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第十一章 熱心党のシモン Simon Zelotes
Ⅳ・10月29日
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新たな犠牲者を二人も出したのに、望月の姿は見えなかった。
捜査本部をこの多摩川南署に置いたとは言え、警視ともなれば忙しく、そうそう顔も出せないのだろう。そんな考えで、望月の不在を片付けはしたが、そうではない事を松田に教えられる。
「えー、それでは望月警視に代わり、本日より私、松田が指揮を取らせて頂きます。今まで同様に皆様のご協力お願い致します」
体調を崩し入院したと聞かされた時、少しではあるが荷が下りたような気になった。勿論、望月の体調は心配するところではあるが、疑いの目を持って見られていた事に、不快な気分は拭えない。何かを含んだ目で睨まれるくらいなら、当たり障りなく関わらずに済ませたい。
「昨日新たに二人の犠牲を出し、すでに十一人です。これがどう言う事か、お判りでしょうか? "TAMTAM"は予告通りに、殺害を重ねています。殺される日が分かっていながら、私達には阻止する事が出来ませんでした。あと一人です! あと一人で"TAMTAM"の計画を完遂させてしまいます。最後の一人、何としても最後の一人の殺害を、食い止めねばなりません。警察の威信に掛けて、何としても奴を捕まえねばなりません!」
力強いその言葉の裏にも、目に余る疲れが見えていた。全てを投げ出しても無理がないほど追い込まれたとしても、プライドだけに支えられ踏ん張っているようにさえ見える。
「少し整理させてくれ」
二階から一階へ下り、ソファに腰掛けた途端の松田の声には、生気がなかった。重圧に潰され、今にも逃げ出しそうな声ではあるが、それでも望月に代わり未だ姿を見せない"TAMTAM"に立ち向かわなくてはならないのだろう。
「そうだな、少し整理してみよう。あいつにやられっぱなしなんて無様だしな」
松田とは違い、山﨑の声には漲るものが感じられた。所轄の一刑事と言う責任の無さが、生み出したものかもしれないが、山﨑の頭の中には、奴を追い詰める事しかないようだ。
田村慎一が殺され、サイモン神父と田村拓海が殺された。フォローされた五人のうち、すでに三人が殺され、次の犠牲者になる確率が、二分の一になりはしたが、奴の手が近付いてきているかも? と、言うような不安はなく、ただ松田と山﨑に協力し、奴を捕まえる事だけに専念できる。今はそんな気にすらなっている。
「それで、防犯カメラの解析は、まだ終わっていないんですよね?」
何も手掛かりがない訳ではない。あの教会の前に、取り付けられていたカメラは、庭へ向けられていた。山﨑の問いに、自分の中にも漲るものを感じられる。
「ああ、あの警備会社には頼んであるよ。ただ新宿カトリック教会の責任者は、サイモン神父になっているらしいんだ」
「それって何か問題があるんですか?」
「いや、警備会社としては、責任者の許可を得てから提出っていう、手筈を踏みたいらしいんだ。なんでサイモンに代わる、責任者の許可を得次第、すぐに提出してくれるって」
「少し時間が掛かるって事ですか」
「ああ。でも心配はいらない。昨日の今日だが、早急に動いてくれるって」
山﨑とのやり取りを、松田は黙って聞いているだけだった。
そんなまどろっこしい事を。
勢いよくそんな言葉が吐かれるのではと心配したが、松田に生気は残っていないらしい。望月が入院し捜査から外れた事で、全てが松田に圧し掛かっている。それを考えれば仕方のない事にも思える。
「とりあえず整理しよう」
「そうだな。それでお前はやっぱり"TAMTAM"は二人いると思っているんだな」
「そうです。そうとしか考えられないですからね。殺人予告の書き込みは、間違いなく書き込んだ人間が変わった事を示していました。マタイ、タダイ、熱心党のシモンの書き込みは、文章作法が守られていましたよね?」
「ああ、そうだな」
「それと田邑先生、田邑春夫とのメールのやり取りです。あのS・TAMURAが"TAMTAM"であり、田邑春夫を殺した。メールの中で、先生って呼んでいた事からS・TAMURAは田邑春夫の教え子であり、その教え子とは田村周平です。ですがその田村周平は殺されました。アンデレから大ヤコブまで、田村浩之から多村仁までを殺したのは田村周平ですが、その田村周平はバルトロマイとなって殺されました。田村周平を殺した人物が、第二の"TAMTAM"であって、田村慎一とサイモン神父と田村拓海を殺した」
「確かにな。あの文章作法だっけ? あれを説明するとなれば、二人いたって事になるな。そうなると、何で田村周平は殺されてしまったんだ? 田村周平が"TAMTAM"だったって事は、この計画を企てたのは田村周平だろ? 誰が何のために田村周平を殺したんだ?」
「単に"TAMTAM"に成り代わるために殺したんじゃ?」
ずっと黙っていた松田が顔を上げた。
「何のために"TAMTAM"に成ろうなんて考えるんだ?」
「有名になりたかったとか」
確かに"TAMTAM"を殺し、その"TAMTAM"に成り代われば有名にはなる。
「それか復讐か」
山﨑が物騒な言葉を口にする。
「いや、もし田村周平への復讐なら、田村周平を殺した時点で目的は達成だろ? 田村慎一やサイモン、田村拓海を殺す必要はない。三人にも恨みを持っていたって言うのか」
「確かにそうですね。晃平さんの言う通りです」
山﨑の頭も疲れてきたのか、さっき漲っていると感じた声はもうなかった。
「復讐となれば、五年前の七つの罪源連続殺人事件が関係するのかもな。田村周平はあの事件の容疑者の一人だった。それにサイモン神父の話だ。七人を殺した上で、十二人の殺害計画を企てていると告解したんだから。望月さんはどうしても、五年前の事件とは関連付けたくなかったみたいだけど、俺が突っ込んで調べてみるわ。あと、光平、何かあるか? 気になる事とか、もっと突っ込んだ方がよさそうな事とか」
生気を取り戻すとまではいかなくても、松田は松田なりに前へ進もうとしているように思えた。望月が外れ動き易くなったところがあるのかもしれない。
「あとはそうだな。"TAMTAM"からのプレゼントだな。田村拓海からのメッセージにあったろ? ハロウィンにプレゼントがあるって。ハロウィンって明後日だろ? そこで何か起こるかも」
「そう言えば、あと一人」
田村拓海の名前にもう一人の犠牲者が過る。殺されはしなかったが、多村駿を含め犠牲者は十一人だ。十二使徒を擬えた連続殺人。あと一人。まだ一人残っている。
「イスカリオテのユダですね」
「そのイスカリオテのユダは、いつ殺されるんだ? そいつの聖名祝日はいつなんだ?」
「聖名祝日はないです」
「えっ? ないってどう言う事だ?」
「イスカリオテのユダは、イエス・キリストを裏切って自殺したんです。他の十二使徒のように聖人にもなっていませんし、聖人じゃないので聖名祝日もないです」
「それじゃあ、いつ次の犠牲が出るかは分からないのか?」
「そうですね。分からないです。ただユダは自殺なので、自殺に追い込む? 自殺に見せかける? どんな手を使うかも分からないです」
自殺に見せかけるのは分かるが、自殺に追い込むって——。
山﨑が説明するイスカリオテのユダに、頭が更に混乱していく。折角整理され始めた頭がぐちゃぐちゃだ。
「とりあえず、葉佑は五年前の事件を洗い直すんだな」
「ああ、望月さんが入院しているぶん動き易くはなるし、それに俺も光平が言うように"TAMTAM"は二人いるって思えてきたしな」
「それで、晃平さんは、防犯カメラの件お願いしますね」
「ああ、分かっているよ。それでお前は?」
「俺は"TAMTAM"からのプレゼントを待ちますよ」
ほんの少しではあるが、山﨑の声に張りが戻っていた。松田が自分の考えに同調した事に、救いがあったのかもしれない。
"TAMTAM"からのプレゼントには、何一つピンとくるものはないが、防犯カメラと言う手掛かりがある。あのカメラが何かを捕えていたら——。
いや、あのカメラは庭へ向いていた。その庭には田村拓海の死体があったのだから、田村拓海と"TAMTAM"を捕えている可能性は大いにある。"TAMTAM"のその顔を捕えている可能性だって充分に考えられる。
捜査本部をこの多摩川南署に置いたとは言え、警視ともなれば忙しく、そうそう顔も出せないのだろう。そんな考えで、望月の不在を片付けはしたが、そうではない事を松田に教えられる。
「えー、それでは望月警視に代わり、本日より私、松田が指揮を取らせて頂きます。今まで同様に皆様のご協力お願い致します」
体調を崩し入院したと聞かされた時、少しではあるが荷が下りたような気になった。勿論、望月の体調は心配するところではあるが、疑いの目を持って見られていた事に、不快な気分は拭えない。何かを含んだ目で睨まれるくらいなら、当たり障りなく関わらずに済ませたい。
「昨日新たに二人の犠牲を出し、すでに十一人です。これがどう言う事か、お判りでしょうか? "TAMTAM"は予告通りに、殺害を重ねています。殺される日が分かっていながら、私達には阻止する事が出来ませんでした。あと一人です! あと一人で"TAMTAM"の計画を完遂させてしまいます。最後の一人、何としても最後の一人の殺害を、食い止めねばなりません。警察の威信に掛けて、何としても奴を捕まえねばなりません!」
力強いその言葉の裏にも、目に余る疲れが見えていた。全てを投げ出しても無理がないほど追い込まれたとしても、プライドだけに支えられ踏ん張っているようにさえ見える。
「少し整理させてくれ」
二階から一階へ下り、ソファに腰掛けた途端の松田の声には、生気がなかった。重圧に潰され、今にも逃げ出しそうな声ではあるが、それでも望月に代わり未だ姿を見せない"TAMTAM"に立ち向かわなくてはならないのだろう。
「そうだな、少し整理してみよう。あいつにやられっぱなしなんて無様だしな」
松田とは違い、山﨑の声には漲るものが感じられた。所轄の一刑事と言う責任の無さが、生み出したものかもしれないが、山﨑の頭の中には、奴を追い詰める事しかないようだ。
田村慎一が殺され、サイモン神父と田村拓海が殺された。フォローされた五人のうち、すでに三人が殺され、次の犠牲者になる確率が、二分の一になりはしたが、奴の手が近付いてきているかも? と、言うような不安はなく、ただ松田と山﨑に協力し、奴を捕まえる事だけに専念できる。今はそんな気にすらなっている。
「それで、防犯カメラの解析は、まだ終わっていないんですよね?」
何も手掛かりがない訳ではない。あの教会の前に、取り付けられていたカメラは、庭へ向けられていた。山﨑の問いに、自分の中にも漲るものを感じられる。
「ああ、あの警備会社には頼んであるよ。ただ新宿カトリック教会の責任者は、サイモン神父になっているらしいんだ」
「それって何か問題があるんですか?」
「いや、警備会社としては、責任者の許可を得てから提出っていう、手筈を踏みたいらしいんだ。なんでサイモンに代わる、責任者の許可を得次第、すぐに提出してくれるって」
「少し時間が掛かるって事ですか」
「ああ。でも心配はいらない。昨日の今日だが、早急に動いてくれるって」
山﨑とのやり取りを、松田は黙って聞いているだけだった。
そんなまどろっこしい事を。
勢いよくそんな言葉が吐かれるのではと心配したが、松田に生気は残っていないらしい。望月が入院し捜査から外れた事で、全てが松田に圧し掛かっている。それを考えれば仕方のない事にも思える。
「とりあえず整理しよう」
「そうだな。それでお前はやっぱり"TAMTAM"は二人いると思っているんだな」
「そうです。そうとしか考えられないですからね。殺人予告の書き込みは、間違いなく書き込んだ人間が変わった事を示していました。マタイ、タダイ、熱心党のシモンの書き込みは、文章作法が守られていましたよね?」
「ああ、そうだな」
「それと田邑先生、田邑春夫とのメールのやり取りです。あのS・TAMURAが"TAMTAM"であり、田邑春夫を殺した。メールの中で、先生って呼んでいた事からS・TAMURAは田邑春夫の教え子であり、その教え子とは田村周平です。ですがその田村周平は殺されました。アンデレから大ヤコブまで、田村浩之から多村仁までを殺したのは田村周平ですが、その田村周平はバルトロマイとなって殺されました。田村周平を殺した人物が、第二の"TAMTAM"であって、田村慎一とサイモン神父と田村拓海を殺した」
「確かにな。あの文章作法だっけ? あれを説明するとなれば、二人いたって事になるな。そうなると、何で田村周平は殺されてしまったんだ? 田村周平が"TAMTAM"だったって事は、この計画を企てたのは田村周平だろ? 誰が何のために田村周平を殺したんだ?」
「単に"TAMTAM"に成り代わるために殺したんじゃ?」
ずっと黙っていた松田が顔を上げた。
「何のために"TAMTAM"に成ろうなんて考えるんだ?」
「有名になりたかったとか」
確かに"TAMTAM"を殺し、その"TAMTAM"に成り代われば有名にはなる。
「それか復讐か」
山﨑が物騒な言葉を口にする。
「いや、もし田村周平への復讐なら、田村周平を殺した時点で目的は達成だろ? 田村慎一やサイモン、田村拓海を殺す必要はない。三人にも恨みを持っていたって言うのか」
「確かにそうですね。晃平さんの言う通りです」
山﨑の頭も疲れてきたのか、さっき漲っていると感じた声はもうなかった。
「復讐となれば、五年前の七つの罪源連続殺人事件が関係するのかもな。田村周平はあの事件の容疑者の一人だった。それにサイモン神父の話だ。七人を殺した上で、十二人の殺害計画を企てていると告解したんだから。望月さんはどうしても、五年前の事件とは関連付けたくなかったみたいだけど、俺が突っ込んで調べてみるわ。あと、光平、何かあるか? 気になる事とか、もっと突っ込んだ方がよさそうな事とか」
生気を取り戻すとまではいかなくても、松田は松田なりに前へ進もうとしているように思えた。望月が外れ動き易くなったところがあるのかもしれない。
「あとはそうだな。"TAMTAM"からのプレゼントだな。田村拓海からのメッセージにあったろ? ハロウィンにプレゼントがあるって。ハロウィンって明後日だろ? そこで何か起こるかも」
「そう言えば、あと一人」
田村拓海の名前にもう一人の犠牲者が過る。殺されはしなかったが、多村駿を含め犠牲者は十一人だ。十二使徒を擬えた連続殺人。あと一人。まだ一人残っている。
「イスカリオテのユダですね」
「そのイスカリオテのユダは、いつ殺されるんだ? そいつの聖名祝日はいつなんだ?」
「聖名祝日はないです」
「えっ? ないってどう言う事だ?」
「イスカリオテのユダは、イエス・キリストを裏切って自殺したんです。他の十二使徒のように聖人にもなっていませんし、聖人じゃないので聖名祝日もないです」
「それじゃあ、いつ次の犠牲が出るかは分からないのか?」
「そうですね。分からないです。ただユダは自殺なので、自殺に追い込む? 自殺に見せかける? どんな手を使うかも分からないです」
自殺に見せかけるのは分かるが、自殺に追い込むって——。
山﨑が説明するイスカリオテのユダに、頭が更に混乱していく。折角整理され始めた頭がぐちゃぐちゃだ。
「とりあえず、葉佑は五年前の事件を洗い直すんだな」
「ああ、望月さんが入院しているぶん動き易くはなるし、それに俺も光平が言うように"TAMTAM"は二人いるって思えてきたしな」
「それで、晃平さんは、防犯カメラの件お願いしますね」
「ああ、分かっているよ。それでお前は?」
「俺は"TAMTAM"からのプレゼントを待ちますよ」
ほんの少しではあるが、山﨑の声に張りが戻っていた。松田が自分の考えに同調した事に、救いがあったのかもしれない。
"TAMTAM"からのプレゼントには、何一つピンとくるものはないが、防犯カメラと言う手掛かりがある。あのカメラが何かを捕えていたら——。
いや、あのカメラは庭へ向いていた。その庭には田村拓海の死体があったのだから、田村拓海と"TAMTAM"を捕えている可能性は大いにある。"TAMTAM"のその顔を捕えている可能性だって充分に考えられる。
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