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43、カトリーナの恋愛論

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 ぼんやりとした自分の顔とにらめっこする。
 フルールは鏡台の前に座り、金の髪をくしけずられていた。
 何の予定もない日でも、貴族令嬢の身嗜みは勝手に整えられていく。便利ではあるが、多少の窮屈さは否めない。
 鏡越しに背後に立つメイドのカトリーナを見遣る。サイドを編み込みし、後頭部で一纏めにして結い上げる手際は見事だと思う。
 フルールは仕事中のメイドに話しかけてみた。

「ね、カトリーナ」

「なんですか、お嬢様」

「貴女の好きな人とはどうなったのかしら?」

「ぴゃ!?」

 カトリーナは飛び上がって櫛を取り落した。

「すすすすみません。ええと、好きな人ですね……」

 慌てて櫛を拾いながら、ぽつりと、

「あまり、上手くいってません。彼には他に好きな人がいるから……」

「そう。……それは切ないわね」

 想いが相手に届かないなんて、どれほど苦しいことだろう。

「フルールお嬢様も大変ですよね」

 纏めた結び目にリボンをかけながら、カトリーナが言う。

「あたしから見たら求婚者が次々と現れるなんて羨ましい限りですが、お嬢様は恋の鞘当を楽しめるタイプじゃないから」

 ……それは図星だ。
 フルールはもし自分のために争いが起きるなら、どちらかに付くのではなく、どちらからも離れて紛争の種を消してしまうタイプだ。

「カトリーナは前に、自由に恋してもいいって言ってくれたでしょう?」

「はい」

「わたくしね、わたくしに好意を寄せてくださってるという殿方とお喋りして、とても楽しかったの。為人ひととなりや意外な一面を知ると嬉しくなるわ。でも……同時に申し訳ない気分になるの」

 項垂れて、ため息をつく。

「わたくしは彼と同じ分だけ想いを返せるのかって。わたくしには、誰かを選んだり選ばれたりする資格はあるのかって」

 悩みすぎて、頭が爆発しそうだ。

「結局、グレゴリー殿下と婚約していた頃が一番平和だったわ」

 何も考えず、ただ与えられるものを享受する日々。しかし……、

「では、グレゴリー殿下とまた婚約してみては?」

「それはイヤ」

 即答だった。

「お嬢様は『真実の愛』への理想が高すぎなんですよ。恋愛への心の比重は人それぞれで、相手と同じじゃなくてもいいんです。あと恋に資格はいりません。好きに選べばいいんです」

「でも……それで傷つく方もいるから……」

「いいですか、お嬢様」

 うじうじ言い募る令嬢に、メイドは鏡の中でずいっと顔を寄せる。

「恋は誰かしら傷つくものです。恋愛のリスクマネジメントは自分のだけしてればいいんです。思いやりは大事ですが、他人の心の中なんて見えない以上、自分の心を一番優先させればいいんです!」

「……それって身勝手じゃない?」

「それを言ったら、勝手にお嬢様を好きになって、勝手に言い寄ってくる男達はどうなんですか?」

 ……。

「それもそうね」

 フルールはぷはっと吹き出した。
 恋愛とは、なんて身勝手なものなのだろう。

「ありがとう、カトリーナ。元気になったわ」

「いえいえ、お役に立てたなら嬉しいです」

 カトリーナは上機嫌に令嬢の前髪を整える。

「素敵な恋を見つけられるといいですね」

「そうね……」

 鏡越しに微笑むメイドに、フルールも笑顔を返す。誰かと相愛の恋ができたら、どんなに楽しいだろう。
 でも……。

(――わたくしは、ブランジェ公爵家の娘だから……)
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