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第一章 王都パライソにて
5.仲直り
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「リュカ!? リュカ!? 大丈夫?」
揺り起こされて目が覚めるとヴァレルの顔が近くに迫っていた。
「ヴァレル?」
「大丈夫? すごくうなされていたけど…」
「僕……なんで……?」
「ごめん、俺が急に来たから驚かせてしまったのかも。 急に倒れて…」
言われて周りを見ると、寮の自室ベッドに寝かされていた。大量の本、机に並べられた薬草瓶と、最低限の生活用品。そうだ、エロアの執務室から帰ってきたときに…。
頭を抑えながら、重い身体を起こすと、ヴァレルが手を添えてくれた。
尻の割れ目のあたりで乾いた液体に皮膚が少し引き攣れた。服装もローブが脱がされただけで、エロアの執務室を出たときのままだった。
よかった。きっと気づかれていない。いつもなら不快なだけの後孔の感覚に、リュカは少しホッとした。
「ここへは?」
「俺が騒いでるのを同僚の人が気づいてくれて、部屋を教えてくれたんだ。 今、滞在の許可取りに行ってくれてて……弟だから……って……」
「おとうと……」
先程の夢が蘇る。
―――― 兄だと思ったことはない。
だが寮の部屋にまで入ってくるのなら、身内しか許可は下りない。
「びっくりさせてごめん」
ヴァレルがうなだれた。
「違うよ、ちょっと僕が疲れていただけ。久しぶりに会ったっていうのに、逆にびっくりさせてごめん…あの…もう大丈夫だから…」
「心配だから、もう少しいさせて?」
やんわりと帰ってほしい旨を伝えたつもりだったが、断られる。
沈黙が訪れた。ヴァレルはいつまでいる気だろう。久しぶりの再会にこのような失態を見せてしまったこともだが、エロアのものを受け入れた直後という汚らわしさを見透かされてしまう気がして、じっと布団の織り目を見つめ、言葉が出てこなかった。
しばらくの沈黙の後、部屋の扉がノックされ、ギーがトレイにサンドイッチと野菜スープを乗せて入ってきた。
張り詰めた部屋の空気が、少し和らぐ。
「あ、リュカ、気がついた? 大分魔力消耗していたみたいだけど大丈夫? 目覚めたなら、これ食べて。 食堂からもらってきたから」
ヴァレルがそれを受け取ると、リュカに食べさせようとしてきた。
「ヴァ、ヴァレル? なにを?」
「なにって食べさせてあげるんだけど?」
「じ、自分で食べられるから大丈夫だってば!! それにもう元気になったし、見られてると食べづらいから…その…そろそろ…」
「じゃ、俺は自分の部屋に戻るけど、また具合悪くなりそうだったら呼んで? それにヴァレルくんだっけ? 君も明日は朝からから騎士団訓練だろ? 初日から魔術師寮から朝帰りとなったら醜聞がすごいだろうから、そろそろ帰りな? 君のお兄さんの名誉のためにも」
ギーは、なにか含みのある言い方をして自分の部屋へと戻っていった。
再び訪れる沈黙。口火を切ったのはヴァレルだった。
「早く食べないと、冷めちゃうよ」
こぼれないようにスープの器を持ちながら、一匙すくってリュカの口へと運ぶ。
「ヴァレル、じ、自分でできるから…それにさっきギーも言ってたし、そろそろ……」
スープは器の中へと戻り、受け取ろうとした手がヴァレルと重なる。
思わず落としそうになる器をヴァレルがしっかりと支えていた。
同じ器を持ったまま、ヴァレルの指がリュカの指に振れた。
「リュカ、ちゃんとご飯食べてる? こんなに痩せて。 具合悪いなら家に帰ってきて治療しよう? ね?」
そう言って手首をそっと撫でられると細い身体が恥ずかしくなってくる。
「どこも悪くないよ! ちょっと疲れてただけ。 そりゃ、ヴァレルと比べれば…細いけど。 それに家だなんて、僕には帰るとこなんて…」
机の上に置かれた封筒につい目がいった。ヴァレルもつられて同じ方向を見た。
「リュカ…その書類……」
「あ、バージル様は今日の式典に参加されてたんだよね? そっか、今、領地じゃなくて、タウンハウスにいらっしゃるのか……そうなんだ……」
思いにふけるリュカにヴァレルの顔が険しくなった。
「ねぇ、リュカ。 10年前何かあったの? この10年間どうしていたの? どうして10年間も帰ってきてくれなかったの?」
「……」
―――― なぜ、ケガをしたのがリュカではなくてヴァレルだったのか?
ずっと自分を責めていた。
あの時の祈りを思い出した。「ヴァレルから剣を、未来を奪わないでくれ。変わりに僕がその苦しみを背負うから」と。
この10年の苦しみは、あの時僕が願ったことなのだ。
「ねぇ、リュカ? 俺、もう10年前の俺じゃない。 リュカのこと俺が守るから、だから話して?」
真っ直ぐなヴァレルが眩しかった。
「話すことなんて、なにもないよ。 ねぇ、ヴァレル? ケガは…肩はもう大丈夫なの? 動かしづらいとか、痛いとかはない?」
騎士服の上から、そっとヴァレルの左肩に触れる。そのリュカの手に、ヴァレルが手を重ねた。リュカは一瞬ビクッとなったが、そのままヴァレルに手を握らせていた。
「うん。 傷跡は残ってるけど、もうなんともない。 なんの心配もないよ。 …ねぇ、リュカ? そういえば、ケガが治ったお祝いも、騎士になったお祝いもしてもらってないよね? それにリュカが魔法師になったお祝いだってまだだ。 今度、2人でご飯食べに行かない?」
何かを察したのか、重い雰囲気を変えるようにヴァレルが明るい口調でいった。
「ご、はん?」
「だめ?」
身体はリュカを越して、声も太く男性のもとになっていたが、昔と変わらぬ笑顔で甘えられれば、思わずうなずいてしまう。
「あ、でも、僕休みがあまり取れなくて…」
「合わせるから大丈夫」
半ば無理矢理だったが、食事の約束を取り付けたらヴァレルは素直に帰っていった。
ギーが持ってきてくれたサンドイッチとスープを食べた後、固形ポーションを食べる。
口の中に広がる苦い薬草の味。
「まず…」
残りを水で飲み干すと、少し魔力が戻ってきたのがわかった。
自らに浄化魔法をかけ、後孔の不快感を消し去り、ほっと一息をついた。
(ヴァレルに後遺症が残らなくてよかった)
ヴァレルに握られた手が熱い。その手のぬくもりを思い出して、リュカはそっと触れていた手に口づけをした。
揺り起こされて目が覚めるとヴァレルの顔が近くに迫っていた。
「ヴァレル?」
「大丈夫? すごくうなされていたけど…」
「僕……なんで……?」
「ごめん、俺が急に来たから驚かせてしまったのかも。 急に倒れて…」
言われて周りを見ると、寮の自室ベッドに寝かされていた。大量の本、机に並べられた薬草瓶と、最低限の生活用品。そうだ、エロアの執務室から帰ってきたときに…。
頭を抑えながら、重い身体を起こすと、ヴァレルが手を添えてくれた。
尻の割れ目のあたりで乾いた液体に皮膚が少し引き攣れた。服装もローブが脱がされただけで、エロアの執務室を出たときのままだった。
よかった。きっと気づかれていない。いつもなら不快なだけの後孔の感覚に、リュカは少しホッとした。
「ここへは?」
「俺が騒いでるのを同僚の人が気づいてくれて、部屋を教えてくれたんだ。 今、滞在の許可取りに行ってくれてて……弟だから……って……」
「おとうと……」
先程の夢が蘇る。
―――― 兄だと思ったことはない。
だが寮の部屋にまで入ってくるのなら、身内しか許可は下りない。
「びっくりさせてごめん」
ヴァレルがうなだれた。
「違うよ、ちょっと僕が疲れていただけ。久しぶりに会ったっていうのに、逆にびっくりさせてごめん…あの…もう大丈夫だから…」
「心配だから、もう少しいさせて?」
やんわりと帰ってほしい旨を伝えたつもりだったが、断られる。
沈黙が訪れた。ヴァレルはいつまでいる気だろう。久しぶりの再会にこのような失態を見せてしまったこともだが、エロアのものを受け入れた直後という汚らわしさを見透かされてしまう気がして、じっと布団の織り目を見つめ、言葉が出てこなかった。
しばらくの沈黙の後、部屋の扉がノックされ、ギーがトレイにサンドイッチと野菜スープを乗せて入ってきた。
張り詰めた部屋の空気が、少し和らぐ。
「あ、リュカ、気がついた? 大分魔力消耗していたみたいだけど大丈夫? 目覚めたなら、これ食べて。 食堂からもらってきたから」
ヴァレルがそれを受け取ると、リュカに食べさせようとしてきた。
「ヴァ、ヴァレル? なにを?」
「なにって食べさせてあげるんだけど?」
「じ、自分で食べられるから大丈夫だってば!! それにもう元気になったし、見られてると食べづらいから…その…そろそろ…」
「じゃ、俺は自分の部屋に戻るけど、また具合悪くなりそうだったら呼んで? それにヴァレルくんだっけ? 君も明日は朝からから騎士団訓練だろ? 初日から魔術師寮から朝帰りとなったら醜聞がすごいだろうから、そろそろ帰りな? 君のお兄さんの名誉のためにも」
ギーは、なにか含みのある言い方をして自分の部屋へと戻っていった。
再び訪れる沈黙。口火を切ったのはヴァレルだった。
「早く食べないと、冷めちゃうよ」
こぼれないようにスープの器を持ちながら、一匙すくってリュカの口へと運ぶ。
「ヴァレル、じ、自分でできるから…それにさっきギーも言ってたし、そろそろ……」
スープは器の中へと戻り、受け取ろうとした手がヴァレルと重なる。
思わず落としそうになる器をヴァレルがしっかりと支えていた。
同じ器を持ったまま、ヴァレルの指がリュカの指に振れた。
「リュカ、ちゃんとご飯食べてる? こんなに痩せて。 具合悪いなら家に帰ってきて治療しよう? ね?」
そう言って手首をそっと撫でられると細い身体が恥ずかしくなってくる。
「どこも悪くないよ! ちょっと疲れてただけ。 そりゃ、ヴァレルと比べれば…細いけど。 それに家だなんて、僕には帰るとこなんて…」
机の上に置かれた封筒につい目がいった。ヴァレルもつられて同じ方向を見た。
「リュカ…その書類……」
「あ、バージル様は今日の式典に参加されてたんだよね? そっか、今、領地じゃなくて、タウンハウスにいらっしゃるのか……そうなんだ……」
思いにふけるリュカにヴァレルの顔が険しくなった。
「ねぇ、リュカ。 10年前何かあったの? この10年間どうしていたの? どうして10年間も帰ってきてくれなかったの?」
「……」
―――― なぜ、ケガをしたのがリュカではなくてヴァレルだったのか?
ずっと自分を責めていた。
あの時の祈りを思い出した。「ヴァレルから剣を、未来を奪わないでくれ。変わりに僕がその苦しみを背負うから」と。
この10年の苦しみは、あの時僕が願ったことなのだ。
「ねぇ、リュカ? 俺、もう10年前の俺じゃない。 リュカのこと俺が守るから、だから話して?」
真っ直ぐなヴァレルが眩しかった。
「話すことなんて、なにもないよ。 ねぇ、ヴァレル? ケガは…肩はもう大丈夫なの? 動かしづらいとか、痛いとかはない?」
騎士服の上から、そっとヴァレルの左肩に触れる。そのリュカの手に、ヴァレルが手を重ねた。リュカは一瞬ビクッとなったが、そのままヴァレルに手を握らせていた。
「うん。 傷跡は残ってるけど、もうなんともない。 なんの心配もないよ。 …ねぇ、リュカ? そういえば、ケガが治ったお祝いも、騎士になったお祝いもしてもらってないよね? それにリュカが魔法師になったお祝いだってまだだ。 今度、2人でご飯食べに行かない?」
何かを察したのか、重い雰囲気を変えるようにヴァレルが明るい口調でいった。
「ご、はん?」
「だめ?」
身体はリュカを越して、声も太く男性のもとになっていたが、昔と変わらぬ笑顔で甘えられれば、思わずうなずいてしまう。
「あ、でも、僕休みがあまり取れなくて…」
「合わせるから大丈夫」
半ば無理矢理だったが、食事の約束を取り付けたらヴァレルは素直に帰っていった。
ギーが持ってきてくれたサンドイッチとスープを食べた後、固形ポーションを食べる。
口の中に広がる苦い薬草の味。
「まず…」
残りを水で飲み干すと、少し魔力が戻ってきたのがわかった。
自らに浄化魔法をかけ、後孔の不快感を消し去り、ほっと一息をついた。
(ヴァレルに後遺症が残らなくてよかった)
ヴァレルに握られた手が熱い。その手のぬくもりを思い出して、リュカはそっと触れていた手に口づけをした。
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