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第十一章 熱心党のシモン Simon Zelotes

Ⅰ・10月28日

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——Simon Zelotes


 熱心党とは、ローマ帝国の支配から立ち上がるため、熱心にイスラエルの神を信仰する過激派武闘集団であった。後にイエス・キリストの弟子となった、シモンも熱心党に属していた。

 ローマ帝国に対抗するための指導者として、イエスを政治的に利用する事を目論みシモンはイエスの弟子となった。だがイエスの復活後はその真の教えについて考え始め、他の弟子達と同様にイエスの教えを広める伝道者となった。

 シモンは初めエジプトでの伝道に精を出し、その後タダイと共にペルシアとアルメニアで伝道を続けた。そんなアルメニアの地でシモンは鋸に引かれ殉教した。



         ◇ ◇ ◇



 充分に注意は促したはずだ。山﨑と松田に被せ、サイモンには充分に注意を促した。いつの間に二人への協力を惜しまない体質になったのだろう。

 事件なんて、ましてや連続殺人なんて、一番遠くに追いやっておきたいものだと、考えていた頃が懐かしい。路上に停めた車の後部座席で、高くそびえる壁に目だけを集中させていた。

「晃平さん。ホットコーヒーでよかったですよね?」

 助手席のドアを開け、山﨑が紙コップを差し出す。運転席の松田はハンドルに額を付け、居眠りでもしていたのだろうか。コーヒーの湯気に鼻をくすぐられたようで、勢いよく顔を上げる。

「あれ、俺、寝ていたのか?」

 今、置かれている状況が把握できない様子で、首を回す松田。まるでハムスターか何か小動物の動きだ。

「お前さあ、こんな時にこんな所でよく寝られるな」

 松田に紙コップを差し出しながら、山﨑は笑っている。十月二十八日はまだ始まったばかりだ。

 スマホで時間を確認したが、まだ一時にもなっていない。まだ二十三時間以上ある今日を、こんなスタートで乗り切れるのかと不安になる。

 時間を見るために手にしたスマホのアプリには、二通のメッセージが届いていたが、今はそれを確認する余裕すらない。

「三人いるわけだし順番に休まないとな」

 松田を擁護する訳ではなかったが、あとまだ二十三時間だ。張り込みなんてものは、長丁場になるのが常だが、あと二十三時間と言う、終わりは見えている。新宿カトリック教会の前に停めた車内では、ゆっくりと休む事は出来ないが、それでも順番に体を休めた方がいいだろう。

「後ろと替わりますよ。松田警部から順に休んで下さい」

 ドアを開け、外気に放り出した途端、その体がぶるっと震えた。十一月も近い。しかも真夜中の気温は、シャツ一枚で凌ぐ事がで出来ない。

 運転席から後部座席へ、移動した松田を見定め、代わって運転席へと滑り込む。

「晃平さんまで付き合わせて、すみません」

「何を謝っているんだよ。俺も捜査本部に戻されたんだし、まあ、仕方はないさ。立場はお前と一緒だしな」

「そうですね」

 何事も起こらなければいいが、タダイ、そして熱心党のシモンと、二人の犠牲を出してしまうかもしれない。その二人がサイモン神父と田村拓海になるだろうと言う事は、状況を見れば、誰にでも判断できる事だ。

「サイモン神父は大丈夫なのか?」

「昨夜のうちに電話はしているんですけどね。ご心配なくと。本当は総動員で教会の中で待機したいんですけど、丁重に断られました。神の家ですから心配は無用ですと」

「まあ、神父だしな。何かあっても、神のご加護があるって言うんだろう」

「そうですね。本人に断られている以上、自分たち以上の警察官を配置するのも気が引けますし、望月さんもそれは出来ないと」

「まあな」

「それより晃平さん、休んで貰っていいですよ」

 山﨑の声に耳を傾け、ミラーを覗きながら後部座席の松田を確認する。

 松田はしっかりと体を横たえて眠っていた。そろそろ疲れのピークが訪れていても、不思議はないが、それは山﨑も同じだろう。

「俺はいいから、お前が先に休めば? 俺はスマホでもいじっているよ」

 ポケットへ手を伸ばしスマホを手にする。さっき届いていたメッセージでも確認しながら、教会へと注意を払っておけばいい。

「眠くないんで大丈夫ですよ」

「俺も眠くないから大丈夫だ」

 メッセージの受信を表示するアプリをタップする。

『これから行っていいですか?』
『あ、もう、寝ちゃったかな。ごめんなさい』

 祥太からだった。

『すまない、まだ仕事なんだ』

『仕事なんですね。お仕事頑張ってください』

 返事が遅れた事をびたかった。それでもそんな時間を使うより、まず返信だと、返したメッセージではあった。それなのにそんなメッセージから数秒も待たず、祥太からの返信が届く。その労いの言葉に申し訳ない気持ちと、有り難い気持ちが入り混じるが、それに返す言葉が見つからなかった。

「あ、この前の彼氏さんですか?」

 山﨑がスマホを覗こうとするが、何も答えずに、ポケットへと滑らせる。いったいどんな顔をしていたのだろう。山﨑が簡単に言い当てられる程の、表情だったのだろうか。

「付き合わせちゃって、すみません。彼氏さんにも会えないですよね」

「それはいい。今はサイモンと田村拓海を殺させない事だ」

「そうでしたね。これ以上、奴の犠牲を増やす訳にはいかないです。でも、自分達の読みが外れていたら、もし熱心党のシモンがサイモン神父じゃなく、タダイが田村拓海じゃなかったら。今まさに誰かが奴の手に掛かっているかもしれない。そう考えたら」

「まあな。でも、もしそうなら、サイモンと田村拓海が殺される事はないって事だろ。面識がある人間より、ない人間が殺された方が——」

 それが本音だった。

 誰が殺されても同じだ。それなら面識のない人間が殺された方がいい。刑事としては、あるまじき考えだが、面識のない人間が殺されれば、自分に忍び寄る手を振り払えるような、そんな気になりもする。

「何事もないのが一番だけどな」

「そうですね」

 一言を最後に山﨑は口を開かなかった。

 もう眠ってしまっているのかとも、思いはしたが、えて確認する必要はない。誰かが一人起きていればいい。もし何らかの異変があった時に、気付ける奴が一人いればいい。

 少し温くはなっていたが、口に含んだコーヒーが、時々っすらと訪れる眠気を追いやってくれた。今までを振り返っても、深夜のこの時間帯に殺害は実行されている。無事、朝を迎える事が出来れば、日中の間に少しは休めるだろう。
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