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50、シルウァの街へ(1)
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結晶化した宝石のような茶葉を、ガラス瓶に詰めていく。
今日はアトリ亭に茶葉を卸しに行く日だ。久しぶりにシルウァの街に戻ることに、リルの心は朝から踊りっぱなしだ。
「用意はいいか?」
「はい」
瓶の入ったバスケットを持って振り返るスイウに大きく頷く。
「いってきます!」
いつもより声を弾ませて大樹に挨拶すると、スキップの足取りで魔法使いの背中についていく。
「そんなに嬉しいか?」
「そりゃあ、もう!」
尋ねられて、食い気味に肯定する。森の生活も悪くはないが、リルは生粋のシルウァっ子だ。帰郷が嬉しくないはずがない。……たとえ、彼女を待っている人がいなくても。
晴れた午前の森は空気が澄んでいて清々しい。鳥の囀りを聞きながら、リルは半歩先を行く魔法使いに声をかけた。
「そういえば、街のお茶の用途をまだ教えてもらってなかったですね」
……話が途中で終わったのは、リルが逃げ出したからなのだが。原因を咎めることもなく、スイウはローブの袂にバスケットをしまいながら飄々と昨日の続きを始める。
「街の想織茶は、治療のために持ち込まれた物だ」
いきなり核心を突く告白をされて、リルは目を皿にする。
「今から五百余年前、街を災禍が襲った」
「災禍って?」
「嵐に川の氾濫に魔物の襲来、それにより生じた怪我と病の蔓延。当時の森の魔法使いは、疲弊した街の住人の心身を癒やすために想織茶を使った」
精霊の力を宿す茶葉は、配合次第であらゆる効果を発揮する万能薬だ。街の人間達にとって、想織茶の存在はどんなに心強かったことだろう。
「そんな大変なことがあったんですね。当時の街の人に代わって、お礼を言います」
「私は当時の魔法使いではないから、礼はいらない」
感激するリルに、スイウはいつもの淡白さだ。
「私、昔話で『魔法使いが街に想織茶を伝えた』とだけは知ってたんですけど、災禍のことは聞いたことがなかったです。もっと崇められてもいいのに」
街の救世主なのに想織茶は今はすっかり廃れてしまって、魔法使いに至っては現存さえ信じられていないおとぎ話の悪役だ。
「それは仕方がない」
憤慨する少女に、魔法使いは飄々と語る。
「当時のことは口止めされているから」
「口止め? 誰に?」
怪訝そうに眉を寄せて見上げてくるリルに、スイウは薄い唇に人差し指を当てた。
「まだ言えない」
意味深に目を細めた表情は神秘的で、「意地悪っ」と膨らませたリルの頬は熱くなる。
「想織茶も、街の住人の回復に合わせて徐々に効果を薄めていった。あのお茶は本来精霊という強大な思念体にも作用する劇薬だ。だから、現在は気休め程度の効果しかないくらいに薬効を減らしている」
そして、霊験あらたかだった薬は時代とともに名声を失い、いまや知る人ぞ知る嗜好品となった。
「でも、それなら必要がなくなった時に街から想織茶を引き上げちゃえば良かったじゃないですか。なんで何代も後の魔法使いが、わざわざ薬効を下げてまでまだ街にお茶を届けてるんですか?」
リルの疑問に、スイウは彼女をじっと見つめてから、少しだけ笑った。
「可能性を残しておきたかったから、かな」
「可能性?」
「多分、見つけたと思う」
「?? 何をですか?」
独りで納得されても困る。言葉の意味が解らず、リルは食い下がろうとしたが……。
目の前にシルウァ街の門が見えてきて、話は有耶無耶に途切れてしまった。
今日はアトリ亭に茶葉を卸しに行く日だ。久しぶりにシルウァの街に戻ることに、リルの心は朝から踊りっぱなしだ。
「用意はいいか?」
「はい」
瓶の入ったバスケットを持って振り返るスイウに大きく頷く。
「いってきます!」
いつもより声を弾ませて大樹に挨拶すると、スキップの足取りで魔法使いの背中についていく。
「そんなに嬉しいか?」
「そりゃあ、もう!」
尋ねられて、食い気味に肯定する。森の生活も悪くはないが、リルは生粋のシルウァっ子だ。帰郷が嬉しくないはずがない。……たとえ、彼女を待っている人がいなくても。
晴れた午前の森は空気が澄んでいて清々しい。鳥の囀りを聞きながら、リルは半歩先を行く魔法使いに声をかけた。
「そういえば、街のお茶の用途をまだ教えてもらってなかったですね」
……話が途中で終わったのは、リルが逃げ出したからなのだが。原因を咎めることもなく、スイウはローブの袂にバスケットをしまいながら飄々と昨日の続きを始める。
「街の想織茶は、治療のために持ち込まれた物だ」
いきなり核心を突く告白をされて、リルは目を皿にする。
「今から五百余年前、街を災禍が襲った」
「災禍って?」
「嵐に川の氾濫に魔物の襲来、それにより生じた怪我と病の蔓延。当時の森の魔法使いは、疲弊した街の住人の心身を癒やすために想織茶を使った」
精霊の力を宿す茶葉は、配合次第であらゆる効果を発揮する万能薬だ。街の人間達にとって、想織茶の存在はどんなに心強かったことだろう。
「そんな大変なことがあったんですね。当時の街の人に代わって、お礼を言います」
「私は当時の魔法使いではないから、礼はいらない」
感激するリルに、スイウはいつもの淡白さだ。
「私、昔話で『魔法使いが街に想織茶を伝えた』とだけは知ってたんですけど、災禍のことは聞いたことがなかったです。もっと崇められてもいいのに」
街の救世主なのに想織茶は今はすっかり廃れてしまって、魔法使いに至っては現存さえ信じられていないおとぎ話の悪役だ。
「それは仕方がない」
憤慨する少女に、魔法使いは飄々と語る。
「当時のことは口止めされているから」
「口止め? 誰に?」
怪訝そうに眉を寄せて見上げてくるリルに、スイウは薄い唇に人差し指を当てた。
「まだ言えない」
意味深に目を細めた表情は神秘的で、「意地悪っ」と膨らませたリルの頬は熱くなる。
「想織茶も、街の住人の回復に合わせて徐々に効果を薄めていった。あのお茶は本来精霊という強大な思念体にも作用する劇薬だ。だから、現在は気休め程度の効果しかないくらいに薬効を減らしている」
そして、霊験あらたかだった薬は時代とともに名声を失い、いまや知る人ぞ知る嗜好品となった。
「でも、それなら必要がなくなった時に街から想織茶を引き上げちゃえば良かったじゃないですか。なんで何代も後の魔法使いが、わざわざ薬効を下げてまでまだ街にお茶を届けてるんですか?」
リルの疑問に、スイウは彼女をじっと見つめてから、少しだけ笑った。
「可能性を残しておきたかったから、かな」
「可能性?」
「多分、見つけたと思う」
「?? 何をですか?」
独りで納得されても困る。言葉の意味が解らず、リルは食い下がろうとしたが……。
目の前にシルウァ街の門が見えてきて、話は有耶無耶に途切れてしまった。
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