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24、リル、落ち込む(1)
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「…………はぁ」
陰鬱なため息が漏れる。
翌日から、リルは倉庫の茶葉の試飲を始めた。
ティーカップを二つ用意して、同じ茶葉を一つまみずつ淹れて、片方には湯を、もう片方には水をカップの三分の一ほど注ぐ。これは、お湯出しと水出しの味の違いを確認するためだ。
膨大な数の茶葉の中から、まずはアトリ亭で扱っている四十種類から飲み直しているのだが……。
「なんて奥深い味わいなんだろ」
確かに原料は同じなのに、街で飲む茶とは段違いだ。リルは味の特徴や口当たりなどを細かく紙に書き記していく。これは、のちに別の茶葉とブレンドする時の参考しするためだ。しかし、
(……お茶、暫く作りたくないな)
またため息をつく。
あんなに大好きだった想織茶の合組をする気力がなくなってしまったのは……スイウの淹れた茶を飲んだから。
「うぅ~~~っ」
思い出すだけで、テーブルに突っ伏してジタバタしてしまう。
――圧倒的だった。
森の茶葉の方が街の茶葉より潜在能力が高いことは判っていた。だが、それを差し引いても、スイウの茶は圧倒的だった。
甘く華やかで、一つ一つの茶葉の個性が際立っているのに絶妙に調和していて、後味はさっぱりなのに喉の奥にいつまでも余韻が残る。……そんなお茶だった。
リルが今まで飲んだ中で、最も美味しく、最も心揺さぶられた一杯。
初めてアトリ亭で想織茶を飲んだ時、リルは「自分でも淹れたい!」と思った。でも、スイウの茶を知った今では……。
(あんな完璧なお茶を淹れられるのなら、私なんか要らないじゃん)
頼まれてドヤ顔で茶を振る舞っていた自分が恥ずかしい。しかも、既存のレシピすらまともに淹れられなかったくせに、浅い知識でオリジナルブレンドに手を出すなんて。
きっとスイウだって、内心苦笑してたに違いない。
「……もう、消えたい。帰りたい」
少女が独りで弱音を吐いていると、
「何か言ったか?」
不意に背後から声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは言わずとしれた森の魔法使い。
「いえ、なんでもないです」
慌てて取り繕うリルに、スイウはさして興味がなさそうに、
「お茶を淹れてくれないか」
「……はい」
魔法使いは日に二度ほどお茶汲みを要求する。
昨日までなら大喜びでオリジナルレシピを考えたリルだが――
「アトリ亭のレシピのブレンドでいいですか?」
――今は自分の個性を出す自信がない。
スイウが「なんでもいい」と答えたので、早速準備に取り掛かる。
馴染の茶葉を三種類ティーポットに入れる。自分の試飲用に竈で沸かした湯は既に冷めてしまったので、スイウの魔法で新しく沸かしてもらおう。
リルは水を汲もうと大瓶の蓋を開けて、「あっ」と声を上げた。
「スイウさん、瓶の水がありません」
さっきまでなみなみと満ちていた瓶の水が、すっかり空になっている。スイウは思い至ったように手を打って、
「家が飲んだな」
「家が? 水を!?」
「木だから」
納得できるような、できないような。そんな不可思議な回答にリルの思考は頭痛がしてくる。
「では、飲料水はどうしましょう?」
「瓶には浄化魔法が掛かっていて洗う必要はないから、そのまま井戸の水を汲んで入れてくれ」
言われて目が点になる。
「井戸水を汲んで、ここまで持ってくるんですか? 瓶がいっぱいになるまで?」
聞き返すリルに、スイウはコクリと頷く。
「井戸の水は清浄だから、煮沸しなくても飲める。たまに家も飲むから、多めに入れておくのが好ましい」
「いえ、そういうことじゃなく……」
リルは困惑する。井戸から家の中まで手桶で水を運んだら、一体何往復することになるのだろう。
「一応お聞きしますが、私一人でやるんですか?」
「それが君の仕事だ」
(……ですよねー……)
あっさり肯定され、リルは絶望する。お茶を淹れる業務に水を準備する作業まで含まれていたのは誤算だったが、借金のカタという身分的には従うしかない。……借用証はもうないのだけれど。
「ちなみに、瓶を水で満たす魔法ってないんですか? 瓶と仲良くなればいいんですか?」
諦めの悪い街の少女に、森の魔法使いは生真面目に返す。
「どちらかというと、井戸と、だな」
「井戸と……」
……好感度を上げたい相手と、どうやって意思の疎通を図ればいいのだろう……?
難易度の高すぎるミッションに、リルは頭を抱えるしかなかった。
そして……リルは二十往復の末、やっと大瓶を水で満たした。
陰鬱なため息が漏れる。
翌日から、リルは倉庫の茶葉の試飲を始めた。
ティーカップを二つ用意して、同じ茶葉を一つまみずつ淹れて、片方には湯を、もう片方には水をカップの三分の一ほど注ぐ。これは、お湯出しと水出しの味の違いを確認するためだ。
膨大な数の茶葉の中から、まずはアトリ亭で扱っている四十種類から飲み直しているのだが……。
「なんて奥深い味わいなんだろ」
確かに原料は同じなのに、街で飲む茶とは段違いだ。リルは味の特徴や口当たりなどを細かく紙に書き記していく。これは、のちに別の茶葉とブレンドする時の参考しするためだ。しかし、
(……お茶、暫く作りたくないな)
またため息をつく。
あんなに大好きだった想織茶の合組をする気力がなくなってしまったのは……スイウの淹れた茶を飲んだから。
「うぅ~~~っ」
思い出すだけで、テーブルに突っ伏してジタバタしてしまう。
――圧倒的だった。
森の茶葉の方が街の茶葉より潜在能力が高いことは判っていた。だが、それを差し引いても、スイウの茶は圧倒的だった。
甘く華やかで、一つ一つの茶葉の個性が際立っているのに絶妙に調和していて、後味はさっぱりなのに喉の奥にいつまでも余韻が残る。……そんなお茶だった。
リルが今まで飲んだ中で、最も美味しく、最も心揺さぶられた一杯。
初めてアトリ亭で想織茶を飲んだ時、リルは「自分でも淹れたい!」と思った。でも、スイウの茶を知った今では……。
(あんな完璧なお茶を淹れられるのなら、私なんか要らないじゃん)
頼まれてドヤ顔で茶を振る舞っていた自分が恥ずかしい。しかも、既存のレシピすらまともに淹れられなかったくせに、浅い知識でオリジナルブレンドに手を出すなんて。
きっとスイウだって、内心苦笑してたに違いない。
「……もう、消えたい。帰りたい」
少女が独りで弱音を吐いていると、
「何か言ったか?」
不意に背後から声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは言わずとしれた森の魔法使い。
「いえ、なんでもないです」
慌てて取り繕うリルに、スイウはさして興味がなさそうに、
「お茶を淹れてくれないか」
「……はい」
魔法使いは日に二度ほどお茶汲みを要求する。
昨日までなら大喜びでオリジナルレシピを考えたリルだが――
「アトリ亭のレシピのブレンドでいいですか?」
――今は自分の個性を出す自信がない。
スイウが「なんでもいい」と答えたので、早速準備に取り掛かる。
馴染の茶葉を三種類ティーポットに入れる。自分の試飲用に竈で沸かした湯は既に冷めてしまったので、スイウの魔法で新しく沸かしてもらおう。
リルは水を汲もうと大瓶の蓋を開けて、「あっ」と声を上げた。
「スイウさん、瓶の水がありません」
さっきまでなみなみと満ちていた瓶の水が、すっかり空になっている。スイウは思い至ったように手を打って、
「家が飲んだな」
「家が? 水を!?」
「木だから」
納得できるような、できないような。そんな不可思議な回答にリルの思考は頭痛がしてくる。
「では、飲料水はどうしましょう?」
「瓶には浄化魔法が掛かっていて洗う必要はないから、そのまま井戸の水を汲んで入れてくれ」
言われて目が点になる。
「井戸水を汲んで、ここまで持ってくるんですか? 瓶がいっぱいになるまで?」
聞き返すリルに、スイウはコクリと頷く。
「井戸の水は清浄だから、煮沸しなくても飲める。たまに家も飲むから、多めに入れておくのが好ましい」
「いえ、そういうことじゃなく……」
リルは困惑する。井戸から家の中まで手桶で水を運んだら、一体何往復することになるのだろう。
「一応お聞きしますが、私一人でやるんですか?」
「それが君の仕事だ」
(……ですよねー……)
あっさり肯定され、リルは絶望する。お茶を淹れる業務に水を準備する作業まで含まれていたのは誤算だったが、借金のカタという身分的には従うしかない。……借用証はもうないのだけれど。
「ちなみに、瓶を水で満たす魔法ってないんですか? 瓶と仲良くなればいいんですか?」
諦めの悪い街の少女に、森の魔法使いは生真面目に返す。
「どちらかというと、井戸と、だな」
「井戸と……」
……好感度を上げたい相手と、どうやって意思の疎通を図ればいいのだろう……?
難易度の高すぎるミッションに、リルは頭を抱えるしかなかった。
そして……リルは二十往復の末、やっと大瓶を水で満たした。
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