暁のミッドウェー

三笠 陣

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2 ミッドウェー島の映画監督

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 太平洋のほぼ中央部に浮かぶミッドウェー島は、サンド島とイースタン島という二つの大きな石灰岩の島と、無数の小島から形成されている環礁であった。
 現地時間七月四日の朝を迎えつつあるこの島で、一人の男がどこか待ち遠しげに上空を見つめていた。
 ジョン・フォード。
 今年で四十七歳となる、アメリカを代表する映画監督であった。今、彼は海軍の情報記録班の一人として、大尉の軍服に身を包んでサンド島に滞在していた。
 来たるべきジャップとの空戦を、自らのフィルムに残すためである。
 合衆国の青年の操る戦闘機が、ジャップの爆撃機を次々と撃墜していく。そんな映像を、彼は求めていた。
 ここのところ、フォードは連日、朝から八ミリを構えて抜けるような青空を見上げていた。

「本当に、こんな何もない島にジャップの連中はやってくるんですかねぇ……」

 合衆国がジャップに勝利する最高の映像を自ら撮影しようと熱意を燃やすフォードに対して、助手のウィリーは日本軍の来襲に懐疑的であった。
 実際、ミッドウェー島は石灰質の大地が広がるだけの殺風景な島であり、見るべきものといえば黒々としたアホウドリの大群程度である。オアフ島真珠湾のような大規模な軍事施設もなければ、ハワイ諸島のような風光明媚な豊かな自然もない。
 ただ、サンド島とイースタン島にそれぞれ滑走路が存在する程度であった。
 こんな辺鄙な島をわざわざ奪いに来るというジャップの思考を、ウィリーはどうにも理解しかねていた。

「来るさ」

 だがフォードは、確信を持ってそう答えた。

「パールハーバーの司令部は、ジャップの通信を解読してこの島に確実に連中の空母が来ると教えてくれた。Dディがいつになるのかは知らんが、連中は絶対にこの島に現れるさ」

「しかし、航空隊の連中もケチですな。監督を航空機に乗せてくれれば、ジャップの船を沈める絶好の映像が撮れるっていうのに」

「まあ、パイロット以外乗せられんと言われてしまってはやむを得んさ」

 とはいえ、フォードも内心では映像の価値を軍人連中は十分に理解していないと思っている。合衆国の将兵が勇敢に戦う映像を国民に見せれば、それこそ増税も国債も思うままだろうに。

「フォード大尉! フォード大尉はいらっしゃいますか!」

 と、切迫した声の伝令が二人の下に駆けてきた。

「何事か?」

「はっ、シマード大佐よりフォード大尉に伝言であります。『先ほど、哨戒に出ていたカタリナがジャップの大編隊とすれ違った。遠からずこの島にジャップの航空機がやって来るだろう。監督に神のご加護があらんことを』。以上です」

「そうか、伝令ご苦労」

 伝令の兵に海軍式の敬礼を返し、フォードは傍らの助手を振り返った。

「行くぞ、ウィリー。最高の映像を撮ってやるんだ」

「まさか、本気でやるおつもりですか?」

 流石に少し怯えの混じった表情で、ウィリーは聞き返した。このアカデミー賞受賞歴のある監督は、ジャップの空襲下で自ら撮影しようとしているのである。

「私は本気だ」

 そして、当のフォードは自らの望んだ映像が撮れる絶好の機会がやって来たことで、空襲の恐怖は完全に内心から吹き飛んでいた。

「予定通り、あの格納庫の上から撮るぞ」

 フォードの視線の先には、巨大な飛行艇格納庫があった。その屋根にカメラを設置して戦闘を撮影することを、彼はこの島を見回った時から考えていたのである。
 格納庫の屋根からならば、上空の空戦も、島に爆弾が落ちる瞬間も、どちらも撮影出来る。
 ミッドウェー守備隊司令官シリル・シマード大佐からは、格納庫は真っ先にジャップに狙われるとして考え直すように何度も言われていたが、フォードは映画監督の誇りに賭けて最高の映像を撮れる場所を譲るつもりはなかった。

「さあ、ウィリー。本当の戦争を撮りにいくんだ」

 そう言ってフォードは不敵に笑みを浮かべ、格納庫の屋根へと繋がる梯子を登り始めた。
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