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29、王都観光(2)

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「フルールの従者はずいぶんお若いのね」

「ええ。彼のお父様が私の父の執事で。一緒に育ったのよ」

 ユイレンの質問にフルールは答える。
 エリックはフルールの二歳年上。ブランジェ家の支援を受けて王立学園を卒業したので、先輩後輩でもある。
 彼は幼い頃からフルールに付き従っていたが、学園高等部卒業後は正式に彼女の専属執事に就任した。
 ……エリックなら、もっと高位の学術機関に進学することも、王国府への仕官も夢ではなかっただろうに。と、フルールには惜しい気持ちもある。しかし彼は、頑なに彼女の執事になることを希望した。

「ユイレンの従者は、ずいぶん……頑丈そうね」

 ベルタが微妙に言葉を選ぶ。
 従妹の従者のゲンは筋骨隆々の山のような大男で、初めて会った時、ベルタが屋敷に山賊の頭領が押し入ったのかと思って肝を冷やした。

「元々、宮廷警護官だった彼を、お父様が私の身辺警護に引き抜いたの。私のお父様、敵が多い人でね」

 ユイレンは首を竦める。彼女の父は、オリエン国の大臣だ。
 ゲンがユイレンの従者になったのは、彼女が生まれたばかりの頃。クワント人の彼女の母と行動を共にすることが多かったので、彼はクワント語を覚えたのだという。

「すごく優秀で忠実な人なんだけど、無口で融通が利かないの。滅多に笑わないし、どこに行くにもついてくるし。私が自宅以外で宿泊する時なんて、ドアの前で剣を抱えて寝るのよ?」

「……ああ、それ、オーケルマンの屋敷うちでもやってるわね」

 夜中、オリエン国の令嬢の客室前を通ったメイドが、廊下に蹲っているゲンに腰を抜かしそうになったとか。

「でも、そんなに四六時中べったりじゃ息が詰まるわよね」

 今日は自分の執事を連れてこなかったベルタがしみじみ言う。従姉はしばしば一人で外出する先進的な令嬢だ。……後で無断外出を咎められることもあるが。

「だから、今日は女子だけで出掛けたいって言ったの?」

 尋ねる従姉に、従妹はもじもじと俯いて、

「それもあるけど……、ちょっとやりたいことがあって……」

「やりたいこと?」

「実は……」

 聞き返すフルールに、ユイレンはますます声を潜める。
 令嬢三人は頭を寄せて、別テーブルの従者に聞こえないように相談する。

「あら、それはいいわね!」

 話を聞いたベルタが嬉しそうに手を叩く。

「ええ。素敵な考えね」

 フルールも微笑んで完全同意する。それから、奥のテーブルを振り返り、「エリック!」と執事を呼んだ。

「どういたしましたか、お嬢様」

 すぐに飛んできたエリックに、

「わたくし達、そこの市場通りバザールでお買い物したいの。女の子同士の内緒のお買い物よ。だからエリック達はここで待っていてくださる?」

 ここはティールームのテラス席。城下通りから繋がる市場通りが見渡せる場所ではある。だが……。

「お嬢様方だけで行動なさるのは、どうかと」

「ほんの少しの時間よ。あなた達の見える場所にいるわ」

 お願いと手を合わせる主に、執事は渋い顔をする。昼間の王都は治安がいいし、警らの憲兵も多い。短時間であれば、普通なら許可するところだが……。

「いけません」

 近づいてきた大男が、オリエン語で威圧する。

「私の使命はユイレン様をお守りすること。私の手の届かない範囲には行かせられません」

 ゲンの言葉に、ユイレンはムッと唇を尖らせる。

「ゲンの分からず屋! あなたがいっつも私を子供扱いするお陰で、私は一人で買い物もしたことがない。そんなに私が信用できないの?」

「そのようなことは……」

「せっかくの旅行なんだから、少しくらい私に自由な時間を頂戴! 行きましょ、ベルタ、フルール!」

 オリエン語で捲し立てて、ユイレンは踵を返して市場へと進んでいく。

「あ、待って、ユイレン!」

 従妹の背中を慌ててベルタが追いかける。フルールだけはその場に立ち止まって、

「ユイレンのことは任せて。ちゃんと無事にお返しするから」

 従者二人に微笑んで、友人二人の元に急ぐ。
 露店の商品を物色して笑い合う令嬢達を遠目で見守りながら、ゲンは眉間に深いシワを寄せ、やるせない気持ちで拳を握った。
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