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1、リルの夢

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 ケーラ王国の北西に位置する小都市シルウァ。北側には見渡す限りの原生の森が広がる街は主要な陸の交易路にほど近く、辺境にしてはそれなりに栄えていた。
 この街の郊外にある想織茶そうしょくちゃの専門店『アトリ亭』はリルの職場だ。

「いらっしゃいませ!」

 カランとドアベルが鳴ると、給仕のリルは赤毛のポニーテールを揺らし笑顔で客を出迎える。

「ご注文は何になさいますか?」

「最近、仕事の疲れで寝付きが悪くて。何かいいお茶はあるかしら?」

「それでは、当店オリジナルブレンドの【妖精のあくび】などいかがでしょう? 優しい花の香りと程よい甘さが心を穏やかにほぐしてくれますよ」

「いいわね。それをいただくわ」

 眉間に皺を寄せてため息をつく女性客に一礼してから、リルはカウンターの中の老婦人に声を掛ける。

「マリッサ店長、妖精のあくびをお願いします」

「はいはい」

 エプロン姿の恰幅の良い老婦人は棚から数種類のガラス瓶を取り出すと、ティーポットに色とりどりの茶葉を放り込んでいく。
 赤や黄色、緑に青。キラキラ光る宝石の欠片のような茶葉は想織茶の特徴だ。
 湯を注ぐと、まるで花畑にいるような甘く鮮やかな香りが立ち上る。

「おまたせしました」

 ティーセットを客のテーブルに並べ、最初の一杯をカップに注ぐ。カップを手に取った女性客は目を閉じて香りを確かめてから、そっと縁に唇をつけた。一口飲み込んだ途端、

「ああ、美味しい……」

 眉間のシワが消え、トロンと目尻が下がる。
 この瞬間が、リルにとって一番仕事にやりがいを感じる時だ。
 想織茶とはシルウァ街に古くから伝わる茶外茶で、精霊の加護を受けた植物を原料とした飲料の総称だ。今から五百年以上前、森に棲む魔法使いが薬湯として街の民に与えたのが始まりとされている。
 しかし、現代においては魔法使いなど子どもに聞かせるおとぎ話の中の存在。霊薬と謳われた想織茶も、ちょっと贅沢な嗜好品扱いだ。茶葉の値が張ることと入手が困難なことで取り扱いが年々減っていき、最近では街で想織茶を出す店はアトリ亭一軒のみになっていた。
 ただ、廃れてしまってはいても根強い好事家は残っている。リルもその一人だ。
 リルは学生の頃たまたま立ち寄ったこの店で想織茶の魅力の虜になり、卒業と同時に店長のマリッサに弟子入りした。
 火水風地の四属性を持つそれぞれ十種類の草木から作られた茶葉は、一種類だけでも美味しいが、二種類以上を混ぜることにより真価を発揮する。組み合わせによって無限の味と香りを生み出し、ささやかではあるが飲む者の心に添う作用をもたらす。
 この店で修行して、いつか自分の店を出す。それが今年十七歳になったばかりのリルのささやかで壮大な夢だった。
 リルは自分は運の良い人間だと思っていた。幼い頃両親を事故で亡くしたが、実業家であった叔父夫婦が彼女を引き取り、学校にまで行かせてくれた。そして夢を見つけ、今まで何不自由なく生きてこれた。
 リルはこれまでの人生すべてに感謝していた。

 だから……これから何が起こっても、きっと乗り越えられると信じていた。
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