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6、没落令嬢と求人酒場(2)

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「内容:当方所有の山林でメテオ茸を採取。
 報酬:メテオ茸一本につき銀貨一枚。
 条件:要面接」

 コウはクエスト依頼票を読み上げる。

「メテオ茸って、色々な魔法薬の中和剤として使われるのよね。何度も扱ったことがあるし、楽勝よ」

 根拠のない自信に満ちたリュリディアに、従者は困ったように眉を下げる。

「お嬢様が扱うメテオ茸は乾燥粉末ではないですか。山に生えているキノコを探すのは、素人には至難の業かと」

「あら。個人所有の山林なんて、兄様の別宅があるような長閑のどかな場所でしょ? ピクニックみたいで楽しそう」

「険しくない山の方が珍しいと思いますが……」

 都会の引き籠もりお嬢様は、大自然を侮っていた。

「依頼者の住まいは王都の西。朝、乗合馬車で行けばお昼前には着ける距離ね」

「王都から出るのはちょっと……。馬車も運賃がかかりますし……」

「国内の移動は問題ないでしょ。運賃は必要経費よ! キノコ一本銀貨一枚、十本で金貨一枚になるのよ。たくさん採ればお家再興も夢じゃないわ!」

「……それはいくらなんでも目測が甘すぎます」

 主の壮大な野望に、従者は思わずツッコんだ。

「とにかく、この依頼を受けるわ。お留守番頼んだわよ、コウ」

 サラリと告げるリュリディアに、

「御冗談でしょう?」

 コウは柳眉を跳ね上げた。

「お嬢様を一人で王都の外にはお出しできません。コウもついていきます。帯同をお許しいただけないのであれば、この依頼を受けることを全力で阻止します」

「……むー」

 琥珀の瞳で真剣に訴えられて、リュリディアは思わず唸る。……この従者、やると言ったらかならずやる男だ。どんな手段で阻止するのか、考えただけで面倒臭い。

「……解った。連れて行くわ。でも、仕事をするのはあくまで私。コウは見てるだけね」

「承知しました」

 恭しく頭を下げる従者に、主はやれやれとため息をつく。我が強いのはお互い様だ。

「で、この依頼にするって決めたけど、その後どうすればいいのかしら?」

 掲示板を前に首をひねるリュリディア。その横で、通りかかった男性店員にコウが「もうし」と声をかけた。

「ここにある依頼は、どうやって受ければよいのでしょうか?」

「ああ、それはね」

 気さくな店員はこなれた様子で説明する。

「この下の欄にサインして、依頼受諾の登録をするんだ。依頼が終わったら、依頼者が完遂コンプリートのサインをして契約終了。依頼が失敗したら契約破棄。期限がある依頼は期限日が過ぎると自動的に破棄だ。人気の依頼は何組ものパーティが同時に受けて、最初に完遂した者が報酬を受け取れる。ま、早い者勝ちってやつだな」

 店員はメテオ茸の依頼票を読んで、

「この依頼は、人数と期間が無制限で要面接ってことだから、票にサインして、そのまま依頼者に会いに行けばいい。面接で落とされたら、そこで依頼終了だ」

 説明を聞きながら、リュリディアは依頼票を指でなぞる。

「この羊皮紙かみ、魔力が織り込んであるわ」

「お! お嬢ちゃん分かるのかい!?」

 お目が高いと店員は大げさに驚く。

「金銭の絡む契約だからな。後で書き換えられないように魔力のくさびが打ってあるんだ」

 なかなかしっかりしたシステムだ。しかし、

「魔力を籠めた契約書に自分の名前を書き込むなんて、危険じゃないの?」

 名前は自分を形作るもの。迂闊に教えれば魂を奪われるというのが、魔法使いの常識だ。リュリディアの不信感を、店員は笑い飛ばした。

「だから冒険者は簡単には本名を名乗らない。サインにはイニシャルや愛称なんかの『通り名』を使うんだ」

 それが、エレーンの言っていた『名前の関係ない仕事』の意味だ。

「ほら、メテオ茸の依頼者だって匿名だろ?」

 票の依頼者名の欄には『山の管理者』とだけ書かれている。

 依頼をする側も受ける側も偽名を使える。なるほど、これならリュリディアも家名を隠して仕事ができる。

「解ったわ。詳しく教えてくれてありがとう」

「またいつでもどうぞ。冒険者に良き出会いの風を」

 お決まりの祝福の言葉で締めて、店員は去っていく。
 リュリディアは備え付けの羽ペンで依頼票に『ディア』と署名した。彼女は魔法使い、日常的に使っている名前は真名ではないので、この通り名で問題ない。

「よし、これで完璧ね。依頼者の元へ行くのは明日にしましょう。今日はせっかくだから、冒険者の日常を体験しなくちゃ!」

 店の奥で吟遊詩人のセッションが始まり、好奇心旺盛なお嬢様が喜び勇んで観覧に馳せる。

 ……うちのお嬢様、すでに依頼が成功した気でいるのですが……。

 あまりの楽観ぶりに、眩暈がしてくる。いっそ面接で落ちてくれないかなと不謹慎なことを考えつつ、コウはぬるくなったミックスジュースに目を落とした。
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