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13、初めてのお客様(1)

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「スイウ、いるんだろー? 開けろー!」

 ガサガサと枝を揺らす音がする。

「早く開けないと、この木の葉っぱを全部むしるぞー!」

 親しみというよりは尊大な訪問者の声音に、リルは眉を顰めてスイウを窺う。

「なんか、物騒なこと言ってますけど?」

 彼は少し面倒くさげに肩を竦めた。

「開けてやってくれ」

 家主の指示に、リルはおっかなびっくりドアに近づく。そっと開けてみると、

「あれ?」

 そこには誰もいなかった。
 見渡す限りの森の景色に首を捻りつつ、ドアを閉めようとして、

「ここだ、ここだ!」

 足元からの声に手を止める。目を落とすと、リルの膝下の位置にもこもこの黒い何かが蟠っていた。

「……毛糸玉?」

「違う、狐だ」

 間髪入れず訂正される。

「え、狐? 喋って……??」

 リルは仰け反って驚く。三角耳をピンと立て、真紅の双眸で彼女を見上げているのは、確かに狐だった。大きさ的に幼獣だろうか。柔らかな漆黒の毛並みとつぶらな瞳がとても愛らしい。

「お前は誰だ? スイウはいないのか?」

 流暢に言葉を操る狐の傍らでは、何故か巨大なますがビチビチと地面を跳ね回っている。
 ……情報過多で脳の処理が追いつかない。
 色々と疑問はありすぎるが、とりあえずリルは街の作法で訪問者に対応する。

「私はリルと申します。スイウさんは中にいますが、あなたはどちら様ですか?」

 訊かれた黒の毛玉は前足を揃えて胸を張り、朗々と名乗りを上げた。

「我は誇り高き宵朱狐よいあけぎつねの末裔、ノワゼアだ」

 その佇まいは気品すら感じられる。しかし、視界の端に魚がビチビチビチビチしているのがチラついて全然狐との会話に集中できない。

「それで、ノワゼアさんはどのような御用で?」

 リルが困惑しながら絞り出した質問に、黒狐は待ってましたとばかりに鋭い牙を閃かせて得意げな笑顔を見せる。

「そこの川で鱒を獲ってきたんだ。だから、スイウに何か作らせようと思ってな」

 なるほど、これでこの珍妙な光景の意味が理解できた。

「……と、いうことなんですけど。スイウさん?」

 どうしましょうと振り返ると、背後に立っていた魔法使いはコクリと頷く。

「任せた」

「えぇ!?」

 丸投げされたリルは、びっくりまなこで仰け反った。

「私が作るんですか? 魚料理を?」

「君の役目だ」

 肯定されて、ようやく事態を把握する。

(これが、たまに来るお客さんの相手私の業務』か……!)

 どんな人が訪ねて来るのかと思っていたが、まさか喋る狐とは。

「炊事場は外にある」

「外って……」

「お! 新顔、お前が作るのか? では特別に我《われ》が炊事場に案内してやろう」

 まだ一泊しかしていない人間より、狐の方がこの家に詳しいらしい。
 鱒の尻尾を咥えてズルズルと引きずりながら大樹の裏手に駆けていく黒い毛玉を、リルは慌てて追いかけた。
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