69 / 78
69、危機
しおりを挟む
――その光景を、リルはただ見ていることしかできなかった。
金色の鎧の青年に噛みついた大蛇は、愉快そうに顎を上げ彼の体を天高く持ち上げた。ミシミシと鈍い金属音がするのは、蛇の牙が鎧に食い込んでいるからだろう。
大木のような斑の蛇は顎を器用に動かし、青年の体を飲み込んでいく。
全身の血が凍ったように寒くて、リルの体は勝手に震え出す。怖いのに目が逸らせない。
体を半分飲まれた彼の手から長剣が落ちる。その指先が微かに動いたのを、リルははっきり視認した。
「いやぁああああっ!!」
リルが悲鳴を上げた瞬間。
ドンッ!!
突如火の球が飛来し、大蛇の喉元に殴りつけるようにぶつかった!
焦げ臭い匂いが辺りに漂う。衝撃に堪えきれず、大蛇はべっと鎧の青年を吐き出した。蛇の唾液にまみれた彼の体は、乱雑に扱われたブリキ人形のようにギクシャクした形で地に落ちた。
蛇は痛みにのたうち回りながら、鋭い眼光でリルを見た。……いや、違う。憤怒の瞳に映っていたのは、リルの足元だ。
リルが慌てて目線を下げると、そこにいたのは黒い子狐姿に戻っていたノワゼアだ。彼の背後にはスイカ大の火の球が十数個も浮いている。
今の攻撃は、ノワゼアの妖術だったのだ。
「リル、逃げろ。ここは我が抑えておく。スイウにマガモノが出たと伝えろ!」
幼い狐の頼もしい言葉に、胸が熱くなる。
「うん、わかった!」
『マガモノ』の意味は知らないが、リルは大きく頷いた。そして……。
大樹の家の方角ではなく、大蛇に向かって突進した!
「な!? 何をしている、リル!?」
驚愕に狼狽えるノワゼアに、リルは振り向かずに答える。
「あのままだと、あの人死んじゃう!」
リルは鎧の彼を助けるつもりだったのだ。
「阿呆! そんな奴放っておけ!」
「できない!」
焦るノワゼアの声に、頑固に首を振る。
鎧の青年はリル達に「逃げろ」と言った。だから彼はいい人に違いない。リルは自分の勘を信じていた。
ノワゼアが火球をぶつけて必死に大蛇の気を逸らしている間に、リルは必死で鎧の腕を掴み、蛇の死角になる藪の中へと引きずっていく。
木の葉で金の鎧を隠し、わざと遠回りして藪から出る。
蟻と象ほども大きさの違う黒狐と斑蛇はまだ戦いの真っ最中だ。その横をすり抜け、リルが大樹の家へと向かおうとしていると。
不意に火球に掠められた大蛇の鎌首が揺らぎ、リルの方へと傾いた。
翳った頭上にリルが振り仰ぐと、そこには逆光の中、真っ赤に裂けた大蛇の口が見えた。縦長の瞳孔の目は、まるで皿に置かれたごちそうを見るかのように細められて……!
「……っ」
次の瞬間、リルの視界は闇に染まった。
金色の鎧の青年に噛みついた大蛇は、愉快そうに顎を上げ彼の体を天高く持ち上げた。ミシミシと鈍い金属音がするのは、蛇の牙が鎧に食い込んでいるからだろう。
大木のような斑の蛇は顎を器用に動かし、青年の体を飲み込んでいく。
全身の血が凍ったように寒くて、リルの体は勝手に震え出す。怖いのに目が逸らせない。
体を半分飲まれた彼の手から長剣が落ちる。その指先が微かに動いたのを、リルははっきり視認した。
「いやぁああああっ!!」
リルが悲鳴を上げた瞬間。
ドンッ!!
突如火の球が飛来し、大蛇の喉元に殴りつけるようにぶつかった!
焦げ臭い匂いが辺りに漂う。衝撃に堪えきれず、大蛇はべっと鎧の青年を吐き出した。蛇の唾液にまみれた彼の体は、乱雑に扱われたブリキ人形のようにギクシャクした形で地に落ちた。
蛇は痛みにのたうち回りながら、鋭い眼光でリルを見た。……いや、違う。憤怒の瞳に映っていたのは、リルの足元だ。
リルが慌てて目線を下げると、そこにいたのは黒い子狐姿に戻っていたノワゼアだ。彼の背後にはスイカ大の火の球が十数個も浮いている。
今の攻撃は、ノワゼアの妖術だったのだ。
「リル、逃げろ。ここは我が抑えておく。スイウにマガモノが出たと伝えろ!」
幼い狐の頼もしい言葉に、胸が熱くなる。
「うん、わかった!」
『マガモノ』の意味は知らないが、リルは大きく頷いた。そして……。
大樹の家の方角ではなく、大蛇に向かって突進した!
「な!? 何をしている、リル!?」
驚愕に狼狽えるノワゼアに、リルは振り向かずに答える。
「あのままだと、あの人死んじゃう!」
リルは鎧の彼を助けるつもりだったのだ。
「阿呆! そんな奴放っておけ!」
「できない!」
焦るノワゼアの声に、頑固に首を振る。
鎧の青年はリル達に「逃げろ」と言った。だから彼はいい人に違いない。リルは自分の勘を信じていた。
ノワゼアが火球をぶつけて必死に大蛇の気を逸らしている間に、リルは必死で鎧の腕を掴み、蛇の死角になる藪の中へと引きずっていく。
木の葉で金の鎧を隠し、わざと遠回りして藪から出る。
蟻と象ほども大きさの違う黒狐と斑蛇はまだ戦いの真っ最中だ。その横をすり抜け、リルが大樹の家へと向かおうとしていると。
不意に火球に掠められた大蛇の鎌首が揺らぎ、リルの方へと傾いた。
翳った頭上にリルが振り仰ぐと、そこには逆光の中、真っ赤に裂けた大蛇の口が見えた。縦長の瞳孔の目は、まるで皿に置かれたごちそうを見るかのように細められて……!
「……っ」
次の瞬間、リルの視界は闇に染まった。
19
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる