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76、マガモノのこと

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「……は?」

 怪訝そうに眉を寄せて聞き返すスイウに、リルは捲し立てる。

「きっと弱った体に魅了の効果が効き過ぎて、あの人手近な私に告白しちゃったんだ! どーしようスイウさん、あの人が錯乱したのは私のせいです!」

 半泣きのリルに、スイウは呆れたため息をつく。

「問題ない。本来の目的で作られていない魔法薬の成分の一つの効果がたまたま強く顕れたとしても、大抵それは一時的なものだ。時間が経てば消える」

「それならいいのですが……」

 ほっと胸を撫で下ろすリルに、スイウは淡々と、

「だが、次に誰かに薬を盛る時は副次的効果も考慮すべきだな」

「……はぁい」

 あまりそのような場面には遭遇したくないが。

(もっといっぱい勉強しなきゃ)

 想織茶だけではない、それに付随する植物と精霊の知識を身に付けなければ一人前の魔法使いにはなれない。

(でも、予期せぬ事態はあったけど、あの人が助かって良かった。蛇に噛まれた時は死んじゃったかと……)

 リルは壮絶な光景を思い出して身震いするが、ふと、

「そういえば、死んだ人を生き返らせる魔法ってあるんですか?」

 興味本位で訊いてみる。死者を蘇らすことができるなら、余裕をもって治療に臨める。リルは楽観的に質問したつもりだったが……。スイウは苦い顔で首を振った。

「それは禁忌だ」

「どうして?」

 不死なんてすべての生物の憧れなのにと不思議そうなリルに、スイウは静かに質問を返す。

「では、もし君が不死の薬を作ったとして、どのように効果を確かめる?」

「それは――」

 意気揚々と答えようと口を開いたリルは、そのまま凍りついた。

「――作りません」

 死なないかを確かめるためには、殺してみなければならない。そんな作業、リルには到底無理だった。

「死体にそこら辺の霊を入れて動かす術ならあるぞ」

「ゾンビやスケルトンはちょっと……」

 リルは怪談系は苦手だった。

「あと、もう一つ質問なんですけど、『マガモノ』ってなんですか?」

 スイウは『マガモノは死体に憑く』と言っていた。話題が出たついでに訊いてみると、

「禍物はあらゆる災厄が具現化したモノだ。魔境では特に命の抜け殻に取り憑くことが多い」

「魔境?」

「人と人ならざるモノの世界の境。近場だと静謐の森ここやオロ山がそうだ。聖域も大局的には魔境だが、『魔』を付けて呼ぶと聖域の住人が怒るので呼ばない」

 こだわりがあるらしい。

「禍物は生を妬み、あらゆる生き物の命を奪う」

「そんな怖いモノが森にいるなんて……どうして教えてくれなかったんですか?」

 批難というよりは戸惑いを含んだ口調で尋ねるリルに、スイウは憂いげに視線を逸らした。

「……私の不手際だ。すまない」

 ポツリと言うと、彼はティーカップを持って席を立つ。

「え? ちょっと待ってくだ……」

 呼び止める声も虚しく、魔法使いは自室に消えてしまった。

「……責めたつもりはなかったのにぃ……」

 自身の失言に、リルは大いに落ち込んだ。
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