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発端 2

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 藍が透の放った光りに包まれた。

 その場に居る全員が見動きする事無くそれを見守っていた。
 太陽は依然として雲に覆われ明かりを彼等に灯す事無く、静寂と交差する感情で空気を支配していた。

「藍っ・・・!」

 空気を脱したのはリットだった。
 千鳥足で藍が立っていたであろう場所へと向かう、向かいながらも何度も藍の名前を口にしながら無事を祈るしかリットには出来ないでいた。


「はっ・・ははは。はぁはぁ・・うぅ!! うおぇ・・・! 刻越は・・はぁはぁ死・・死んだ!! 今度こそ死んだんだ!!」

 一人勝利に歓喜している由子。
 喜びを口にしながらも、身体はそれを拒んでいたかのように異常を来たしていた。
 口にする言葉と同時に白い汚物が口から出ては、誤魔化すかのように由子はただ喜びの声を上げていた。

「これ・・で! もぅ・・おぇ・・・これで!!」

 由子の顔はぐちゃぐちゃになっていた。
 口からはゲロを吐き、鼻と目からも多くの物を垂れ流していた。

 それでもなお、由子は・・・。

「私が・・ぁぁ・・・刻越を・・・刻越ぉぉ・・殺したぁ・・殺したんだぁ!!!」

 ほぼ白目を剥いた状態で曇りの天に言い聞かせるかのように由子は叫び散らかしていた。
 自分の目標が達成されたと、感極まる由子。
 透を使い、刻越という邪魔者を消す事が出来た。

 もう、思い残す事は無い。そう告げようとした時だった。


「へぇー殺したんだ。僕の言う事聞かないで」
「っ!?」

 由子の耳に入った声。その声で由子の表情は一変した。
 正気に戻ったと同時に振り返り、悠々と由子達の前に現れた男を睨み付けた。

「本倉・・・!? なんでここに!?」
「澄原、お前も・・壊れたのかな?」

 本倉将弘だった。藍と透を引き裂き、この異世界の人々を殺し尽くせと命じた張本人。
 将弘は、由子を笑みを浮かべた表情で見下した。

 そして、腰に差している剣に手を伸ばした瞬間。

ガンッッ!!!!

「おやおや、ペットのご登場か。それはなんだ、お手か何かか?」
「おぉぉおおおああ!!!」

 由子と将弘には巨大なクレーターが出来上がっていた。
 透だ。

 由子を守るように、将弘の前に透は対峙した。
 グルルと喉を鳴らし本当の獣のように将弘を威嚇していた。

「ふふっ・・本当に澄原に飼い慣らされてるんだな。滑稽だよ。それにふふふ! それに澄原の刻印で悪夢を見せられたまま、刻越を・・・!!」

 この惨状。透が藍を手に掛けた、その事実に将弘は笑いを堪えるのに必死だった。
 顔を手で覆い、爆発寸前の感情を堪えていた。
 だがそれも堪え切れるものではなかった。


「親友を殺すなんてな!!!あはははははははははははっ!!!」
「何しにきたのよ!」
「最愛の彼女が自分を操って、唯一無二の親友を! 自分の手で! あはははっっ!!! 傑作だ! これを傑作と言わずして何が!!」
「何しに来たのか聞いてるの!! 本倉!!」

 由子の問いは全て無視されていた。まるで聞こえないかのように。
 将弘はただ笑い続けた。藍と透の戦い。二人が殺し合うという舞台を観客から見ていたかのように笑い呆けていた。

「なぁ、どんな気持ちなんだよ澄原? 愛しい愛しいペットの安堂が、憎くて邪魔でしかなかった刻越を殺したっていう感想は? なぁ、隠さないで教えてくれよ」

 将弘の言葉が由子の表情を歪ませていった。
 頭ではわかっていた。将弘の言葉は全て事実、それはわかっていた。
 だが、人からその言葉は聞きたくなかった。

 藍を殺したのは、自分だと。藍は邪魔者であったと。透を使い、自らの手を汚さず。自分と同じくらいに大事にしていた親友を透に殺させた。

 全ては事実だ。

「ぅぅう!! ぁぉぇ・・!!!」
「あはははははははっ!!! 何を今さらえずいてるんだよ、お前は誇っていいだろう? だって裏切り者、俺達を騙した刻越をお前の手で殺したんだからさ!! 透を使ってよ!!」

 身を震わせ地面に膝を付き頭を抱えながら、由子は吐いていた。
 吐く物が無くなっても吐き続けた。血の塊、内蔵が負傷したわけでもないのにも関わらず頭を抱えながら。

 内蔵も頭の中も、滅茶苦茶になっていた。

「あーーーいいねぇー。本当に、お前今。どんな気持ちなんだよ!?」

 将弘が一歩踏み出した時だった。透が由子を抱きしめるように覆い被さった。

 そして、その場から離れるように一瞬で姿を消した。
 将弘から逃げるように。
 それだけでは無い、嘔吐と共に血まで吐いていた由子を心配した。その様に映った透の行動。
 それを将弘は逃げ去った虫けらを見る目で見送った。

「さて・・・本題だ」

 将弘は手を上げた。
 すると将弘の背後から声が聞こえた。それは、屈強な騎士の鎧を着た者達に拘束された目黒達だった。
 透と由子が姿を見せた途端に、彼女達は逃げようとしていた。

 だが、転使達。同じクラスメイト達からは逃れることは出来なかったのだった。

「負けたんだってね? 目黒~」
「ち、違っ!! あたし等は、負けて―――」
「負けたんだよなぁ!!?」

 言い訳をする目黒の髪をがっしりと握り掴む。
 激痛からか、それともそれ以外の何かか、目黒は目からは涙が、鼻からは鼻水が、そして地面は目黒から出た物で水浸しになっていた。

「何でだろうな。お前もムカつくのに、あいつ等みたいに笑えねぇーわ」
「お願い・・! 何でも言うこと聞くから!! お願いだから、大司教の所には!!」
「はぁ? 何言ってんだお前・・・」

 連れてけ。将弘は目黒の言葉を聞くまでも無く連行させた。
 最後まで命乞いをするように目黒は将弘に何かを訴え続けた。

 だが、次第にそれは聞こえなくなった。何かを噛まされたのか、気絶させられたのかは、将弘の預かり知らぬ事だった。
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