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72 薄暮の決着
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衝撃と共に風防が割れ、操縦席に血飛沫が舞った。
「ぐっ……」
呻きと共に、彼は敵高角砲弾の断片にでも当たったのだと直感した。それでも、操縦桿からは手を離さない。仕留めるべき米空母は、もう目の前に迫っているのだ。
燃料の入った左タンクから、火が噴いている。
友永は、なおも機体の雷撃針路を保ち続けた。
「用意―――」
そして、彼我の距離が八〇〇メートルに迫った瞬間。
「てっ!」
投下索を引いた。重量八〇〇キロの九一式航空魚雷が胴体を離れる。
だが、軽くなったはずの機体は浮き上がらない。最早、それだけの力が九七艦攻に残っていないのだ。
「……すまん、な」
それは、誰に対しての謝罪だったのか。
片翼を損傷した機体で出撃し、道連れにしてしまった赤松特務少尉と村井一飛曹に対してか。それとも、九州で自分の帰りを待っているはずの妻と幼い息子に対してか。
目の前に、米空母の舷側が迫ってきている。
刹那の間に様々な情念が渦巻き、それが彼の中で明確な思考となる前に、友永丈市大尉の操る九七艦攻は炎上したままエンタープライズの舷側に体当たりした。
「命中だ、命中です! 命中しましたよ!」
エンタープライズの頭上を飛び越えた橋本機の機内では、操縦員の高橋利男一飛曹の興奮した声が響いていた。
偵察員席に座る橋本は、第二中隊長として冷静に米空母の様子を確認していた。
自分たちが狙った左舷に魚雷三本、友永隊長が狙った右舷に二本の魚雷が命中したようであった。停止した目標に対して、命中率は五割。
対空砲火の激しさから考えて、これは満足すべき命中率だろう。これだけの魚雷を喰らえば、米空母も無事では済むまい。
橋本機は米艦隊の輪形陣を離脱すると、空中集合地点に向かった。攻撃を終えた機体が、続々と集まってくる。
「……」
橋本は、その中に友永機の姿を探そうとした。尾翼を黄色く塗り、その上に赤二本線を引いた上に太い赤一本線を描いた隊長機。
だが、いくら周囲を見回しても友永機の姿はなかった。そして、零戦隊長であった森機の姿も。
ああ、生き残った士官は自分だけになってしまったのだな……。
そう思うと、橋本は言いようのない寂しさに襲われた。攻撃に成功し、米空母は傾斜を深めている。それなのに、興奮は一向にやってこない。ただ、空虚な穴が胸の内に空いたような気分であった。
だが、生き残った士官搭乗員が自分だけであるのならば、自分は士官としての役割を果たさなくてはならない。
橋本は、努めて平坦な声で伝声管に言った。
「小山、飛龍に電文だ」
伝声管を通して、電信員の小山富雄三飛曹に命じる
「『我、敵エンタープライズ級ニ魚雷命中五。撃沈確実。今ヨリ帰投ス』と」
エンタープライズのマレー艦長が総員退艦命令を発したのは、被雷から三十分後のことであったという。
帝国海軍は多くの搭乗員の犠牲を払いながらも、ついに米空母のすべてを撃沈することに成功したのである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
本話にて友永丈市大尉が家族を想う場面が出てきますが、友永大尉の妻子については資料によって情報が一定せず、不明な点が多いです。
豊田戦記(豊田穣『ミッドウェー戦記』)では妻子の実名が掲載されておりますが、それを元に再調査を行った亀田戦記(亀井宏『ミッドウェー戦記』)では、豊田戦記に書かれた内容について裏付けを取ることが出来なかったようです。
その後、森戦記(森史朗『ミッドウェー海戦』)にて、実名は書かれていないものの、かなり詳細なことが書かれております。
どの記事が正しいのかは判りませんし、ここで豊田戦記に書かれていたお名前を出すわけにもいきませんでしたので、このような形とさせていただきました。
「ぐっ……」
呻きと共に、彼は敵高角砲弾の断片にでも当たったのだと直感した。それでも、操縦桿からは手を離さない。仕留めるべき米空母は、もう目の前に迫っているのだ。
燃料の入った左タンクから、火が噴いている。
友永は、なおも機体の雷撃針路を保ち続けた。
「用意―――」
そして、彼我の距離が八〇〇メートルに迫った瞬間。
「てっ!」
投下索を引いた。重量八〇〇キロの九一式航空魚雷が胴体を離れる。
だが、軽くなったはずの機体は浮き上がらない。最早、それだけの力が九七艦攻に残っていないのだ。
「……すまん、な」
それは、誰に対しての謝罪だったのか。
片翼を損傷した機体で出撃し、道連れにしてしまった赤松特務少尉と村井一飛曹に対してか。それとも、九州で自分の帰りを待っているはずの妻と幼い息子に対してか。
目の前に、米空母の舷側が迫ってきている。
刹那の間に様々な情念が渦巻き、それが彼の中で明確な思考となる前に、友永丈市大尉の操る九七艦攻は炎上したままエンタープライズの舷側に体当たりした。
「命中だ、命中です! 命中しましたよ!」
エンタープライズの頭上を飛び越えた橋本機の機内では、操縦員の高橋利男一飛曹の興奮した声が響いていた。
偵察員席に座る橋本は、第二中隊長として冷静に米空母の様子を確認していた。
自分たちが狙った左舷に魚雷三本、友永隊長が狙った右舷に二本の魚雷が命中したようであった。停止した目標に対して、命中率は五割。
対空砲火の激しさから考えて、これは満足すべき命中率だろう。これだけの魚雷を喰らえば、米空母も無事では済むまい。
橋本機は米艦隊の輪形陣を離脱すると、空中集合地点に向かった。攻撃を終えた機体が、続々と集まってくる。
「……」
橋本は、その中に友永機の姿を探そうとした。尾翼を黄色く塗り、その上に赤二本線を引いた上に太い赤一本線を描いた隊長機。
だが、いくら周囲を見回しても友永機の姿はなかった。そして、零戦隊長であった森機の姿も。
ああ、生き残った士官は自分だけになってしまったのだな……。
そう思うと、橋本は言いようのない寂しさに襲われた。攻撃に成功し、米空母は傾斜を深めている。それなのに、興奮は一向にやってこない。ただ、空虚な穴が胸の内に空いたような気分であった。
だが、生き残った士官搭乗員が自分だけであるのならば、自分は士官としての役割を果たさなくてはならない。
橋本は、努めて平坦な声で伝声管に言った。
「小山、飛龍に電文だ」
伝声管を通して、電信員の小山富雄三飛曹に命じる
「『我、敵エンタープライズ級ニ魚雷命中五。撃沈確実。今ヨリ帰投ス』と」
エンタープライズのマレー艦長が総員退艦命令を発したのは、被雷から三十分後のことであったという。
帝国海軍は多くの搭乗員の犠牲を払いながらも、ついに米空母のすべてを撃沈することに成功したのである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
本話にて友永丈市大尉が家族を想う場面が出てきますが、友永大尉の妻子については資料によって情報が一定せず、不明な点が多いです。
豊田戦記(豊田穣『ミッドウェー戦記』)では妻子の実名が掲載されておりますが、それを元に再調査を行った亀田戦記(亀井宏『ミッドウェー戦記』)では、豊田戦記に書かれた内容について裏付けを取ることが出来なかったようです。
その後、森戦記(森史朗『ミッドウェー海戦』)にて、実名は書かれていないものの、かなり詳細なことが書かれております。
どの記事が正しいのかは判りませんし、ここで豊田戦記に書かれていたお名前を出すわけにもいきませんでしたので、このような形とさせていただきました。
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