上 下
24 / 78

24、リル、落ち込む(1)

しおりを挟む
「…………はぁ」

 陰鬱なため息が漏れる。
 翌日から、リルは倉庫の茶葉の試飲を始めた。
 ティーカップを二つ用意して、同じ茶葉を一つまみずつ淹れて、片方には湯を、もう片方には水をカップの三分の一ほど注ぐ。これは、お湯出しと水出しの味の違いを確認するためだ。
 膨大な数の茶葉の中から、まずはアトリ亭で扱っている四十種類から飲み直しているのだが……。

「なんて奥深い味わいなんだろ」

 確かに原料は同じなのに、街で飲む茶とは段違いだ。リルは味の特徴や口当たりなどを細かく紙に書き記していく。これは、のちに別の茶葉とブレンドする時の参考しするためだ。しかし、

(……お茶、暫く作りたくないな)

 またため息をつく。
 あんなに大好きだった想織茶の合組をする気力がなくなってしまったのは……スイウの淹れた茶を飲んだから。

「うぅ~~~っ」

 思い出すだけで、テーブルに突っ伏してジタバタしてしまう。
 ――圧倒的だった。
 森の茶葉の方が街の茶葉より潜在能力が高いことは判っていた。だが、それを差し引いても、スイウの茶は圧倒的だった。
 甘く華やかで、一つ一つの茶葉の個性が際立っているのに絶妙に調和していて、後味はさっぱりなのに喉の奥にいつまでも余韻が残る。……そんなお茶だった。
 リルが今まで飲んだ中で、最も美味しく、最も心揺さぶられた一杯。
 初めてアトリ亭で想織茶を飲んだ時、リルは「自分でも淹れたい!」と思った。でも、スイウの茶を知った今では……。

(あんな完璧なお茶を淹れられるのなら、私なんか要らないじゃん)

 頼まれてドヤ顔で茶を振る舞っていた自分が恥ずかしい。しかも、既存のレシピすらまともに淹れられなかったくせに、浅い知識でオリジナルブレンドに手を出すなんて。
 きっとスイウだって、内心苦笑してたに違いない。

「……もう、消えたい。帰りたい」

 少女が独りで弱音を吐いていると、

「何か言ったか?」

 不意に背後から声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは言わずとしれた森の魔法使い。

「いえ、なんでもないです」

 慌てて取り繕うリルに、スイウはさして興味がなさそうに、

「お茶を淹れてくれないか」

「……はい」

 魔法使いは日に二度ほどお茶汲みを要求する。
 昨日までなら大喜びでオリジナルレシピを考えたリルだが――

「アトリ亭のレシピのブレンドでいいですか?」

 ――今は自分の個性を出す自信がない。
 スイウが「なんでもいい」と答えたので、早速準備に取り掛かる。
 馴染の茶葉を三種類ティーポットに入れる。自分の試飲用に竈で沸かした湯は既に冷めてしまったので、スイウの魔法で新しく沸かしてもらおう。
 リルは水を汲もうと大瓶の蓋を開けて、「あっ」と声を上げた。

「スイウさん、瓶の水がありません」

 さっきまでなみなみと満ちていた瓶の水が、すっかり空になっている。スイウは思い至ったように手を打って、

「家が飲んだな」

「家が? 水を!?」

「木だから」

 納得できるような、できないような。そんな不可思議な回答にリルの思考は頭痛がしてくる。

「では、飲料水はどうしましょう?」

「瓶には浄化魔法が掛かっていて洗う必要はないから、そのまま井戸の水を汲んで入れてくれ」

 言われて目が点になる。

「井戸水を汲んで、ここまで持ってくるんですか? 瓶がいっぱいになるまで?」

 聞き返すリルに、スイウはコクリと頷く。

「井戸の水は清浄だから、煮沸しなくても飲める。たまに家も飲むから、多めに入れておくのが好ましい」

「いえ、そういうことじゃなく……」

 リルは困惑する。井戸から家の中まで手桶で水を運んだら、一体何往復することになるのだろう。

「一応お聞きしますが、私一人でやるんですか?」

「それが君の仕事だ」

(……ですよねー……)

 あっさり肯定され、リルは絶望する。お茶を淹れる業務に水を準備する作業まで含まれていたのは誤算だったが、借金のカタという身分的には従うしかない。……借用証はもうないのだけれど。

「ちなみに、瓶を水で満たす魔法ってないんですか? 瓶と仲良くなればいいんですか?」

 諦めの悪い街の少女に、森の魔法使いは生真面目に返す。

「どちらかというと、井戸と、だな」

「井戸と……」

 ……好感度を上げたい相手と、どうやって意思の疎通を図ればいいのだろう……?
 難易度の高すぎるミッションに、リルは頭を抱えるしかなかった。

 そして……リルは二十往復の末、やっと大瓶を水で満たした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「今日をもってイザベル・カエラートとの婚約は破棄とし、イザベルを聖女暗殺未遂の疑いで魔女裁判を言い渡す」 「そ、そんな……! 私、聖女ミーアスに対して何もしておりませんわっ」  美しい男爵令嬢のイザベル・カエラートは小国の王太子アルディアスと婚約していた。が、王太子の命の恩人で虚言症の聖女ミーアスの策略により無実の罪をかけられて、身分も信用も失ってしまう。誰も助けてくれない中、絶望の淵で精霊様に祈りを捧げると一人の神秘的な美青年がイザベルの前に現れた。  * この作品は小説家になろうさんにも投稿しています。  * 2020年04月10日、連載再開しました。閲覧、ブクマ、しおりなどありがとうございます。追加投稿の精霊候補編は、イザベルが精霊入りするまでの七日間や結婚後のストーリーをオムニバス形式で更新していく予定しております。  * 2020年10月03日、ショートショートから長編に変更。  * 2022年03月05日、長編版が完結しました。お読み下さった皆様、ありがとうございました!  * 初期投稿の正編は、全10話構成で隙間時間に読める文字数となっています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...