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3、令嬢、没落の軌跡
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――それは、五歳になった日のことだった。
「誕生日おめでとう、リュリディア。プレゼントだよ」
五段重ねのケーキを中心に、ずらりとご馳走の並んだパーティールーム。
立派な口髭のアレスマイヤー家当主が愛娘の前に連れ出したのは、赤髪の美しい青年だった。
本日の主役はキョトンと首を傾げた。
「お父様、彼はだぁれ?」
「まだ誰でもない。リュリが決めるんだよ」
当主は娘の肩に手を置き、優しく微笑む。
「アレスマイヤーの娘として、上手に使いなさい」
父に促されて彼女が赤髪の青年に視線を移すと、執事服の彼は無表情で膝をついた。
「初めまして、リュリディアお嬢様。どうぞ私に――」
◆ ◇ ◆ ◇
「ぜーんーめーつーだーわー!」
盛大なため息と一緒に絶望の言葉を吐き出しながら、リュリディアはテーブルに突っ伏した。
朝から元気に職探しに出掛けた彼女が、がっくりと肩を落として帰ってきたのは夕暮れ時だった。
「たまにはそういう日もありますよ」
落ち込む主に、執事姿のコウがハーブティーを差し出す。
オンボロ長屋で暮らし始めて早一週間。お嬢様の就職活動は難航していた。
「やっぱり、魔法関連の仕事に就けないのが痛いわね」
頬杖をつき、お行儀悪く紅茶をすする。
リュリディアは魔法使いだ。『魔法』は『魔力』を持つ者にしか使えない才能職で、ピケスナ王国では『魔法使い』という技術者はとても貴重だ。だから、血脈で魔法使いを多く輩出する魔導五大家は王国でも重要な地位を確立している。
しかし……この五大家の一つ、アレスマイヤーの家名を持つことが、今のリュリディアにとって足枷になっているのだ。
アレスマイヤー家当主の第二子リュリディアは、一言でいうと『天才』だ。
この国で魔力を持って生まれた子供は、通常七歳から十歳までに魔法学校に入学し、二十歳前後で卒業する。
魔力の強さで教育課程は変わり、才能のある者は上級課程へ、魔力の枯渇した者は退学に。……という完全実力主義の教育機関の中で、リュリディアはたった五歳で入学試験に合格し、飛び級を重ね十歳で卒業した。
魔法使いの進路は大まかに分けると二通り。軍や私設兵団に雇われる『戦闘後衛職』と、新しい呪文や道具、薬などを創り出す『研究職』だ。
リュリディアは国営・民間問わず、どちらの関連機関からも引く手あまただったが、結局いずれにも属さず実家に戻った。
アレスマイヤーは研究者の家系。実家そのものが、どこの研究施設よりも高度で最新の設備を揃えていたのだ。
リュリディアは十代前半にして多くの論文を発表し、魔法科学の発展に貢献してきた。その一方、ずっと屋敷に引き籠もりきりなので、彼女の存在は魔法業界では都市伝説扱いだった。
年頃の娘ながら社交界にも興味がなく、自宅で悠々自適に暮らしていた彼女の生活が一変したのは、春先の頃。
学会のために他国へ向かった父母が行方不明になったのだ。
ピケスナ王国府とアレスマイヤーの関係者は手を尽くし、二人の行方を探した。しかし……見つかることなくたったの一ヶ月で捜索は打ち切られた。
王国府は、アレスマイヤー家当主と夫人は他国へ亡命したと結論づけたからだ。
当主夫妻の長男である兄と妹のリュリディアは王政府に抗議したが、無駄だった。アレスマイヤー家は反逆罪に問われ、家財を没収された。
残されたのは、病弱な兄が療養中だった地方の別名義の邸宅と、リュリディアが身につけていたドレスと装飾品と……そして、従者だけ。
――アレスマイヤー家の人間は、学者としては優れていたが政治が下手だった。
大家と謳われながらも王族や貴族院との繋がりが薄く、ただひたすらに研究に明け暮れ、その副産物として巨万の富を得ていた。
だから、窮地の時に縋る宛もなく、守る手段もなく資産を奪われた。
王国府はアレスマイヤーの家名までは剥奪しなかった。
だがそれは、反逆者一族への罰でもあった。
放浪の身となったリュリディアが、細いつてを頼りに住処や職を探したところ……、
「アレスマイヤー家とは関わりたくない」
……と、各所から門前払いを食らったのだ。
彼女の実家に師事していた門閥魔法使い達も、こぞってアレスマイヤーとの縁を切り、関係を否定した。
だから魔法使いとしての輝かしい経歴を持ちながらも、リュリディアは自身の専門とする研究機関には就職することができないのだ。
「……いっそ家名をお隠しになられたら?」
コウの提案に、リュリディアは憮然と、
「もうやったわ」
「え?」
「でもバレた」
「えぇ!?」
深窓の引き籠もり令嬢だったとはいえ、リュリディアは稀代の天才であり一目見たら忘れられない美少女だ。目立つ要素しかない。
「また出自を問われない仕事先を探すわ」
ため息ばかりの主に、従者は膝を折って目線を合わせる。
「きっとこれから、運が向いてきますよ」
「……だといいけど」
コウの無責任な励ましに苦笑しつつ、少し心が軽くなる。
「これから夕食の用意をしますので、リュリお嬢様は先にお風呂に行かれては?」
「そうね、共同浴場は遅い時間は混むから」
ティーカップをソーサーに戻し、リュリディアが立ち上がりかけた、その時。
コンコンコン。
ドアを叩く音がした。
「誕生日おめでとう、リュリディア。プレゼントだよ」
五段重ねのケーキを中心に、ずらりとご馳走の並んだパーティールーム。
立派な口髭のアレスマイヤー家当主が愛娘の前に連れ出したのは、赤髪の美しい青年だった。
本日の主役はキョトンと首を傾げた。
「お父様、彼はだぁれ?」
「まだ誰でもない。リュリが決めるんだよ」
当主は娘の肩に手を置き、優しく微笑む。
「アレスマイヤーの娘として、上手に使いなさい」
父に促されて彼女が赤髪の青年に視線を移すと、執事服の彼は無表情で膝をついた。
「初めまして、リュリディアお嬢様。どうぞ私に――」
◆ ◇ ◆ ◇
「ぜーんーめーつーだーわー!」
盛大なため息と一緒に絶望の言葉を吐き出しながら、リュリディアはテーブルに突っ伏した。
朝から元気に職探しに出掛けた彼女が、がっくりと肩を落として帰ってきたのは夕暮れ時だった。
「たまにはそういう日もありますよ」
落ち込む主に、執事姿のコウがハーブティーを差し出す。
オンボロ長屋で暮らし始めて早一週間。お嬢様の就職活動は難航していた。
「やっぱり、魔法関連の仕事に就けないのが痛いわね」
頬杖をつき、お行儀悪く紅茶をすする。
リュリディアは魔法使いだ。『魔法』は『魔力』を持つ者にしか使えない才能職で、ピケスナ王国では『魔法使い』という技術者はとても貴重だ。だから、血脈で魔法使いを多く輩出する魔導五大家は王国でも重要な地位を確立している。
しかし……この五大家の一つ、アレスマイヤーの家名を持つことが、今のリュリディアにとって足枷になっているのだ。
アレスマイヤー家当主の第二子リュリディアは、一言でいうと『天才』だ。
この国で魔力を持って生まれた子供は、通常七歳から十歳までに魔法学校に入学し、二十歳前後で卒業する。
魔力の強さで教育課程は変わり、才能のある者は上級課程へ、魔力の枯渇した者は退学に。……という完全実力主義の教育機関の中で、リュリディアはたった五歳で入学試験に合格し、飛び級を重ね十歳で卒業した。
魔法使いの進路は大まかに分けると二通り。軍や私設兵団に雇われる『戦闘後衛職』と、新しい呪文や道具、薬などを創り出す『研究職』だ。
リュリディアは国営・民間問わず、どちらの関連機関からも引く手あまただったが、結局いずれにも属さず実家に戻った。
アレスマイヤーは研究者の家系。実家そのものが、どこの研究施設よりも高度で最新の設備を揃えていたのだ。
リュリディアは十代前半にして多くの論文を発表し、魔法科学の発展に貢献してきた。その一方、ずっと屋敷に引き籠もりきりなので、彼女の存在は魔法業界では都市伝説扱いだった。
年頃の娘ながら社交界にも興味がなく、自宅で悠々自適に暮らしていた彼女の生活が一変したのは、春先の頃。
学会のために他国へ向かった父母が行方不明になったのだ。
ピケスナ王国府とアレスマイヤーの関係者は手を尽くし、二人の行方を探した。しかし……見つかることなくたったの一ヶ月で捜索は打ち切られた。
王国府は、アレスマイヤー家当主と夫人は他国へ亡命したと結論づけたからだ。
当主夫妻の長男である兄と妹のリュリディアは王政府に抗議したが、無駄だった。アレスマイヤー家は反逆罪に問われ、家財を没収された。
残されたのは、病弱な兄が療養中だった地方の別名義の邸宅と、リュリディアが身につけていたドレスと装飾品と……そして、従者だけ。
――アレスマイヤー家の人間は、学者としては優れていたが政治が下手だった。
大家と謳われながらも王族や貴族院との繋がりが薄く、ただひたすらに研究に明け暮れ、その副産物として巨万の富を得ていた。
だから、窮地の時に縋る宛もなく、守る手段もなく資産を奪われた。
王国府はアレスマイヤーの家名までは剥奪しなかった。
だがそれは、反逆者一族への罰でもあった。
放浪の身となったリュリディアが、細いつてを頼りに住処や職を探したところ……、
「アレスマイヤー家とは関わりたくない」
……と、各所から門前払いを食らったのだ。
彼女の実家に師事していた門閥魔法使い達も、こぞってアレスマイヤーとの縁を切り、関係を否定した。
だから魔法使いとしての輝かしい経歴を持ちながらも、リュリディアは自身の専門とする研究機関には就職することができないのだ。
「……いっそ家名をお隠しになられたら?」
コウの提案に、リュリディアは憮然と、
「もうやったわ」
「え?」
「でもバレた」
「えぇ!?」
深窓の引き籠もり令嬢だったとはいえ、リュリディアは稀代の天才であり一目見たら忘れられない美少女だ。目立つ要素しかない。
「また出自を問われない仕事先を探すわ」
ため息ばかりの主に、従者は膝を折って目線を合わせる。
「きっとこれから、運が向いてきますよ」
「……だといいけど」
コウの無責任な励ましに苦笑しつつ、少し心が軽くなる。
「これから夕食の用意をしますので、リュリお嬢様は先にお風呂に行かれては?」
「そうね、共同浴場は遅い時間は混むから」
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コンコンコン。
ドアを叩く音がした。
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