魔法陣はきちんと作動しているのかもしれない、と。魔法陣を持ち歩いて外出した後は必ず「どこに行っていたか」と問われる。だが持っていない時は奴隷魔法で場所が特定できている様子だった。
 だからここ最近では気づかれないよう、あえて魔法陣を持ち歩かないようにしていた。しかも何度も練習し、いつでも発動できる様に既に暗記していた。
 
「ヴェルマンドには渡しましたし、早く出すようには伝えましたが…その時以来会っていないので…」

「ふむ…それもそうか。 あいつめまた出し渋りする気か。 まぁいい。 ならばこちらから圧力をかけてみるか」

 情事の後だからか、魔力低下で意識が朦朧としていたからなのか。糸口が見えたことで気が緩んでいたところもあったかもしれない。本当だったら一番慎重にしなくてはいけない場面なのにリュカはうっかり余計なことを口走った。

「あの…もし、ヴェルマンドとの養子縁組が解消されたら僕は平民に戻るんですよね?」
 
「……どういう意味だ? 言え。 お前、なにを考えている?」

 普段言われたことしか返事をしないリュカの質問に、エロアは眉を寄せて振り返った。しまったと思った瞬間には遅かった。エティエンヌの籍に入れると言っていたのに、つい最近考えていたことがポロリと口から漏れ出てしまった。エロアの質問は、命令となってリュカの口を割らせた。

「け、結婚を…」

 具体的に誰かを想定しているわけではなかった。先日『エロアがリュカと結婚をしたいと王に願い出ていた』というヴァレルの発言を聞いてのことだった。
 貴族の結婚だと、王の許可が必要になるが、平民であればそんな縛りはない。籍を抜いた瞬間に許可が不要な同じ平民の誰かと結婚してしまえば、エロアとの婚姻は避けられるし、離婚させられたとしても、多少の時間稼ぎにはなる。その間に逃げられないだろうか、と思ってのことだった。
 
 だが結婚と聞いて、エロアはリュカに相手がいるものと勘違いした。再びリュカをベッドに突き倒すとビリビリ室内を震わせるような大声で怒鳴った。
 
「はっ!? 結婚だと!? お前!! 最近足繁く街に行っていたのは、そいつのせいか!? 誰だ!? 誰と結婚するつもりだ!? 言えっ!!」

「いえ…そういうわけではないのですが…」
 
 舌打ちをされておそるおそる見ると、エロアの顔が歪み、こめかみには血管が浮き上がっている。

「お前、誰に会いに本屋へ行っていたんだ?」

 必死に抗っても、命令となれば隠し事はできない。口を、喉を抑えて抵抗するが、口からは言葉が発される。

「ぐっ……絵本作家の……チ、チェイスさん…に…」

「はっ!? そいつがお前に優しくしたのか!? 愛をささやきでもしたのか!?」

「ちが……おう、じ様と…お、ひめ様の…絵本を……くれ……た、だけ………」

 余計なことを言わないように、必死に魔法陣のことを頭から振り払い、表紙の王子様とお姫様の幸せな姿を想像する。
 
「はっ!? 絵本作家だと!? そんなくだらないヤツに尻を振ってホイホイついていくとはっ!! ……はぁ…どうやら私は随分とお前を甘やかしすぎたようだ。 お前が誰のものなのか、今一度わからせてやる……」

「す、すみませんっ!! すみませんっ!!」

 怯えてベッドの隅で小さく縮こまるリュカに、チェストから取り出した金属製の手錠がつけられた。
 ずんと身体が重くなる。この感覚は否が応でもリュカに恐怖を引き起こす。魔力が暴走し、エロアを傷つけないために、常に折檻の際に使われていた魔力封じの魔法が施されている拘束具。
 ベッドから引きずり降ろされ、床に四つん這いにさせられると、背中に鞭が振り落とされた。痛みをこらえると先程体内に出されたエロアの精液が汚い音を立てて後孔から吹き出し、内股と床を汚した。
 ほとんど魔力が枯渇した状態での、魔力封じ。馬の鞭は容赦なくリュカの背中の皮膚を切り裂いた。
 
 防音魔法を施されたこの部屋では、叫び声を上げても外に聞こえることはない。
 ただひたすら泣いて、叫んで、許しを請う。だが血が流れ、背中が真っ赤に染まっても、床が血で汚れても誰も助けてくれない。
 激痛と疲労の中、リュカが気絶するまで折檻は続いた。 

 
 ◇


 目が覚めるとやわらかいベッドの上にいた。どこかで見たことのある豪華な部屋。外はすっかり暗くなっていた。
 着衣はなにもなく、変わらず魔力封じの手錠をされたままだった。ベッドから這い出して身体にシーツを巻き付ける。傷つけられた背中が痛んだ。血を流していた背中は、一応治療をされてはいたが、魔力を込められた鞭で傷つけられた皮膚は治るのに暫くかかるだろう。

 窓には鉄格子がされている。触れるとぱちんと弾き返される感触がした。物理的にも、魔法でも、脱走できないように幾重にも備えがされていた。
 そこから見える庭の景色見てリュカはぎゅっと目をつむった。
 室内を見て覚悟してはいたが、そこはエティエンヌの王都の屋敷タウンハウスだった。忌まわしいここへまた戻ってきてしまったのだ。
 しかも今度はエロアの主寝室の隣。婚姻している夫婦であれば妻が使う寝室。
 そしてエロアの一番上の兄が使い、亡くなった部屋だった。

 ノックの音の後に、部屋の扉が開いた。
 エロアと、その後ろから食事のカートを押した見たことのあるメイドが入ってきた。無表情でまるでロボットのようにエロアの命令に従っているメイド。

「食事をしろ」

 並べられた豪華な食事。ステーキに、パンとスープとサラダ。
 全く食欲などなかったが、命令されればリュカは座って食べるしかなかった。
 手錠を付けたまま、シーツを被って、のろのろと不器用に食事を口へ運ぶ。手錠を付けたまま肉など切れるはずもなく、パンや小さくカットしてある野菜を口に入れる。
 飲み込んでもこのような心理状態では、喉が詰まったように身体が受け付けなくて、何度も水を飲んで流し込む。
 手が震え、皿の横に並べられていたカトラリーがカシャンと床に落ちた。

「す、すみません…」
 
 それを拾おうとすると、エロアがそれを拾い「食べれるとこまででいい。準備をしてくる」と言って持って出ていってしまった。

 途端にリュカの手が止まり、ほっとため息をつく。
 久しぶりのひどい折檻があったからだろうか。それとも亡くなったエロアの兄の最後の姿を思い出してか。
 エロアを前にして、ひどく緊張していた。震えを抑えようと自らの手を握りしめる。

 そういえばヴァレルとはケンカしたままだ。きっと今頃呆れているだろう。
 他のなにを犠牲にしても、ヴァレルに幸せになって欲しいと願う利己的な自分のことを。

――――疲れた。

 魔力を取られ、折檻を受け、ここへ連れてこられた。体力の限界だった。
 せめて布団の中でだけは幸せな夢が見たい、と、重い身体を引きずって、リュカはベッドの中へと戻った。
 
 

 
 
 
 

 
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