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20、王太子との遭遇

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「それでは、失礼いたします。エリカ殿下」

「ええ、ミランダによろしく伝えてね。フルールも、今度は個人的な友人として顔を出してくれると嬉しいわ」

 是非に、とお辞儀をして、フルールは王従妹殿下の部屋を辞した。今日の用事はこれでおしまいだ。
 王宮の長く広い廊下を歩いていると、侍女や女官とすれ違う。同じ年頃の女性が働いている姿を見ると、自分も何かしなくてはという思いが生まれてくる。

(このまま無職だとお母様にも心配かけちゃうものね)

 自分は何ができるのだろう。
 自分は何がしたいのだろう。
 そんな、子供の頃に考えるような『将来の夢』を、フルールは持ったことがなかった。だって彼女は……。

「フルール!」

 不意に名前を呼ばれて振り返る。廊下の奥にいたのは、

「……グレゴリー殿下」

 かつての婚約者だった。彼は王宮の住人なのだから、出会ってもおかしくない。
 フルールは優美にドレスの裾を摘み、軽く膝を折る。

「ごきげんよう、殿下。ご息災のことお慶び申し上げます」

 完璧な令嬢の挨拶に、グレゴリーは頬を歪めた。

「息災じゃない。卒業パーティー後から、俺は居館に軟禁状態だ。メロディも田舎に戻って、父上も母上も俺に冷たくなった」

「まあ……」

 フルールは言葉が見つからない。曖昧な声を出す彼女に、王太子は大股で近づいた。

「何もかも上手く行かなくなったのは、あの卒業パーティーからだ。そこまでは上手くいっていたんだ」

 ブツブツ言いながら、彼はいきなりフルールの腕を掴んだ。

「やり直そう、フルール」

 顔が間近に迫る。

「もう一度、僕の婚約者として。そうすれば、何もかも上手くいく」

 名案とばかりに瞳を輝かせる王太子に、公爵令嬢は腕を掴まれたまま後退る。

「どういうことでしょう?……メロディ様はどうなりますの?」

 グレゴリーの運命の人は。

「メロディは王都には帰ってこない。遠縁の三十も年上の男の後妻に入るそうだ」

「そんな……」

 貴族の間では政略結婚は当たり前だが、グレゴリーの口ぶりからして、おおよそ良い条件とは思えない。

「殿下、どうしてメロディ様を迎えに行って差し上げないのですか? メロディ様は運命のお相手なのでしょう? 万難を排してでも連れ戻さなければ!」

 状況が理解できないフルールに、グレゴリーは忌々しげに吐き捨てた。

「メロディなどどうでもいい。あれは君と僕の仲を引き裂いた毒婦だ。僕を惑わす淫魔だったんだよ」

「なんてことを……」

 色を失くすフルールに、王太子は更なる追い打ちをかける。

「それに、僕の個人資産はすべて君への慰謝料に当てられてしまったから、迎えに行く資金もないし、迎えに行く気もない」

「殿下……」

「ほら、もう僕らを邪魔する者はいない。メロディは僕らの真実の愛への試練だったんだ。僕は試練に打ち勝ち戻ってきたよ。これですべて元通りだ!」

 満面の笑みを浮かべて滔々と語るグレゴリーに、吐き気がしてくる。
 目の前が真っ赤になって、息が上がる。硬い大理石の廊下が足元から崩れる感覚がする。

「……なぜですの……?」

 やっと言葉を絞り出す。

「わたくしは、グレゴリー殿下が真実の愛に目覚めたというから、身を引いたのです。わたくしが持ち得ないものを、メロディ様が持っているのだと思ったから。なのに、こんなに簡単に終わったり戻ったりするなんて……」

 ――わたくしの人生は、一体何だったの……?
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