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46 艦隊再編
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一航艦の指揮を実質的に継承することを宣言した山口多聞少将がまず行ったのが、第三次攻撃隊の発進準備の状況確認であった。
〇七四〇時過ぎ、それまで一航艦主隊から距離を取っていた五航戦とその護衛艦艇が、ようやく合流した。
そのことを、山口は咎めるつもりはなかった。もともと、空母を一箇所にまとめておく危険性を認識していた彼である。むしろ、一航艦主隊から距離を取っていた五航戦が完全に無事であったことに、その危険性と空母を分散させておくことの有用性への確信を深めたほどであった。
翔鶴が主隊に合流すると、発光信号で周囲に敵機の反応がないことを知らせてきた。翔鶴の電探は、未だ有効に機能しているらしい。
やはり多少稼働率が悪くとも電探はこれからの航空戦に必須の装備だと、山口はその思いを強めていた。出来れば電探情報を即座に受け取れる翔鶴に移乗したかったが、海戦の最中にそのような悠長なことはしていられないだろう。
彼は直ちに、瑞鶴の五航戦司令部に対して第三次攻撃隊の準備状況を問い合わせた。
「我、第三次攻撃隊発進準備〇八一〇時完了ノ見込ミ。艦戦十八、艦爆三十三、艦攻十八」
あと三十分ほどで、第三次攻撃隊の発進準備が完了するということである。しかし、肝心の新たな米空母部隊の位置などは未だ不明であった。
さらに言えば、第三次攻撃隊として使用可能な五航戦の機体が意外に少ないことが気にかかった。恐らく、ミッドウェー島空襲で被弾し、修理に時間がかかるか、あるいは修理不能と判断された機体が多かったのだろう。
これが空母戦の難しさか、と山口は表情を厳しくした。
砲戦や水雷戦であれば、互いに相手の姿を視認している。しかし空母戦は、空母に座乗する指揮官が直接、敵艦隊の姿を見ることはない。そして当然ながら、索敵の結果次第では敵はこちらを見つけていながら、こちらは敵を発見出来ていないという状況も生じてしまうのだ。
そして、弾薬庫に爆弾や魚雷が残っていても、それを搭載すべき十分な航空機がなければ空母は戦力を発揮出来ない。
今、飛龍と五航戦の三空母はそのような状況下に置かれていた。
五航戦の放った四機の九七艦攻からの通信を待つか、それともその索敵線に沿わせながら第三次攻撃隊を放つか。
そもそも、あくまで六〇度索敵線で千代田六号機が緊急電を放った直後に消息を絶ったというだけで、そこに本当に新たな米空母部隊が存在するという確証はない。
先ほど自らが航空戦の指揮を執ると宣言した山口の胸の内に、逡巡が生じる。
しかし、飛行甲板に燃料や爆弾を満載した航空機をいつまでも留めておくわけにはいかない。また空襲があれば、回避運動でせっかく出撃準備を整えた機体が海に落下することもあり得るし、何より被弾すれば燃料や弾薬が一気に誘爆してしまう危険性があった。
「五航戦司令部に信号」
山口は少しの瞑目の後、決断を下した。
「第三次攻撃隊は、準備出来次第六〇度索敵線に沿って発艦させよ。索敵機からの報告が入れば追って知らせる、と」
「はっ!」
飛龍から発せられた信号は、第三戦隊旗艦金剛でも受信されていた。
「山口くんは積極的だな」
飛龍から瑞鶴に送られた信号の内容を伝令から聞かされた栗田健男中将は、苦笑するように言った。未だ新たな米空母部隊の存在やその位置は確認されていないというのに、とにかく攻撃隊を発進させるよう命令するとは。
「航空戦の指揮は、山口司令官に委ねる。第四駆逐隊の有賀司令に、被弾三空母の救援を行うよう伝えてくれ。残余の水上艦艇は、これより飛龍と五航戦の支援に当たる」
参謀たちが何かを言う前に、栗田は金剛艦橋でそう宣言した。事実上、山口の独断専行を追認したわけである。
支那事変での基地航空隊の指揮経験も含めれば、山口多聞は二年以上にわたる航空戦の指揮経験がある。一方の栗田は、これまで海軍軍人としての経歴のほとんどを艦隊勤務で過ごしていながら、航空部隊の指揮を執った経験はない。
緒戦の南方作戦に第七戦隊司令官として参加していた栗田は、マレー沖海戦などで見られた航空機の威力というものを、現場感覚として知ってはいた。しかし、それで航空戦の指揮が執れるかといえば、栗田自身も疑問を覚えざるをえない。
ある意味で、山口自身が航空戦の指揮を執ると宣言してくれたことは、栗田にとっても渡りに船であったのだ。
それに、栗田は自分が危ない橋を渡りたがらない性格であると自覚している。そのことで海軍上層部の連中から色々言われていることは知っているが、一方で机の上で海図を眺めているだけの連中に現場のことが判るかという反発も多少はあった。
その意味では、山口多聞という人物は海大甲種を次席で卒業しながら、現場の感覚を理解している希有な指揮官であるとも言えた(栗田は海大甲種を落ちていた)。だから栗田としては、山口が航空戦の指揮を執ることについて異論はなかった。
自分は水上艦艇を適切に指揮しながら、山口の指揮を支えれば良いと納得している。
そして〇七五〇時、栗田は柱島の連合艦隊司令部も含めた全軍に向けて、一航艦の現状を知らせる通信を発信させたのである。
こうした面倒事は全部自分の方で担当し、山口には航空戦の指揮に専念させる肚であった。
それと、栗田は艦隊陣形の再編に取りかかることにした。
空母を一箇所に集中させておく危険性を、彼は山口と同じく理解していたのである。現場経験が長く、また味方の被害にことさら敏感な栗田らしい直感であった。
第四駆逐隊には先ほど通り、赤城、加賀、蒼龍の救援を行わせつつ、残った艦艇で陣形を二つに分けることにしたのだ。
先程まで、五航戦の周囲には高木武雄中将率いる第五戦隊(妙高、羽黒)と第十六駆逐隊(初風、雪風、天津風、時津風)、それに戦艦榛名が存在していたが、栗田はこれに第十七駆逐隊第二小隊(磯風、浜風)および戦艦霧島を付けて、飛龍を中心とする陣形より五から十浬離すことにしたのである。
翔鶴の電探情報については、すでに敵に発見されている以上、無線封止に意味はないとして逐次、報告させるようにする。これで、多少、二つの部隊の距離を離したところで電探情報の共有は出来るだろうと考えたのである。
〇七四〇時過ぎ、それまで一航艦主隊から距離を取っていた五航戦とその護衛艦艇が、ようやく合流した。
そのことを、山口は咎めるつもりはなかった。もともと、空母を一箇所にまとめておく危険性を認識していた彼である。むしろ、一航艦主隊から距離を取っていた五航戦が完全に無事であったことに、その危険性と空母を分散させておくことの有用性への確信を深めたほどであった。
翔鶴が主隊に合流すると、発光信号で周囲に敵機の反応がないことを知らせてきた。翔鶴の電探は、未だ有効に機能しているらしい。
やはり多少稼働率が悪くとも電探はこれからの航空戦に必須の装備だと、山口はその思いを強めていた。出来れば電探情報を即座に受け取れる翔鶴に移乗したかったが、海戦の最中にそのような悠長なことはしていられないだろう。
彼は直ちに、瑞鶴の五航戦司令部に対して第三次攻撃隊の準備状況を問い合わせた。
「我、第三次攻撃隊発進準備〇八一〇時完了ノ見込ミ。艦戦十八、艦爆三十三、艦攻十八」
あと三十分ほどで、第三次攻撃隊の発進準備が完了するということである。しかし、肝心の新たな米空母部隊の位置などは未だ不明であった。
さらに言えば、第三次攻撃隊として使用可能な五航戦の機体が意外に少ないことが気にかかった。恐らく、ミッドウェー島空襲で被弾し、修理に時間がかかるか、あるいは修理不能と判断された機体が多かったのだろう。
これが空母戦の難しさか、と山口は表情を厳しくした。
砲戦や水雷戦であれば、互いに相手の姿を視認している。しかし空母戦は、空母に座乗する指揮官が直接、敵艦隊の姿を見ることはない。そして当然ながら、索敵の結果次第では敵はこちらを見つけていながら、こちらは敵を発見出来ていないという状況も生じてしまうのだ。
そして、弾薬庫に爆弾や魚雷が残っていても、それを搭載すべき十分な航空機がなければ空母は戦力を発揮出来ない。
今、飛龍と五航戦の三空母はそのような状況下に置かれていた。
五航戦の放った四機の九七艦攻からの通信を待つか、それともその索敵線に沿わせながら第三次攻撃隊を放つか。
そもそも、あくまで六〇度索敵線で千代田六号機が緊急電を放った直後に消息を絶ったというだけで、そこに本当に新たな米空母部隊が存在するという確証はない。
先ほど自らが航空戦の指揮を執ると宣言した山口の胸の内に、逡巡が生じる。
しかし、飛行甲板に燃料や爆弾を満載した航空機をいつまでも留めておくわけにはいかない。また空襲があれば、回避運動でせっかく出撃準備を整えた機体が海に落下することもあり得るし、何より被弾すれば燃料や弾薬が一気に誘爆してしまう危険性があった。
「五航戦司令部に信号」
山口は少しの瞑目の後、決断を下した。
「第三次攻撃隊は、準備出来次第六〇度索敵線に沿って発艦させよ。索敵機からの報告が入れば追って知らせる、と」
「はっ!」
飛龍から発せられた信号は、第三戦隊旗艦金剛でも受信されていた。
「山口くんは積極的だな」
飛龍から瑞鶴に送られた信号の内容を伝令から聞かされた栗田健男中将は、苦笑するように言った。未だ新たな米空母部隊の存在やその位置は確認されていないというのに、とにかく攻撃隊を発進させるよう命令するとは。
「航空戦の指揮は、山口司令官に委ねる。第四駆逐隊の有賀司令に、被弾三空母の救援を行うよう伝えてくれ。残余の水上艦艇は、これより飛龍と五航戦の支援に当たる」
参謀たちが何かを言う前に、栗田は金剛艦橋でそう宣言した。事実上、山口の独断専行を追認したわけである。
支那事変での基地航空隊の指揮経験も含めれば、山口多聞は二年以上にわたる航空戦の指揮経験がある。一方の栗田は、これまで海軍軍人としての経歴のほとんどを艦隊勤務で過ごしていながら、航空部隊の指揮を執った経験はない。
緒戦の南方作戦に第七戦隊司令官として参加していた栗田は、マレー沖海戦などで見られた航空機の威力というものを、現場感覚として知ってはいた。しかし、それで航空戦の指揮が執れるかといえば、栗田自身も疑問を覚えざるをえない。
ある意味で、山口自身が航空戦の指揮を執ると宣言してくれたことは、栗田にとっても渡りに船であったのだ。
それに、栗田は自分が危ない橋を渡りたがらない性格であると自覚している。そのことで海軍上層部の連中から色々言われていることは知っているが、一方で机の上で海図を眺めているだけの連中に現場のことが判るかという反発も多少はあった。
その意味では、山口多聞という人物は海大甲種を次席で卒業しながら、現場の感覚を理解している希有な指揮官であるとも言えた(栗田は海大甲種を落ちていた)。だから栗田としては、山口が航空戦の指揮を執ることについて異論はなかった。
自分は水上艦艇を適切に指揮しながら、山口の指揮を支えれば良いと納得している。
そして〇七五〇時、栗田は柱島の連合艦隊司令部も含めた全軍に向けて、一航艦の現状を知らせる通信を発信させたのである。
こうした面倒事は全部自分の方で担当し、山口には航空戦の指揮に専念させる肚であった。
それと、栗田は艦隊陣形の再編に取りかかることにした。
空母を一箇所に集中させておく危険性を、彼は山口と同じく理解していたのである。現場経験が長く、また味方の被害にことさら敏感な栗田らしい直感であった。
第四駆逐隊には先ほど通り、赤城、加賀、蒼龍の救援を行わせつつ、残った艦艇で陣形を二つに分けることにしたのだ。
先程まで、五航戦の周囲には高木武雄中将率いる第五戦隊(妙高、羽黒)と第十六駆逐隊(初風、雪風、天津風、時津風)、それに戦艦榛名が存在していたが、栗田はこれに第十七駆逐隊第二小隊(磯風、浜風)および戦艦霧島を付けて、飛龍を中心とする陣形より五から十浬離すことにしたのである。
翔鶴の電探情報については、すでに敵に発見されている以上、無線封止に意味はないとして逐次、報告させるようにする。これで、多少、二つの部隊の距離を離したところで電探情報の共有は出来るだろうと考えたのである。
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