上 下
27 / 76

27、ベルタの訪問

しおりを挟む
「あらあら。フルールったら、すっかり傾国の美女ね」

 割ったスコーンにクロデットクリームをたっぷり載せながら言うベルタに、フルールは思わず紅茶を噴き出しそうになった。

「……傾国の美女って?」

 聞き返すと、ベルタは当然のように、

「だって、本当のことでしょ。弟王子が兄の王太子の座を取り上げようなんて、国家の一大事よ。その原因となった女性は、『傾国』と呼ぶに相応しいんじゃなくて?」

「……わたくしは何もしていないのだけど……」

 それでも国が傾くのだから、仕方がない。
 麗らかな昼下がり。フルールは家に訪ねてきたオーケルマン伯爵令嬢ベルタと、テラスでアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 グレゴリーの廃嫡審議は王宮のみならず、社交界のもっぱらの噂だ。審議は難航しているが、廃嫡派が優勢だという。来月には決議されるらしいが……。どちらにしろ、フルールにとっては気が重い。

「でも、セドリック様が王太子になってフルールに求婚したら、フルールは断れないんじゃなくて?」

「……解らないわ」

 父であるブランジェ公爵はセドリックの後ろ楯になるという。
 アルフォンスが娘を溺愛していることに疑いの余地はないが、彼は政治家であり実業家だ。ブランジェ公爵家にはヴィンセントという間違いなく優秀な跡取りがいる以上、娘は政略結婚させて権力の枝葉を伸ばした方が得策だ。
 そうなれば……嫁ぎ先の最有力候補はセドリックだ。次期国王の義父になることは、公爵家にとってメリットが大きい。
 ……もし、そうなった時は……。
 他の求婚者のことを思うと、やっぱり気が重い。
 フルールはお行儀悪くテーブルに突っ伏して、ぽつりと零す。

「……本当に、どこかへ消えちゃおうかしら?」

「え?」

「ううん。なんでも」

 聞き返されて、フルールは体を起こして微笑んだ。

「それよりベルタ、今日はなんのご用ですの?」

 ベルタの来訪は、本日のスケジュールにないことだった。無職引き籠もりの公爵令嬢にとって親友の訪問は嬉しい限りだが、それでも何か理由はあるはずだ。
 フルールの質問に、伯爵令嬢はちょっとバツの悪い顔をして、

「実は、フルールに助けてもらいたいことがあるの」

「助ける?」

「そう」

 ベルタは頷く。

「わたくしにはオリエン国に嫁いだ叔母がいるのだけど」

 オリエン国はクワント王国の北東に位置する国で、オーケルマン伯爵領とは貿易取引が盛んであり、現当主の妹がオリエン国の大臣に嫁いでいる。

「その叔母が今、里帰りで王都の伯爵邸タウンハウスに滞在してて、叔母の娘も一緒に来たのよ」

 ベルタは困ったように頬に手を当てる。

「で、その叔母の娘、従妹が王都を観光したいって言ってて、叔母がわたくしに案内を頼んできたのだけど。従妹はクワント語が喋れなくて、わたくしもオリエン語が全然解らなくて……」

「あら? 通訳の方がいるんじゃなくて?」

 フルールは当然の質問をするが、ベルタは首を振る。

「いるにはいるんだけど、厳つい男性のボディーガードなのよ。従妹的には女の子同士で気兼ねなくショッピングを楽しみたいらしいの。そこで……」

 がしっと親友の手を両手で握る。

「お願い、フルール! わたくし達と一緒にお出掛けしてくれない!?」

 それで、語学堪能な公爵令嬢を当てにしてきたのか。

 うるうると子犬のような瞳で懇願されて……、

「……ええ、いいわ」

 フルールは頷くしかなかった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

目の前で不細工だと王子に笑われ婚約破棄されました。余りに腹が立ったのでその場で王子を殴ったら、それ以来王子に復縁を迫られて困っています

榊与一
恋愛
ある日侯爵令嬢カルボ・ナーラは、顔も見た事も無い第一王子ペペロン・チーノの婚約者に指名される。所謂政略結婚だ。 そして運命のあの日。 初顔合わせの日に目の前で王子にブス呼ばわりされ、婚約破棄を言い渡された。 余りのショックにパニックになった私は思わず王子の顔面にグーパン。 何故か王子はその一撃にいたく感動し、破棄の事は忘れて私に是非結婚して欲しいと迫って来る様になる。 打ち所が悪くておかしくなったのか? それとも何かの陰謀? はたまた天性のドMなのか? これはグーパンから始まる恋物語である。

今度は絶対死なないように

溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」  嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。  しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?

魔力なしの役立たずだと婚約破棄されました

編端みどり
恋愛
魔力の高い家系で、当然魔力が高いと思われていたエルザは、魔力測定でまさかの魔力無しになってしまう。 即、婚約破棄され、家からも勘当された。 だが、エルザを捨てた奴らは知らなかった。 魔力無しに備わる特殊能力によって、自分達が助けられていた事を。

婚約破棄されました。

まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。 本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。 ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。 習作なので短めの話となります。 恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。 ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。 Copyright©︎2020-まるねこ

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

処理中です...