上 下
28 / 34

27、祝菓子

しおりを挟む
 ペルグラン伯爵領最大の都市セニアは、喧騒に満ちていた。
 行き交う人々、見慣れた街並みに心が踊る。

「ああ、人がいる……!」

 様々な声、音、匂い。しずかな森と違う、五感から一遍に詰め込まれる情報量に脳がパンクしてしまいそうだ。
 でもこれが……レナロッテの『日常』だ。

「で、なんでフード被ってるの?」

 ポンチョのフードを目深に被り、挙動不審になっている女騎士に、薬屋の青年が怪訝な声を出す。

「い、いや、知り合いに会ったら気まずそうで。……私、変じゃないか?」

 久しぶり過ぎて社交スキルが衰えまくった人間に、子狐は呆れて、

「ボクの基準はお師様だからね。レナが変かって訊かれたら、生きてるのが恥ずかしいレベル」

 相変わらず容赦がない。

「最後くらい、優しい言葉が掛けられないのか?」

「最後だから素直に発言してんの」

 ……最初から素直だったくせに。
 このやり取りも、いつか楽しい思い出に変わるのだろうか。
 繁華街を抜け、馬車が四台もすれ違える大通りを南に進んでいく。しばらく歩くと、尖端が槍状になった鉄柵に囲まれた豪奢な屋敷が見えてくる。あれがペルグラン伯爵邸だ。
 見上げると、息が苦しくなるくらい鼓動が早くなる。

 ……帰ってきたんだ!

 ブルーノは外遊から戻ってきているだろうか。突然消えた自分を、皆は心配していただろうか?
 さまざまな感情が入り乱れ、レナロッテは右腕を左手で握った。深呼吸して、心を平常に戻す。

 ……うん、大丈夫。

 高鳴る胸を抑え、一歩一歩近づく。と、門の前に人だかりができているのが見えた。

「あ! お菓子配ってる!」

 目敏いノノが、大人の姿のまま子供のように走っていく。正門の手前では、数人のメイドがナフキンとリボンでラッピングした菓子の包みを、集まってきた近隣住民に手渡していた。これは、祝い事があった時の慣例行事だ。
 遠巻きに眺めるレナロッテとは正反対に、ノノは人だかりを掻き分け我先にと手を伸ばす。

「お菓子ください!」

「はい、どうぞ」

 にこやかなメイドに渡された包みを持って、ノノが戻ってくる。早速開けてみると、中にはピンクと青に色付けされた砂糖菓子が入っていた。レナロッテはその菓子の意味を知っていた。

「これは何のお祝いなの?」

 菓子を配るメイドを振り返ってノノが尋ねると、ペルグラン家の使用人はニコニコと答えた。

「領主様のご子息の結婚のお祝いです」

「誰の?」

 領主の息子は三人。うち、上の二人はすでに結婚している。
 メイドは満面の笑みで、

「三男のブルーノ様です!」

 ピシリ、とレナロッテの足元にヒビが入る音がした。

「外遊先で異国のお姫様と恋に落ち、ご結婚が決まりました!」

「ブルーノ様はそのまま彼の国にお留まりになります!」

「領主様が領民の皆様と喜びを分け合うようにとのことで、お菓子をお配りしています!」

 声を張り上げ、歌うように領主三男の成婚を周知するメイド達。

 ――目の前がくらくなる。

「レ……レナ?」

 オロオロと顔を覗き込んでくるノノに気づかず、レナロッテは肩を震わせる。

「……がう」

「え?」

「違う、そんなことありえない。信じない!」

 弓から放たれた矢のように駆け出したレナロッテは、近くに居たメイドの胸ぐらを掴んだ!

「ブルーノが私以外と結婚なんてありえない! 虚言を吐くな!」

 常軌を逸した力で揺さぶられ、メイドが苦痛に呻く。

「おい、やめろ!」

 突如暴挙に出た彼女に、菓子目当てで集まってきていた住民達が群がり、メイドから引き離そうとする。

「離せ! ブルーノが私を裏切るはずない! こんなのおかしい、間違ってる!」

 泣きじゃくり、暴れる彼女を男が三人がかりで押さえつけ、地面に引き倒す。

「おい誰か、憲兵を呼んでこい!」

 倒れたレナロッテの背中を踏みつけ、住民が怒鳴る。

「レナ!」

 駆け寄ろうとしたノノの目の前で、彼女のフードが外れた。

「いやだいやだいやだ、ブルーノは私と……」

 肩まで伸びた、華やかなオレンジブロンドの髪が頬を彩る。

「あ……!」

 地面から睨みあげてくる青い瞳に、メイドは驚愕した。

「あなた、レ……」

 ――刹那。

 ドンッ!!

 真円を描く衝撃波に、周囲の人間が吹き飛んだ。ビリビリと空気が震える。
 あまりの光景に、誰もが声を失くす。
 円の中心には……。

 木の枝のように広がった五本の紫の触手がうねっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セイントガールズ・オルタナティブ

早見羽流
ファンタジー
西暦2222年。魔王の操る魔物の侵略を受ける日本には、魔物に対抗する魔導士を育成する『魔導高専』という学校がいくつも存在していた。 魔力に恵まれない家系ながら、突然変異的に優れた魔力を持つ一匹狼の少女、井川佐紀(いかわさき)はその中で唯一の女子校『征華女子魔導高専』に入学する。姉妹(スール)制を導入し、姉妹の関係を重んじる征華女子で、佐紀に目をつけたのは3年生のアンナ=カトリーン・フェルトマイアー、異世界出身で勇者の血を引くという変わった先輩だった。 征華の寮で仲間たちや先輩達と過ごすうちに、佐紀の心に少しづつ変化が現れる。でもそれはアンナも同じで……? 終末感漂う世界で、少女たちが戦いながら成長していく物語。 素敵な表紙イラストは、つむりまい様(Twitter→@my_my_tsumuri)より

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

ヴァンパイア♡ラブどっきゅ〜ん!

田口夏乃子
恋愛
ヴァンパイア♡ラブセカンドシーズンスタート♪ 真莉亜とジュンブライトは、ついにカップルになり、何事もなく、平和に過ごせる……かと思ったが、今度は2人の前に、なんと!未来からやってきた真莉亜とジュンブライトの子供、道華が現れた! 道華が未来からやってきた理由は、衝撃な理由で!? さらにさらに!クリスの双子の妹や、リリアを知る、謎の女剣士、リリアの幼なじみの天然イケメン医者や、あのキャラも人間界にやってきて、満月荘は大騒ぎに! ジュンブライトと静かな交際をしたいです……。 ※小学校6年生の頃から書いていた小説の第2弾!amebaでも公開していて、ブログの方が結構進んでます(笑)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...