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38、水のこと(10)

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 ほのかに青く色づいたお茶に、蜂蜜を一匙。

「どうぞ」

 マドラーでくるりと一混ぜしてから、リルはグラスをヒメミナに差し出した。

「ふむ、いただこうかの」

 水精霊はついと目を細めると、優雅な仕草でグラスに口をつけた。……次の瞬間、

「むむっ、なんと!?」

 驚愕に口元を押さえて仰け反った。

「お茶がぷるぷる固まっていて、噛むとパチパチ弾けるぞ!?」

 目を白黒させるヒメミナの対角に座ったスイウは、彼女の反応を眺めながら自身の茶を一口啜って、「なるほど」と頷いた。

「【泡沫の涼草】と【琥珀の鼓動】か」

「はい!」

 正解ですとリルは笑う。

「泡沫の涼草は水に溶けると発泡して、琥珀の鼓動は糖分と混ざるとゆるいゼリー状になります。これが合わさると……」

「舌の上でお茶が踊っておる。弾けた後は溶けるから、喉越しはすっきりなめらかじゃ。いやはや、実に愉快! こんなお茶は初めてじゃ」

 嬉々として飲み干すヒメミナに、リルは笑顔を零す。この想織茶はリルのオリジナルブレンド。霊薬を作ったことで、彼女は少しずつ自分の合組に自信を取り戻し始めていた。そして、喜ぶ客の姿が一番の活力になる。

「見事であったぞ、リル。期待以上、天晴じゃ!」

「ありがとう」

 手放しで褒められるとこそばゆい。照れ笑いするリルに、ヒメミナは薄衣の袂に手を入れ、何かを取り出した。

「これは姉と妾からの礼じゃ。受け取るがよい」

「なぁに?」

 ヒメミナが握った拳を差し出して来たので、リルは開いた手のひらを上にして迎え入れる。精霊の少女が手を開き、人の少女の手のひらにポトリと落としたのは、角のない真ん丸な小石。

「……石?」

 どこにでもありそうな灰黒色の塊を眺めるリルに、ヒメミナは得意げに微笑む。

「それは井戸底の石。それがあればどこでも妾の井戸の水を湧き出させることが出来る。家の中の瓶に入れておけば、わざわざ外に汲みに行かなくてもよくなるぞえ」

「本当!?」

 リルは小石とヒメミナを何度も見比べながら、目を輝かせる。

「嬉しい! これで井戸を何往復もしなくて済むんだ。ヒメちゃん、ありがとう!!」

「なんの、かように喜んでもらえれば、妾も姉も本望じゃ」

 飛び跳ねる人間の少女を、精霊の少女は満足そうに見守っている……が、

「スイウさん、見てください。すっごい便利アイテムもらっちゃいましたよ! これで毎日の水汲みが楽になりますね」

 大興奮で魔法使いに自慢するリルに、堪えきれなかったようにクスクス吹き出した。

「何を言うておる。毎日の水汲みを大変にしたのは、その魔法使いぞ」

「……はぃ?」

 意図が分からず聞き返すリルに、ヒメミナは扇子で口元を覆い、目だけで笑う。

「その井戸底の石は、元から瓶に沈めてあった物。この家にリルが来てからスイウが妾の井戸に投げ戻したのじゃ」

「……はぁ?」

 呆然とするリルを置いて、井戸の住人は「また来るぞえ」と言い残して大樹の家を後にする。
 残されたリルは……。

「……スイウさん?」

 ブリキ人形のように、ギギギッとぎこちない動きで傍らの魔法使いを見上げた。
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