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69、危機

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 ――その光景を、リルはただ見ていることしかできなかった。

 金色の鎧の青年に噛みついた大蛇は、愉快そうに顎を上げ彼の体を天高く持ち上げた。ミシミシと鈍い金属音がするのは、蛇の牙が鎧に食い込んでいるからだろう。
 大木のような斑の蛇は顎を器用に動かし、青年の体を飲み込んでいく。
 全身の血が凍ったように寒くて、リルの体は勝手に震え出す。怖いのに目が逸らせない。
 体を半分飲まれた彼の手から長剣が落ちる。その指先が微かに動いたのを、リルははっきり視認した。

「いやぁああああっ!!」

 リルが悲鳴を上げた瞬間。

 ドンッ!!

 突如火の球が飛来し、大蛇の喉元に殴りつけるようにぶつかった!
 焦げ臭い匂いが辺りに漂う。衝撃に堪えきれず、大蛇はべっと鎧の青年を吐き出した。蛇の唾液にまみれた彼の体は、乱雑に扱われたブリキ人形のようにギクシャクした形で地に落ちた。
 蛇は痛みにのたうち回りながら、鋭い眼光でリルを見た。……いや、違う。憤怒の瞳に映っていたのは、リルの足元だ。
 リルが慌てて目線を下げると、そこにいたのは黒い子狐姿に戻っていたノワゼアだ。彼の背後にはスイカ大の火の球が十数個も浮いている。
 今の攻撃は、ノワゼアの妖術だったのだ。

「リル、逃げろ。ここは我が抑えておく。スイウにマガモノが出たと伝えろ!」

 幼い狐の頼もしい言葉に、胸が熱くなる。

「うん、わかった!」

 『マガモノ』の意味は知らないが、リルは大きく頷いた。そして……。
 大樹の家の方角ではなく、大蛇に向かって突進した!

「な!? 何をしている、リル!?」

 驚愕に狼狽えるノワゼアに、リルは振り向かずに答える。

「あのままだと、あの人死んじゃう!」

 リルは鎧の彼を助けるつもりだったのだ。

「阿呆! そんな奴放っておけ!」

「できない!」

 焦るノワゼアの声に、頑固に首を振る。
 鎧の青年はリル達に「逃げろ」と言った。だから彼はいい人に違いない。リルは自分の勘を信じていた。
 ノワゼアが火球をぶつけて必死に大蛇の気を逸らしている間に、リルは必死で鎧の腕を掴み、蛇の死角になる藪の中へと引きずっていく。
 木の葉で金の鎧を隠し、わざと遠回りして藪から出る。
 蟻と象ほども大きさの違う黒狐と斑蛇はまだ戦いの真っ最中だ。その横をすり抜け、リルが大樹の家へと向かおうとしていると。
 不意に火球に掠められた大蛇の鎌首が揺らぎ、リルの方へと傾いた。
 翳った頭上にリルが振り仰ぐと、そこには逆光の中、真っ赤に裂けた大蛇の口が見えた。縦長の瞳孔の目は、まるで皿に置かれたごちそうを見るかのように細められて……!

「……っ」

 次の瞬間、リルの視界は闇に染まった。
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