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22 ヘンダーソン急降下爆撃隊
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B17による空襲が終結すると、上空直掩についていた零戦隊を燃料と弾薬の補給のために各空母へと帰還させることとなった。
それと入れ替わるようにして、未だ格納庫に残っていた零戦が上空直掩のために発進する。
祥鳳の納富健次郎大尉の操る零戦も、その中の一機だった。祥鳳の一八〇メートルの飛行甲板を駆け抜けて、上空に舞い上がる。
まずは高度二〇〇〇メートルを目指して上昇を続ける。
今は高角砲弾炸裂の黒煙もなく、青い空の下にいくつかの断雲がたゆたっていた。その雲の周辺を警戒しつつ、納富機が上昇を続ける。
栄発動機は、快調に轟音を奏で続けていた。
「……」
片々と浮かぶ雲の一つに、納富は小さな黒点を見つけた。高度は二五〇〇メートルほど。上昇中の自分よりも上空に占位している。
もし敵戦闘機であれば、不利は免れない。
また、万が一にもミッドウェー空襲から帰還した味方編隊を誤射するわけにもいかない。そろそろ、時間的にも攻撃隊が帰還してもおかしくない頃であった。
納富は慎重に目をこらしつつ、その黒点の正体を確かめようとした。
「―――っ!?」
納富の見たそれは、紛れもなく米軍の機体であった。
彼は後続機に敵機発見を知らせるために翼を大きく振り、スロットルを開いて増速、機体を一気に上昇させようとした。
納富の発見した黒点の正体は、ロフトン・R・ヘンダーソン海兵少佐率いるSBDドーントレス十六機であった。
この編隊もまた、護衛の戦闘機は付けられていなかった。
そして、搭乗員のほとんどは飛行学校を卒業して一ヶ月程度の若年搭乗員たちであったのである。彼らは編隊飛行、急降下爆撃すら覚束ない者たちが多かった。
それでもヘンダーソン少佐はジャップ艦隊の来襲に備えるため、短期間の日数で猛訓練を施したが、ミッドウェー基地の燃料不足などの要因もあって、その訓練は十全とはいえなかった。
このため、ヘンダーソンはやむを得ずジャップ艦隊への急降下爆撃を諦め、緩降下での爆撃を実施することとしたのである。
急降下爆撃ほどの高い命中率は望めないだろうが、経験の浅い搭乗員に出来る戦法はそれしかなかったのだ。
ミッドウェーを飛び立ってジャップ空母艦隊を目指す間も、ヘンダーソン少佐の苦労は続いた。
編隊飛行に慣れていない機が脱落しないよう、常に気を配っていないとならなかったのだ。
だが、その苦心の甲斐もあり、発動機の不調で引き返した二機を除き、十六機全機がジャップ空母艦隊の上空に侵入することに成功していた。
直前に、帰投するスウィニー中佐のB17の編隊が上空を通り過ぎていった。そのスウィニー隊のやってきた方角に、ジャップ空母部隊は存在していたのだ。
「いいか、俺が先頭に立って突っ込む! 各機、我に続け!」
眼下に、一隻の大型空母が見える(これは、隼鷹だった)。その艦に向けて緩降下に入ろうとした刹那、後部座席から叫びが上がった。
「零戦! 下から突っ込んできます!」
納富大尉は、ほとんど垂直に近い勢いで機体を上昇させていた。
栄発動機の轟音が風防の中を圧している。体が操縦席の背もたれに押し付けられるような圧迫感。
敵機は高空から、今まさに急降下に移ろうとしているのか、緩降下の態勢に入っていた。ここで取り逃がすことは出来なかった。
目標を、敵の隊長機と思しきドーントレスに定める。
あっという間に、照準レクティル一杯に敵機の姿が収まる。
刹那、納富は機銃の発射レバーを絞った。
操縦桿を通して伝わる、二十ミリ機銃発射の衝撃。数ヶ月前まで乗っていた九六艦戦とはまったく違う、重い反動。
曳光弾の軌跡と共に、二十ミリ機銃弾が敵機の主翼と胴体に吸い込まれていく。
途端、敵機の左翼から火が噴き出す。その炎は胴体を舐めるように覆い尽くし、制御を失ったドーントレスが海へと墜ちていった。
「……」
墜ちていく敵機と上昇する納富機は一瞬、すれ違った。その時彼の目に映ったのは、炎に包まれた操縦席で必死に機体を立て直そうとしている米軍搭乗員の姿であった。
その凄惨な姿に、納富は刹那の間、胸の内で黙祷を捧げた。
だが、次の瞬間には彼はまた別の敵機へと向かっていった。自分の役割は、艦隊を守ることなのだ。感傷に浸っている時間はなかった。
ヘンダーソン機が撃墜されたことにより、ドーントレス隊の指揮は第二中隊長エルマー・C・グリデン大尉が継承した。
だが、納富機が突っ込んできたのと同時に、その他の零戦隊も一斉にドーントレス隊に襲いかかっていた。
ヘンダーソン少佐が苦心して維持してきた編隊も、零戦に襲われた途端、崩れてしまった。
グリデン大尉は、咄嗟に機体を近くにあった雲の中に逃げ込ませた。グリデン機の行動に気付いた部下の何機かが、それに続く。
高度七〇〇メートル付近でその雲を抜けると、グリデン大尉の目に一隻の空母が飛び込んできた(これは瑞鳳であった)。
最早、目標を選り好みしている余裕はなかった。
「あいつをやるぞ、ゴー・アヘッド!」
グリデンは機体を緩降下させ、そして高度一〇〇メートルのところで引き起こしをかける。
彼以外にも、何とか零戦隊の迎撃を振り切って緩降下爆撃を敢行したドーントレス搭乗員はいた。
アイバーソン中尉は空母龍驤へと爆弾を投下し、直後に零戦に追いつかれて無数の機銃弾を受けた。彼の機体は無事にミッドウェー島に帰り着くことが出来たが、整備班が調べてみると二〇〇発以上の弾痕があったという。
ムーア大尉機は空母隼鷹目がけて緩降下爆撃を行い、ブレーン大尉機はやむを得ず重巡摩耶を目標に爆撃を敢行した。
最終的にドーントレス隊は隊長であるヘンダーソン少佐機も含めた八機が撃墜され、生き残った機体も再出撃不可能なほどの損傷を受けていた。
彼らはジャップ空母二隻に命中弾を与えて炎上させたと報告したが、第二艦隊に目立った損害はなかった。
第二艦隊は、第四派目の攻撃も退けたのである。
それと入れ替わるようにして、未だ格納庫に残っていた零戦が上空直掩のために発進する。
祥鳳の納富健次郎大尉の操る零戦も、その中の一機だった。祥鳳の一八〇メートルの飛行甲板を駆け抜けて、上空に舞い上がる。
まずは高度二〇〇〇メートルを目指して上昇を続ける。
今は高角砲弾炸裂の黒煙もなく、青い空の下にいくつかの断雲がたゆたっていた。その雲の周辺を警戒しつつ、納富機が上昇を続ける。
栄発動機は、快調に轟音を奏で続けていた。
「……」
片々と浮かぶ雲の一つに、納富は小さな黒点を見つけた。高度は二五〇〇メートルほど。上昇中の自分よりも上空に占位している。
もし敵戦闘機であれば、不利は免れない。
また、万が一にもミッドウェー空襲から帰還した味方編隊を誤射するわけにもいかない。そろそろ、時間的にも攻撃隊が帰還してもおかしくない頃であった。
納富は慎重に目をこらしつつ、その黒点の正体を確かめようとした。
「―――っ!?」
納富の見たそれは、紛れもなく米軍の機体であった。
彼は後続機に敵機発見を知らせるために翼を大きく振り、スロットルを開いて増速、機体を一気に上昇させようとした。
納富の発見した黒点の正体は、ロフトン・R・ヘンダーソン海兵少佐率いるSBDドーントレス十六機であった。
この編隊もまた、護衛の戦闘機は付けられていなかった。
そして、搭乗員のほとんどは飛行学校を卒業して一ヶ月程度の若年搭乗員たちであったのである。彼らは編隊飛行、急降下爆撃すら覚束ない者たちが多かった。
それでもヘンダーソン少佐はジャップ艦隊の来襲に備えるため、短期間の日数で猛訓練を施したが、ミッドウェー基地の燃料不足などの要因もあって、その訓練は十全とはいえなかった。
このため、ヘンダーソンはやむを得ずジャップ艦隊への急降下爆撃を諦め、緩降下での爆撃を実施することとしたのである。
急降下爆撃ほどの高い命中率は望めないだろうが、経験の浅い搭乗員に出来る戦法はそれしかなかったのだ。
ミッドウェーを飛び立ってジャップ空母艦隊を目指す間も、ヘンダーソン少佐の苦労は続いた。
編隊飛行に慣れていない機が脱落しないよう、常に気を配っていないとならなかったのだ。
だが、その苦心の甲斐もあり、発動機の不調で引き返した二機を除き、十六機全機がジャップ空母艦隊の上空に侵入することに成功していた。
直前に、帰投するスウィニー中佐のB17の編隊が上空を通り過ぎていった。そのスウィニー隊のやってきた方角に、ジャップ空母部隊は存在していたのだ。
「いいか、俺が先頭に立って突っ込む! 各機、我に続け!」
眼下に、一隻の大型空母が見える(これは、隼鷹だった)。その艦に向けて緩降下に入ろうとした刹那、後部座席から叫びが上がった。
「零戦! 下から突っ込んできます!」
納富大尉は、ほとんど垂直に近い勢いで機体を上昇させていた。
栄発動機の轟音が風防の中を圧している。体が操縦席の背もたれに押し付けられるような圧迫感。
敵機は高空から、今まさに急降下に移ろうとしているのか、緩降下の態勢に入っていた。ここで取り逃がすことは出来なかった。
目標を、敵の隊長機と思しきドーントレスに定める。
あっという間に、照準レクティル一杯に敵機の姿が収まる。
刹那、納富は機銃の発射レバーを絞った。
操縦桿を通して伝わる、二十ミリ機銃発射の衝撃。数ヶ月前まで乗っていた九六艦戦とはまったく違う、重い反動。
曳光弾の軌跡と共に、二十ミリ機銃弾が敵機の主翼と胴体に吸い込まれていく。
途端、敵機の左翼から火が噴き出す。その炎は胴体を舐めるように覆い尽くし、制御を失ったドーントレスが海へと墜ちていった。
「……」
墜ちていく敵機と上昇する納富機は一瞬、すれ違った。その時彼の目に映ったのは、炎に包まれた操縦席で必死に機体を立て直そうとしている米軍搭乗員の姿であった。
その凄惨な姿に、納富は刹那の間、胸の内で黙祷を捧げた。
だが、次の瞬間には彼はまた別の敵機へと向かっていった。自分の役割は、艦隊を守ることなのだ。感傷に浸っている時間はなかった。
ヘンダーソン機が撃墜されたことにより、ドーントレス隊の指揮は第二中隊長エルマー・C・グリデン大尉が継承した。
だが、納富機が突っ込んできたのと同時に、その他の零戦隊も一斉にドーントレス隊に襲いかかっていた。
ヘンダーソン少佐が苦心して維持してきた編隊も、零戦に襲われた途端、崩れてしまった。
グリデン大尉は、咄嗟に機体を近くにあった雲の中に逃げ込ませた。グリデン機の行動に気付いた部下の何機かが、それに続く。
高度七〇〇メートル付近でその雲を抜けると、グリデン大尉の目に一隻の空母が飛び込んできた(これは瑞鳳であった)。
最早、目標を選り好みしている余裕はなかった。
「あいつをやるぞ、ゴー・アヘッド!」
グリデンは機体を緩降下させ、そして高度一〇〇メートルのところで引き起こしをかける。
彼以外にも、何とか零戦隊の迎撃を振り切って緩降下爆撃を敢行したドーントレス搭乗員はいた。
アイバーソン中尉は空母龍驤へと爆弾を投下し、直後に零戦に追いつかれて無数の機銃弾を受けた。彼の機体は無事にミッドウェー島に帰り着くことが出来たが、整備班が調べてみると二〇〇発以上の弾痕があったという。
ムーア大尉機は空母隼鷹目がけて緩降下爆撃を行い、ブレーン大尉機はやむを得ず重巡摩耶を目標に爆撃を敢行した。
最終的にドーントレス隊は隊長であるヘンダーソン少佐機も含めた八機が撃墜され、生き残った機体も再出撃不可能なほどの損傷を受けていた。
彼らはジャップ空母二隻に命中弾を与えて炎上させたと報告したが、第二艦隊に目立った損害はなかった。
第二艦隊は、第四派目の攻撃も退けたのである。
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