8 / 8
8、ウォルタナの事情(完)
しおりを挟む
すやすやと穏やかな寝息が響く。
ウォルタナは長い鼻をアレンの顔に寄せ熟睡しているのを確認すると、微かに身震いした。
すると、長い獣毛はするすると身の内に収まり、しなやかな人と同じ形の肢体が現れた。褐色の肌に尖った長い耳、引き締まった痩身にこの世のものとは思えないほど美しい男の顔。そして、狼の頃の面影を感じさせる、絹糸のような長い紫紺の髪。
――大狼ウォルタナの正体は魔王だ。
彼は復活直後の弱体している時期に宰相の裏切りに遭い、命からがら魔王城から脱出したのだ。脚の速い狼にその身を変えて。
宰相は魔王を追う道すがら、大軍を率いてキュアリア王国を滅ぼした。
臣下の裏切りに瀕死の重傷を負わされた魔王は、逃げ込んだ山奥でとうとう倒れ込んだ。そのまま力尽きようとしていた大狼の前に現れたのは……。
抜け穴から這い出したアリスティリアだった。
泥だらけの銀髪に、かぎ裂きだらけのドレス。おおよそ一国の姫らしからぬ姿の彼女を一目見て、魔王は理解した。
『この者が今代の聖女だ』
と。
何度も死と復活を繰り返す魔王ならではの経験則だ。
天敵の出現に、命運尽きたかと魔王が諦めた……その時!
アリスティリアは彼に、回復魔法を掛けたのだ。
多分、魔王をただの死にかけた狼だと思ったのだろう。
それにしても、自分が危機的状況なのに、見ず知らずの獣に情けをかけるとは。
内心呆れる魔王に、彼女は笑いかけた。
「立てる? ここは危険だから、離れるよ」
何故そうしたのか自分でも不思議だが、大狼の魔王は大人しくアリスティリアの言葉に従った。
国境を越える山道の頂上で、彼女は燃え落ちる祖国を振り返った。
「必ず帰るから……!」
固い決意は、アリスティリアと魔王しか知らない。
その後、魔王は狼の姿のまま、彼女と旅をした。長い銀髪を切ってしまったのはもったいないと思ったが、少年の姿もよく似合う。ウォルタナという名前もアリスティリアが付けたものだ。
彼女は聖女らしく魔物に対抗する魔法をよく扱えたし、魔王である大狼は戦力として十分で、旅は順調だった。
難点をいえば、魔王の正体に気づかないアリスティリアが、彼の前で平気で着替えや水浴びをするところだろうか。
聖女と魔王の旅路は続いていく。そしてまた……珍妙な出会いがあった。
剣士のデリックと、射手のセルヴァン。
……どう考えても、勇者と聖剣の管理者の末裔だった。
奇しくも天敵が一同に介してしまった。
しかも、その事実に気づいているのは魔王だけだ。
それに……。
(こいつら、お互いに恋慕し合っておるな)
関係性がえらく難儀なことになっていた。
まあ、人間同士でくっついたり離れたりするのは勝手なのだが……。
(後から来た人間共に聖女を渡すのは面白くないぞ)
……ウォルタナも複雑な糸に絡まっていた。
魔王はいずれ力を取り戻した暁には、裏切り者を抹殺と復権を企んでいる。
しかし、そうなると聖女であるアリスティリアと勇者、それに支援国家である聖鞘帝国と戦わなければならなくなる。
ウォルタナは魔王だ。それは変わらない事実だ。
「むにゃ……」
寝返りを打つアリスティリアの頬を、長い爪の魔王の手が優しく撫でる。
彼と彼女は宿敵同士だ。
それでも……。
◆ ◇ ◆ ◇
『『『『ああ、このまま聖鞘帝国に着かなきゃいいのに……』』』』
四者は四様に同じことを思って、ため息をつくのだった。
ウォルタナは長い鼻をアレンの顔に寄せ熟睡しているのを確認すると、微かに身震いした。
すると、長い獣毛はするすると身の内に収まり、しなやかな人と同じ形の肢体が現れた。褐色の肌に尖った長い耳、引き締まった痩身にこの世のものとは思えないほど美しい男の顔。そして、狼の頃の面影を感じさせる、絹糸のような長い紫紺の髪。
――大狼ウォルタナの正体は魔王だ。
彼は復活直後の弱体している時期に宰相の裏切りに遭い、命からがら魔王城から脱出したのだ。脚の速い狼にその身を変えて。
宰相は魔王を追う道すがら、大軍を率いてキュアリア王国を滅ぼした。
臣下の裏切りに瀕死の重傷を負わされた魔王は、逃げ込んだ山奥でとうとう倒れ込んだ。そのまま力尽きようとしていた大狼の前に現れたのは……。
抜け穴から這い出したアリスティリアだった。
泥だらけの銀髪に、かぎ裂きだらけのドレス。おおよそ一国の姫らしからぬ姿の彼女を一目見て、魔王は理解した。
『この者が今代の聖女だ』
と。
何度も死と復活を繰り返す魔王ならではの経験則だ。
天敵の出現に、命運尽きたかと魔王が諦めた……その時!
アリスティリアは彼に、回復魔法を掛けたのだ。
多分、魔王をただの死にかけた狼だと思ったのだろう。
それにしても、自分が危機的状況なのに、見ず知らずの獣に情けをかけるとは。
内心呆れる魔王に、彼女は笑いかけた。
「立てる? ここは危険だから、離れるよ」
何故そうしたのか自分でも不思議だが、大狼の魔王は大人しくアリスティリアの言葉に従った。
国境を越える山道の頂上で、彼女は燃え落ちる祖国を振り返った。
「必ず帰るから……!」
固い決意は、アリスティリアと魔王しか知らない。
その後、魔王は狼の姿のまま、彼女と旅をした。長い銀髪を切ってしまったのはもったいないと思ったが、少年の姿もよく似合う。ウォルタナという名前もアリスティリアが付けたものだ。
彼女は聖女らしく魔物に対抗する魔法をよく扱えたし、魔王である大狼は戦力として十分で、旅は順調だった。
難点をいえば、魔王の正体に気づかないアリスティリアが、彼の前で平気で着替えや水浴びをするところだろうか。
聖女と魔王の旅路は続いていく。そしてまた……珍妙な出会いがあった。
剣士のデリックと、射手のセルヴァン。
……どう考えても、勇者と聖剣の管理者の末裔だった。
奇しくも天敵が一同に介してしまった。
しかも、その事実に気づいているのは魔王だけだ。
それに……。
(こいつら、お互いに恋慕し合っておるな)
関係性がえらく難儀なことになっていた。
まあ、人間同士でくっついたり離れたりするのは勝手なのだが……。
(後から来た人間共に聖女を渡すのは面白くないぞ)
……ウォルタナも複雑な糸に絡まっていた。
魔王はいずれ力を取り戻した暁には、裏切り者を抹殺と復権を企んでいる。
しかし、そうなると聖女であるアリスティリアと勇者、それに支援国家である聖鞘帝国と戦わなければならなくなる。
ウォルタナは魔王だ。それは変わらない事実だ。
「むにゃ……」
寝返りを打つアリスティリアの頬を、長い爪の魔王の手が優しく撫でる。
彼と彼女は宿敵同士だ。
それでも……。
◆ ◇ ◆ ◇
『『『『ああ、このまま聖鞘帝国に着かなきゃいいのに……』』』』
四者は四様に同じことを思って、ため息をつくのだった。
3
お気に入りに追加
117
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します
陽炎氷柱
恋愛
同級生に生活をめちゃくちゃにされた聖川心白(ひじりかわこはく)は、よりによってその張本人と一緒に異世界召喚されてしまう。
「聖女はどちらだ」と尋ねてきた偉そうな人に、我先にと名乗り出した同級生は心白に偽物の烙印を押した。そればかりか同級生は異世界に身一つで心白を追放し、暗殺まで仕掛けてくる。
命からがら逃げた心白は宮廷魔導士と名乗る男に助けられるが、彼は心白こそが本物の聖女だと言う。へえ、じゃあ私は同級生のためにあんな目に遭わされたの?
そうして復讐を誓った心白は少しずつ力をつけていき…………なぜか隣国の王宮に居た。どうして。
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。
学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ
ナックルボーラー
恋愛
容姿端麗で文武両道、クラスの輪の中心に立ち、笑顔を浮かばす学園の人気者、渡口光。
そんな人気者の光と幼稚園からの付き合いがある幼馴染の男子、古坂太陽。
太陽は幼少の頃から光に好意を抱いていたが、容姿も成績も平凡で特出して良い所がない太陽とでは雲泥の差から友達以上の進展はなかった。
だが、友達のままでは後悔すると思い立った太陽は、中学3年の春に勇気を振り絞り光へと告白。
彼女はそれを笑う事なく、真摯に受け止め、笑顔で受け入れ、晴れて二人は恋人の関係となった。
毎日が楽しかった。
平凡で代わり映えしない毎日だったが、この小さな幸せが永遠に続けばいい……太陽はそう思っていた。
だが、その幸せが彼らが中学を卒業する卒業式の日に突然と告げられる。
「……太陽……別れよ、私たち」
前にあるサイトで二次創作として書いていた作品ですが、オリジナルとして投稿します。
こちらの作品は、小説家になろう、ハーメルン、ノベルバの方でも掲載しております。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ベノムリップス
ど三一
恋愛
霧の海を流れて、見知らぬ港町に辿り着いた一人の女。赤い長髪、青白い顔、砂だらけの白いワンピース、毒々しい紅を引いた唇という異様な出で立ち。唯一持っているのは装飾を施された貝殻と中に入っている美しい紅。海岸の波打ち際で微睡み、意識を波に浚われて、その間に奪われた品物の行方を追い町に足を踏み入れる。物腰柔らかな装飾技師のギャリアーや喫茶店の面々、警備隊と出会いを経て、その女や港町のとある町民の過去が紐解かれてゆく。
罪と罰と赦しの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とても面白かったです✨
もし可能ならぜひ続きを読みたいです。
彼らのその後が気になるー🤣
感想を書けるって事は、これで終わり何でしょうか‼️
この後のみんなが気になる❗️
出来れば続きを希望します。
続き!!続きはないのですか!?