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2、この世界の事情

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 煌々と燃ゆる焚き火に香ばしい肉の香りが漂い始める。

「ほら、アレン。焼けたぞ」

「わーい! いただきまーす!」

 セルヴァンにこんがり焦げ目のついた串肉を差し出されて、アレンは喜び勇んで齧りつく。ジュワッと口いっぱいに広がる肉汁に、表情まで蕩けてしまう。

「セルヴァン、これ美味しい!」

「そうか、そうか。たーんとお食べ」

 がっつく銀の短髪少年に、金の長髪青年が甲斐甲斐しく給仕する。
 その傍らで、黒髪の剣士は部位ごとに分けた竜の内臓を、大人しく寝そべっている紫紺の大狼の前に置いていた。

「よくやったな、ウォルタナ。アレンを守ってくれて」

 頭を撫でてくるデリックに、美しい毛並みの獣は当然とばかりに鼻を鳴らし、鋭い牙で血の滴る臓物を咀嚼していく。

「ドラゴンを仕留められたのはラッキーだったな。最近路銀が乏しかったから、一気に潤うぞ」

 セルヴァンはうきうきと肉を頬張る。
 竜は手強いモンスターだが、鱗や牙が高く売れるので冒険者的には実入りの良い敵だ。肉も長寿の妙薬として珍重されるが、生では日持ちしない上に防腐処理が難しいので、アレン達パーティはその場で食べてしまうことにしている。
 ……勿論、一日二日で食べ切れる量ではないから、残りは森の動物に還元することになるが。

「明日には次の村に入れるかな? 最近ずっと野宿だから、久しぶりにベッドのある宿屋に泊まりたいよ」

「多少儲けたからといって、無駄遣いは禁物だ。聖鞘せいしょう帝国へはまだまだ遠い」

 浮かれるアレンにデリックが冷静に水を差す。
 聖鞘帝国はストラーナ大陸の最東端にある大国で、彼らの目的地だ。

 ――剣と魔法。人と動物と、精霊と魔物が混在する世界。

 ストラーナ大陸には魔物の支配する地域があり、周期的に『魔王』と呼ばれる邪悪かつ強大な魔物が地の底から甦り、版図を広げようと人間の国に侵攻を始める。
 その魔王に対抗できる手段が、『勇者』と『聖剣』、それに『聖女』の存在だ。
 言い伝えによると、魔王復活の兆しが現れると、呼応するように歴代の勇者の魂を受け継ぐ勇者が生まれ、聖剣を携え魔王と戦うのだという。そして聖女とは、その世代で最も白魔法に優れた神子のことを指し、勇者に寄り添い魔王討伐を助ける役割がある。
 そして聖剣とは、勇者のみが持つことのできる魔王を滅ぼすための唯一の武器だ。
 今代の勇者はまだ出現を確認されていない。主不在の聖剣は、それを創った聖鞘帝国に保管されている。
 この世界に魔王が復活して一年。
 善き神への信仰が篤く聖女を多く輩出していたキュアリア王国を壊滅させたのを皮切りに、魔王軍は急激に勢力を拡大している。
 大陸全土で魔物被害が増え、それを倒す『冒険者』という職業が盛んになった。
 魔王の軍勢を抑え、勇者の発見に尽力すべく、聖鞘帝国は冒険者の支援を始めた。魔物討伐の成果に因って、地位や報奨を与える。そのために、アレンや他の冒険者たちはこぞって聖鞘帝国を目指しているのだ。

「ふわ~! お腹いっぱい!」

 掌ほどの大きさのドラゴン肉を五つも食べて、アレンは満足気に腹をさする。

「食べすぎると重くて動けなくなるぞ」

「あ、デリック酷い」

「アレンは細いからたくさん食べていいんだよ」

「セルヴァンやさしー!」

 左右から鞭と飴で構われて、アレンはケラケラ笑う。

「それじゃ、そろそろ寝ようか」

「誰がテントで寝るかジャンケンで決めようぜ」

 彼らのテントは一人用で、野営の時は二人は火の番と見回りで外で寝る。
 セルヴァンが「じゃーんけーん!」と掛け声を上げるのに合わせて、アレンとデリックは「ぽん!」と手を出した。
 アレンがグー、セルヴァンとデリックがチョキ。

「やった! ボクの勝ち!」

 大喜びな銀髪少年に、年嵩の青年二人は首を竦める。
 しかし、アレンは一頻りはしゃいだ後にふと、

「あれ? でも、昨日もボクがテント使ったよ? 今日はセルヴァンかデリックが使えば?」

「気にすんな。昨日も今日もアレンがジャンケンで勝った結果だ」

「そうそう、勝者は敗者に哀れみをかけなくていいの。子供は早く寝なさい」

 アレンの提案を、デリックとセルヴァンが軽く一蹴する。

「それなら遠慮なく。ウォルタナ、おいで」

 呼ばれた大狼はのそりと立ち上がると、アレンに続いてテントの中に入っていく。
 残された青年二人は焚き火の前で目を合わせ、小さく安堵のため息をついた。
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