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11、初めての仕事(3)
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ひっくり返した砂時計とにらめっこする。砂が全部落ち終わったら、蒸らし時間終了だ。
ティーポットからカップに注ぎ入れると、芳醇な甘い香りが溢れ出す。カップに満ちた濃いチョコレート色は、ベースになった茶葉【安寧の日々】の色だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたカップの取っ手を握るスイウに、リルは釘付けになる。
顔の前まで持ち上げて香りを確かめてから、唇をつける。スイウの喉が嚥下に動くのと同じタイミングで、リルも息を飲み込む。
「……合格ですか?」
祈るように両手を握りしめて訊いてくるリルに、スイウは怪訝そうに眉を寄せた。
「別に合否判定はしていない」
つれない返事に、リルは「えー!」と落胆の声を上げた。
「だって、スイウさんはお茶を淹れさせるために私をここに連れてきたんでしょ? だったら何か感想とかダメ出しとかあるはずですよね?」
「特に悪いところはない。普通に飲める味だ」
「普通にって……」
不満たらたらのリルに、スイウは思いついたように、
「では、今回のお茶には何故この茶葉達を選んだ?」
質問されて、リルは答える。
「えっと、アトリ亭では朝は活力の湧く火属性の茶葉をよく使うんですけど。スイウさんは昨夜から寝てないって言ってたので、今回は心が落ち着く地属性や水属性を多めに使ってみたんですけど……」
最後は自信なさげに語尾を小さくして魔法使いの顔色を窺う少女に、スイウはカップで隠した口元を密かに綻ばせる。
「君がそう思うのなら、それでいいと思う」
正解のない回答に、リルはやっぱり釈然としなくて唇を尖らすしかない。
「ところで、君のカップは?」
テーブルに目を落とすスイウに、リルはキョトンとする。
「私のカップって?」
「飲まないのか?」
そこまで言われて、ようやく自分もお茶に誘われたのだと気づく。
「私も飲んでいいんですか?」
「君が淹れた物だ、私に断る必要はない。それとも、自分が飲めない物を他人に出したのか?」
「そんな、滅相もない!」
リルは両手を広げてブンブンと首を振ってから、いそいそと食器棚に向かう。
「どのカップを使っていいですか?」
この家の住人は食器には無頓着のようで、棚には種類のまちまちな皿やカップが並んでいる。
「どれでも」
想定内の返答を聞いてから、リルは丈夫そうな素焼きのマグカップを取り出した。
まだ十分に温かいティーポットから茶を注ぎ、一口含む。
「ん~、美味しい!」
まろやかな甘みと穏やかな土の香りが鼻に抜け、ほっと肩の強張りが解れる。目が覚めたばかりなのに、またベッドで微睡みたくなってしまうリラックス感だ。
「なんか、アトリ亭で使ってた茶葉より濃い? 味の深みというか、密度みたいな物が……」
確かめるように二口、三口と啜るリルに、スイウが同意する。
「里に卸している茶葉は意図的に効能を下げている。想織茶の原料となる植物は元来薬草として使われてきた物、そのままだと嗜好飲料として常用するには強すぎるから」
想織茶は大昔に魔法使いが薬湯として街に持ち込んだという伝説は、リルも聞いたことがある。精霊の加護を受けた植物が薬になるというのは、なんとなく納得できるが……。
「でもなんで、わざわざ効果を下げてまで市井のお店に卸す必要があるんですか? 正直、シルウァの街では想織茶は廃れてきてるし、魔法使いが実在するなんて誰も信じてないのに……」
街の一般人の不躾な疑問に、魔法使いは薄く笑う。物憂げに俯いた頬に長い銀の髪がさらりと掠る。彼は金色の瞳を伏せがちに、淡々と零した。
「それが、魔法使いの役目だから」
ティーポットからカップに注ぎ入れると、芳醇な甘い香りが溢れ出す。カップに満ちた濃いチョコレート色は、ベースになった茶葉【安寧の日々】の色だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたカップの取っ手を握るスイウに、リルは釘付けになる。
顔の前まで持ち上げて香りを確かめてから、唇をつける。スイウの喉が嚥下に動くのと同じタイミングで、リルも息を飲み込む。
「……合格ですか?」
祈るように両手を握りしめて訊いてくるリルに、スイウは怪訝そうに眉を寄せた。
「別に合否判定はしていない」
つれない返事に、リルは「えー!」と落胆の声を上げた。
「だって、スイウさんはお茶を淹れさせるために私をここに連れてきたんでしょ? だったら何か感想とかダメ出しとかあるはずですよね?」
「特に悪いところはない。普通に飲める味だ」
「普通にって……」
不満たらたらのリルに、スイウは思いついたように、
「では、今回のお茶には何故この茶葉達を選んだ?」
質問されて、リルは答える。
「えっと、アトリ亭では朝は活力の湧く火属性の茶葉をよく使うんですけど。スイウさんは昨夜から寝てないって言ってたので、今回は心が落ち着く地属性や水属性を多めに使ってみたんですけど……」
最後は自信なさげに語尾を小さくして魔法使いの顔色を窺う少女に、スイウはカップで隠した口元を密かに綻ばせる。
「君がそう思うのなら、それでいいと思う」
正解のない回答に、リルはやっぱり釈然としなくて唇を尖らすしかない。
「ところで、君のカップは?」
テーブルに目を落とすスイウに、リルはキョトンとする。
「私のカップって?」
「飲まないのか?」
そこまで言われて、ようやく自分もお茶に誘われたのだと気づく。
「私も飲んでいいんですか?」
「君が淹れた物だ、私に断る必要はない。それとも、自分が飲めない物を他人に出したのか?」
「そんな、滅相もない!」
リルは両手を広げてブンブンと首を振ってから、いそいそと食器棚に向かう。
「どのカップを使っていいですか?」
この家の住人は食器には無頓着のようで、棚には種類のまちまちな皿やカップが並んでいる。
「どれでも」
想定内の返答を聞いてから、リルは丈夫そうな素焼きのマグカップを取り出した。
まだ十分に温かいティーポットから茶を注ぎ、一口含む。
「ん~、美味しい!」
まろやかな甘みと穏やかな土の香りが鼻に抜け、ほっと肩の強張りが解れる。目が覚めたばかりなのに、またベッドで微睡みたくなってしまうリラックス感だ。
「なんか、アトリ亭で使ってた茶葉より濃い? 味の深みというか、密度みたいな物が……」
確かめるように二口、三口と啜るリルに、スイウが同意する。
「里に卸している茶葉は意図的に効能を下げている。想織茶の原料となる植物は元来薬草として使われてきた物、そのままだと嗜好飲料として常用するには強すぎるから」
想織茶は大昔に魔法使いが薬湯として街に持ち込んだという伝説は、リルも聞いたことがある。精霊の加護を受けた植物が薬になるというのは、なんとなく納得できるが……。
「でもなんで、わざわざ効果を下げてまで市井のお店に卸す必要があるんですか? 正直、シルウァの街では想織茶は廃れてきてるし、魔法使いが実在するなんて誰も信じてないのに……」
街の一般人の不躾な疑問に、魔法使いは薄く笑う。物憂げに俯いた頬に長い銀の髪がさらりと掠る。彼は金色の瞳を伏せがちに、淡々と零した。
「それが、魔法使いの役目だから」
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