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6、重戦士とカレー

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 夕暮れのオンボロアパートに、の香りが漂っている。

「ただいま。……と、この匂い、うちからだったのか」

 玄関で呟く全身甲冑に、コンロの前に立つ一花がレードル片手に顔を向けた。

「おかえりなさい。今日はカレーライスですよ」

「ほう、その料理なら以前食べたことがあるな」

 意外な答えに、一花は眉を跳ね上げる。

「へぇ、どこでですか?」

「バイト先のマカナイとやらで。辛さで舌が痺れてしばらく味覚が麻痺した」

「……それは刺激的な初体験でしたね」

 どうやら辛党の多い職場だったらしい。

「うちのカレーは甘口と中辛のルウを混ぜてるので、そんなに辛くないと思うんですけど。苦手なら別のメニューにしましょうか?」

「いや、平気だ。俺は常に先頭に立って敵を蹴散らす重戦士。挑まれた勝負からは逃げん」

「……カレーは敵じゃないので仲良くしてくださいね」

 リクトがちゃぶ台を拭いている間に、一花が深皿にご飯とカレーを盛り付ける。

「「いただきます」」

 スプーンを口に運んだ瞬間、リクトは「!」と兜に隠れた目を丸くした。

「美味い! ちゃんと辛いが辛すぎず食べやすい。これなら、いくらでも食べられそうだ」

 言いながらスプーンを止めないリクト。
 一花のカレーライスはリクトの好みに合ったようだ。味の感じ方は人それぞれで正解がないから、一緒に食べる人と同じように美味しいと感じられるのは幸せなこと。
 真剣にがっつく異世界人を眺めながら、一花も馴染みの味を頬張る。
 一花が自分のカレーを半分食べきる前に、リクトが空の皿を手に立ち上がる。

「おかわり貰っていいか?」

「どうぞ、たくさん作ったから」

 カレーはいつも二日分作ることにしている。
 リクトは自分で二杯目のカレーをよそい、また一気に平らげる。それから一花には見えないが上目遣いにぼそっと、

「もう一杯……」

「遠慮しなくていいですよ」

 そんなに気に入ったのかと、一花は嬉しく思う。
 リクトは再びいそいそと台所に向かって――

「あっ!」

 ――と落胆の声を上げた。

「米が……もうない」

 篁家の炊飯器は二合炊きで、夕食二人分+おかわりまでしたら、あっという間になくなってしまう、。

「もう一回炊きましょうか? 早炊きなら30分で出来ますけど」

「いや、そこまでは……」

 一花の提案をリクトが辞退した、瞬間。

 ぐううぅぅ~~~。

 ……重戦士の身体は、心より正直だった。
 大きな鎧を縮込めて腹をさするリクトに苦笑して、一花は台所に立つ。

「本当は明日に回す予定だっけど、今日作っちゃいましょうか」

 そう言いながら、まだカレーの残っている鍋に水を入れた。

「なっ! 一花殿、なんという暴挙を!」

 台無しだと騒ぐ異世界人に、女子高生は意味深に笑う。

「大丈夫です。見ててください」

 言いながら冷蔵庫からペットボトルのめんつゆを取り出す。

「こうやって、カレーの鍋に水とめんつゆを入れて、火にかけます。鍋の側面にこびりついたカレーもこそぎ落とすようにして、全体がよく混ざるように溶かします」

 スープ状になったカレーを、レードルでぐるぐる掻き混ぜる。

「そして、沸騰したら冷凍うどん投入!」

 凍ったままのうどんを鍋に入れ、菜箸でほぐして再沸騰させて火が通るまで煮る。

「冷凍うどんの茹で時間はメーカーによって違うから、パッケージの調理方法を確認しますよー」

 火が通ったら丼に移して、常備してある乾燥ネギを散らす。

「はい、カレーうどんの完成です!」

「おお~!」

 差し出された丼に、思わずリクトは手を叩く。

「むむっ、同じカレーを使っているのに、米と合わせた時とは全然味わいが違う! さっきのも美味かったが、これも美味い!」

 必死にうどんを手繰るリクトを、正面に座った一花はニヤニヤ眺めている。何を出しても新鮮な反応をするから、ご飯の作り甲斐がある。

「一つの鍋から異なる二つの料理を生み出すとは、一花殿は錬金術師か!」

「思う存分崇めてください」

 慄《おのの》く重戦士に、女子高生は調子に乗ってみる。

「うちではカレーライスの翌日はカレーうどんが定番だったんです。お鍋が洗いやすくなるからって、お母さんが」

「ではこれは、一花殿のご母堂の味か」

 しみじみと噛み締めるリクトに、一花は寂しげに微笑んでから、表情を明るくした。

「次にカレーにする日は、もっといっぱい作りますね。二日目のカレーの美味しさも知ってもらいたいし。めんつゆとうどんじゃなくて、鶏ガラスープと醤油で伸ばして中華麺を入れればカレーラーメンにもなるし。ホワイトソースとチーズを使ってカレードリアにしてもいいし……」

「可能性が無限だな!」

 異世界の重戦士は、カレーの懐の深さに感銘を受けた。

「さて、食べ終わったらお風呂に行きましょうか。リクトさん、準備を……」

 空の皿をシンクに置きながら一花が振り返ると、リクトは自分の鎧に目を落として、何故か狼狽えていた。

「一花殿、知らぬ間に鎧に黄色いシミが点々とついているのだが……?」

 ……。

「それはもう、カレーうどんと出会った者の宿命です」

 一花は憐憫の眼差しで、そっとリクトに布巾を差し出した。
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