1 / 34
序、森の出逢い
しおりを挟む
吐く息が熱い。
吸う息がひりつく。
梢を揺らすそよ風が肌を掠めるだけで、剃刀で削がれたような激痛が走る。
とめどなく湧く腐敗臭に、嘔吐感がせり上がる。
……何故、私はここにいるのだろう?
……何故、私はこんな目に遭うのだろう?
……何故、私は……。
風の音に混じって人の声が聴こえた気がして、レナロッテは薄目を開けた。
途端に瞼からドロリとどす黒い紫色の粘液が流れ出し、視界を濁らせる。
澱んだ瞳を凝らすと、木漏れ日の降り注ぐ明るい森の中からこちらへ向かってくる二人の人影が見えた。
「お師様、見つけました! ここです!」
レナロッテの前まで駆けてきた子供が、振り返って手招きしている。
年は五・六歳か。顔と声からでは男女どちらか区別がつかない。ただ、その子供には人間の体に狐のような大きな三角耳とふさふさの尻尾があった。
子供の後方にいるのは背の高い青年。柔らかい栗色の長い髪に、深い緑色で染め上げた絹のローブを纏っている。手には水色の水晶を嵌めた白樺の杖が。
「こいつが結界を破ったんですよ。クサっ! キモっ! 早く処分しちゃいましょ」
「ノノ、そんなに焦らず」
レティアを指差し悪態をつく子供に苦笑して、青年は片膝をつき、杉の大木の目元に蟠る彼女を覗き込んだ。
「こんにちは」
エメラルドのように澄んだ瞳を細め、こんなレナロッテに青年はごく自然に挨拶した。
「貴女はどうしてここに居るのですか?」
訊かれた瞬間、彼女は息が止まるほどの衝撃を受けた。もうどこにあるかも判らない心臓が、ドクンドクンと脈打って跳ね回る。
……本当なら、こうなる前に自決すべきだった。
それが騎士の在り方だと教えられてきたのに。
名誉の為に死ぬことこそが、自分の選んだ道だと決めていたのに……。
「……ケテ」
粘液に固まって塞がっていた唇を、無理矢理剥がす。
「……タス、ケテ。…キ…イ」
どろどろと崩れる指の形の判別できない手を伸ばし、精一杯嗄れた声を絞り出す。
……私は――
「――生キタイ」
呼吸をすると汚臭が濃くなり、身体の内側がらドプリとヘドロが噴き出す。
青年はなめらかな掌で、彼女の手を包んだ。
「わかりました」
微笑む彼は、神殿の精霊像のように美しい。
こんなに悲惨な状況の中、彼女はなんだか……自分の粘液が彼の袖を汚すのが酷く恥ずかしかしくなった。
――これが、女騎士レナロッテと森の魔法使いフォリウムの出会いだった。
吸う息がひりつく。
梢を揺らすそよ風が肌を掠めるだけで、剃刀で削がれたような激痛が走る。
とめどなく湧く腐敗臭に、嘔吐感がせり上がる。
……何故、私はここにいるのだろう?
……何故、私はこんな目に遭うのだろう?
……何故、私は……。
風の音に混じって人の声が聴こえた気がして、レナロッテは薄目を開けた。
途端に瞼からドロリとどす黒い紫色の粘液が流れ出し、視界を濁らせる。
澱んだ瞳を凝らすと、木漏れ日の降り注ぐ明るい森の中からこちらへ向かってくる二人の人影が見えた。
「お師様、見つけました! ここです!」
レナロッテの前まで駆けてきた子供が、振り返って手招きしている。
年は五・六歳か。顔と声からでは男女どちらか区別がつかない。ただ、その子供には人間の体に狐のような大きな三角耳とふさふさの尻尾があった。
子供の後方にいるのは背の高い青年。柔らかい栗色の長い髪に、深い緑色で染め上げた絹のローブを纏っている。手には水色の水晶を嵌めた白樺の杖が。
「こいつが結界を破ったんですよ。クサっ! キモっ! 早く処分しちゃいましょ」
「ノノ、そんなに焦らず」
レティアを指差し悪態をつく子供に苦笑して、青年は片膝をつき、杉の大木の目元に蟠る彼女を覗き込んだ。
「こんにちは」
エメラルドのように澄んだ瞳を細め、こんなレナロッテに青年はごく自然に挨拶した。
「貴女はどうしてここに居るのですか?」
訊かれた瞬間、彼女は息が止まるほどの衝撃を受けた。もうどこにあるかも判らない心臓が、ドクンドクンと脈打って跳ね回る。
……本当なら、こうなる前に自決すべきだった。
それが騎士の在り方だと教えられてきたのに。
名誉の為に死ぬことこそが、自分の選んだ道だと決めていたのに……。
「……ケテ」
粘液に固まって塞がっていた唇を、無理矢理剥がす。
「……タス、ケテ。…キ…イ」
どろどろと崩れる指の形の判別できない手を伸ばし、精一杯嗄れた声を絞り出す。
……私は――
「――生キタイ」
呼吸をすると汚臭が濃くなり、身体の内側がらドプリとヘドロが噴き出す。
青年はなめらかな掌で、彼女の手を包んだ。
「わかりました」
微笑む彼は、神殿の精霊像のように美しい。
こんなに悲惨な状況の中、彼女はなんだか……自分の粘液が彼の袖を汚すのが酷く恥ずかしかしくなった。
――これが、女騎士レナロッテと森の魔法使いフォリウムの出会いだった。
0
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
出勤したら解雇と言われました -宝石工房から独立します-
はまち
恋愛
出勤したら代替わりをした親方に解雇と言われた宝石加工職人のミカエラは独り立ちを選んだ。
次こそ自分のペースで好きなことをしてお金を稼ぐ。
労働には正当な報酬を休暇を!!!低賃金では二度と働かない!!!
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
セイントガールズ・オルタナティブ
早見羽流
ファンタジー
西暦2222年。魔王の操る魔物の侵略を受ける日本には、魔物に対抗する魔導士を育成する『魔導高専』という学校がいくつも存在していた。
魔力に恵まれない家系ながら、突然変異的に優れた魔力を持つ一匹狼の少女、井川佐紀(いかわさき)はその中で唯一の女子校『征華女子魔導高専』に入学する。姉妹(スール)制を導入し、姉妹の関係を重んじる征華女子で、佐紀に目をつけたのは3年生のアンナ=カトリーン・フェルトマイアー、異世界出身で勇者の血を引くという変わった先輩だった。
征華の寮で仲間たちや先輩達と過ごすうちに、佐紀の心に少しづつ変化が現れる。でもそれはアンナも同じで……?
終末感漂う世界で、少女たちが戦いながら成長していく物語。
素敵な表紙イラストは、つむりまい様(Twitter→@my_my_tsumuri)より
人体実験サークル
狼姿の化猫ゆっと
恋愛
人間に対する興味や好奇心が強い人達、ようこそ。ここは『人体実験サークル』です。お互いに実験し合って自由に過ごしましょう。
《注意事項》
・同意無しで相手の心身を傷つけてはならない
・散らかしたり汚したら片付けと掃除をする
[SM要素満載となっております。閲覧にはご注意ください。SとMであり、男と女ではありません。TL・BL・GL関係なしです。
ストーリー編以外はM視点とS視点の両方を載せています。
プロローグ以外はほぼフィクションです。あとがきもお楽しみください。]
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる