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10、騎士団本部

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 高い城門を潜り、王宮敷地内に入る。
 城壁内にはいくつもの王国政府の庁舎が並んでいる。その中の、比較的城門に近い一角に、王国騎士団本部がある。この立地は、有事の際にすぐ街へ出動できるようにするためだ。
 大きなバスケットを下げたフルールは、入口前に立つ槍を持った衛兵にお辞儀をして話し掛ける。

「こんにちは。ヴィンセント・ブランジェにお取次ぎを願いたいのですが。わたくし……」

 言いかけた、その時。

「あれあれ?」

 彼女の背後を通り過ぎようとしていたサーコートの青年が立ち止まった。紺色がかった黒髪の彼は、しげしげと公爵令嬢の顔を覗き込み、

「もしかして君、フルールちゃん?」

 名前を言い当てた。

「はい、フルール・ブランジェです。どこかでお会いいたしましたか?」

 彼女はこの青年に見覚えがない。不思議顔のフルールに、彼は人懐っこい笑顔で「やっぱり!」と大喜びした。

「その光の絨毯のような金髪! 晴天色の瞳! 名工の陶器人形かくやの顔立ち! 噂通り……いや、噂以上の美人さんだ」

 手放しで褒めてくる彼に、フルールは愛想笑いを崩さないながらも内心たじろぐ。この人は誰だろう? 王国軍の意匠の入ったサーコートを着ているのだから、騎士であるのは間違いなさそうだが……。
 棒立ちしているフルールに、彼は二カッと笑いかけた。

「あ、俺はギイ・オドラン。ヴィンスの同期で同室。よろしくね」

「お兄様の?」

 ヴィンスはヴィンセントの愛称だ。兄は騎士学校へ入学した十五歳の頃から家を出て、学生の頃は寮で、騎士になってからは官舎で暮らしている。
 官舎もブランジェ公爵邸も王都に在り、季節休暇や家族のイベント毎に実家に戻ってくるのでそれほど離れている気はしないが、フルールはヴィンセントの日常生活をあまり知らない。

「今日はどうしたの? ヴィンスに用事?」

「え、ええ。パンをたくさん作ったので、母が職場の皆様に差し入れをと……」

「わー! 嬉しいな。さっきからいい匂いがしてると思った!」

 ギイはフルールが抱えていたバスケットに被せてあるナフキンを勝手に捲り、丸パンを一つ取って齧りついた。

「うめー! ヴィンスはいつもこんな美味いもん食ってたのか!」

 いちいち大げさに騒ぐ若い騎士に、令嬢はクスクス笑ってしまう。

「ヴィンスは今、訓練場にいるよ。呼んでこようか?」

 簡単に言うギイに、フルールは恐縮する。

「いえ、お仕事の邪魔をするわけには。差し入れだけ置いて帰りますわ」

「いやいや、可愛い妹ちゃんを追い返したら、俺があいつに怒られるよ」

 ギイは上目遣いに考えて、

「フルールちゃんは、騎士の鍛錬を見たことある?」

「いいえ」

 事ある毎に王宮には通っていたが、騎士団本部に立ち寄るのはこれが初めてだ。

「じゃあ、おいでよ。ヴィンスの仕事見せてあげる」

 手を引かれ、騎士団本部裏手に連れて行かれる。
 フルールは少しだけ逡巡したが……。
 兄の職場見学の誘惑には勝てず、そのままギイについていった。
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