暁のミッドウェー

三笠 陣

文字の大きさ
上 下
35 / 105

35 飛龍への雷撃

しおりを挟む
 ウォルドロン少佐のホーネット第八雷撃隊を撃退した第一航空艦隊は、続いてエンタープライズ第六雷撃隊の襲撃を受けることになった。
 ユージン・リンゼー少佐率いる十四機のTBFは、飛行時間が二五〇〇時間を超える熟練搭乗員たちで構成されていた。一航艦の搭乗員たちにも劣らない、優秀な者たちである。
 リンゼー隊が第一航空艦隊を発見したのは、〇九三〇時(日本時間:〇六三〇時)のことであった。
彼らの針路上から見て北西方向に黒煙を発見したのである。これは、第一航空艦隊の護衛艦艇が空母の姿を隠すために展開していた煙幕であった。
 その十分後、リンゼー少佐は二〇浬先に複数の空母を発見した。
 彼は編隊を二つに分けた。一方は自身が直率し、もう一方は第二中隊長アーサー・イーリー大尉に任せる。それぞれで敵空母を一隻ずつ仕留める肚であった。

「ジミー、降りてこい!」

 リンゼー少佐は無線機に向かって、グレイ大尉の戦闘機隊を呼びつけようとした。

「……おい、聞こえているのか!?」

 だが、何度無線機に呼びかけてもグレイ大尉からの返答はない。
 こちらか向こうの無線機の不調か、あるいは別の原因があるのか……。
 リンゼー少佐は上空を見上げるが、そこに味方のF4Fの姿が見えない。
 何故……?
 だが、リンゼーたちにその原因を探っている時間的余裕はなかった。自分たちはジャップ空母を視認し、今まさに突撃に移ろうとしている。燃料の問題もある。ここで悠長にグレイ大尉の戦闘機隊を待っていては、時機を逸してしまう。
 リンゼーは自分たちの不穏な未来を予測しつつも、突撃命令を下す決断をした。

「行くぞ、アーサー! 第二中隊は北側から回り込め!」





「敵雷撃機十四機、二手に分かれて突っ込んできます!」

 赤城見張り員がそう叫んだのは、〇六四九時(現地時間:〇九四九時)のことであった。
 新手の雷撃隊そのものは、すでに利根の見張り員が発見して信号で艦隊全体に警告を発している。

「撃ち方始め!」

 赤城を始めとして、後方に取り残された五航戦とその護衛を除く艦艇が高角砲や機銃の射撃を開始した。だが、零戦隊も新手の敵機に気付いたのだろう。即座に敵雷撃機に取り付いたため、各艦は味方機を撃墜してしまうのを避けるため、すぐに「撃ち方止め」を命ずることとなった。

「敵雷撃機の一隊、加賀に向かいます!」

 この時、リンゼー隊が向かったのが加賀であった。だが、すでに彼らの上空には零戦隊が覆い被さっていた。
 白根斐夫あやお大尉率いる赤城零戦隊がまずリンゼー隊への攻撃を開始し、続いて加賀の飯塚雅夫大尉の零戦隊も加わった。
 加賀まで七〇〇〇メートルを切ったところで、まずリンゼー機が撃墜される。TBFが接近してくるに従って、加賀の対空砲火も再び火を噴き始めた。残りの六機の内、加賀に対する雷撃の射点に取り付けたのは二機に過ぎなかった。
 だが、その二機が投下した魚雷も、加賀艦長・岡田次作大佐の巧みな操艦によって回避されてしまう。
 リンゼー隊はその勇敢さを示しながらも、何ら戦果を挙げることなく壊滅してしまったのである。
 一方、第二中隊のイーリー隊は零戦隊の攻撃を受けながらも、何とか加賀前方を航行する飛龍への射点に付こうとしていた。だが、ここでもやはり指揮官機であるイーリー機が真っ先に撃墜されてしまった。
 飛龍への雷撃に成功したのは、最後に残った第二小隊長ロバート・ラウブ中尉機だけであった。だが、熟練搭乗員である彼の投雷は極めて正確であった。

「取り舵一杯!」

 飛龍では、航海長・長すすむ少佐が左舷から迫る魚雷に対して転舵を命じていた。白い航跡を引きながら、魚雷は飛龍の舷側に向かって進んでくる。
 機転の利いた機銃指揮官が機銃員に対して、魚雷に向かって撃つように命じる。しかし、徒に海上に飛沫を上げるだけで魚雷の破壊には一向に成功しない。
 海上を滑るように進んでくる魚雷に、それを見ていた誰もが最悪の予感を覚える。
 緊迫の数瞬。

「―――魚雷、艦尾に抜けました!」

 ラウブ中尉機の放った魚雷は、際どいところで飛龍の艦尾をかすめて後方に消えていった。
 飛龍に目立った被害はなく、それは残りの三空母も同じであった。





 一方、グレイ大尉率いるエンタープライズ第六戦闘機隊は、未だ無為に空中で待機を続けていた。
 グレイ大尉自身も、どこの隊からも通信が入らないことに不審を抱いて何度か通信を試みていたが、どこからの応答もなかった。
 〇九五二時(日本時間:〇六五二時)、F4F隊の燃料はいよいよ心許なくなってきた。
 彼は一縷の望みをかけて、マクラスキーの艦爆隊に呼びかけてみたが、やはり通信は繋がらなかった。
 一〇〇〇時(日本時間:〇七〇〇時)、グレイ大尉は母艦であるエンタープライズに対して、日本艦隊の位置を報告し、その二分後、母艦への帰投を決意した。
 これ以上は、帰還のための燃料がなかったからである。
 こうしてグレイ大尉の第六戦闘機隊は戦闘に何ら寄与することはなく、虚しくエンタープライズに帰投することとなった。
 結果として、ウォルドロン少佐のホーネット第八雷撃隊とリンゼー少佐のエンタープライズ第六雷撃隊は見殺しにされてしまったわけである。
 さらに悪いことに、生き残りの第六雷撃隊のTBFとグレイ隊のエンタープライズへの帰還時刻が重なってしまったため、グレイ隊はこれをジャップ雷撃機と誤認、危うくこれを撃墜しかけた。
 このため、戦闘機隊に見殺しにされた上に、その戦闘機隊に同士討ちされかかった第六雷撃隊の生還者が激昂、母艦への帰還後、彼らは拳銃を持って第六戦闘機隊の搭乗員たちに詰め寄ったという。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

近衛文麿奇譚

高鉢 健太
歴史・時代
日本史上最悪の宰相といわれる近衛文麿。 日本憲政史上ただ一人、関白という令外官によって大権を手にした異色の人物にはミステリアスな話が多い。 彼は果たして未来からの転生者であったのだろうか? ※なろうにも掲載

蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。 よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。 一九四二年、三月二日。 スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。 雷艦長、その名は「工藤俊作」。 身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。 これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。 これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

大和型戦艦4番艦 帝国から棄てられた船~古(いにしえ)の愛へ~

花田 一劫
歴史・時代
東北大地震が発生した1週間後、小笠原清秀と言う青年と長岡与一郎と言う老人が道路巡回車で仕事のために東北自動車道を走っていた。 この1週間、長岡は震災による津波で行方不明となっている妻(玉)のことを捜していた。この日も疲労困憊の中、老人の身体に異変が生じてきた。徐々に動かなくなる神経機能の中で、老人はあることを思い出していた。 長岡が青年だった頃に出会った九鬼大佐と大和型戦艦4番艦桔梗丸のことを。 ~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。 船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。 輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。 その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。 それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。 ~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。 この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。 桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。

re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ

俊也
ライト文芸
実際の歴史では日本本土空襲・原爆投下・沖縄戦・特攻隊などと様々な悲劇と犠牲者を生んだ太平洋戦争(大東亜戦争) しかし、タイムスリップとかチート新兵器とか、そういう要素なしでもう少しその悲劇を防ぐか薄めるかして、尚且つある程度自主的に戦後の日本が変わっていく道はないか…アメリカ等連合国に対し「勝ちすぎず、程よく負けて和平する」ルートはあったのでは? そういう思いで書きました。 歴史時代小説大賞に参戦。 ご支援ありがとうございましたm(_ _)m また同時に「新訳 零戦戦記」も参戦しております。 こちらも宜しければお願い致します。 他の作品も お手隙の時にお気に入り登録、時々の閲覧いただければ幸いです。m(_ _)m

処理中です...