蒼海の碧血録

三笠 陣

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第一章 鉄底海峡の砲撃戦

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  1  「鉄底海峡の砲撃戦」におけるミッドウェー海戦とその影響について
 本作は、「ミッドウェー海戦で飛龍の薄暮攻撃が成功した世界」におけるガダルカナル攻防戦を描いています。
 『戦史叢書 ミッドウェー海戦』(朝雲新聞社、一九七一年)の三六六頁に、「同司令官(筆者註:山口多聞少将のこと)は一二三一南雲長官に対し、既述のとおり二式艦偵で接触を確保し、艦爆五機、艦攻四機、艦戦一〇機をもって、残存敵空母に対し薄暮攻撃を行う計画を報じた。」とあります。
 この兵力を以って飛龍の薄暮攻撃が成功し、ホーネットを撃破したことを想定しています。
 ホーネットの撃沈は、拙作の世界観でも史実と同じように南太平洋海戦です。
 少なくとも魚雷一本でも命中させて彼女を撃破に追い込んだことで、日本側が「空母三隻撃沈」と誤認したという設定です。
 また、飛龍はエンタープライズからの空襲を受け、史実では自沈に追い込まれました。しかし、拙作ではこれも回避したという設定です。
 どうやって被弾を免れたかについてですが、これも艦隊編成などに大きく手を加えることなく、人的要素に改変を加えただけとなります。
 史実では一六四〇時(戦史叢書だと一三四〇時で日本時間扱いの模様)に上空直掩の零戦がドーントレスと接触します。この時、零戦は接敵行動を起こさなかったために飛龍を初め艦隊側が警戒態勢を取らなかったとされていますが、まずがここを改変して零戦隊が接敵行動を取り、艦隊が警戒行動を取ったことにしています。
 次に、史実ではギャラハー大尉の飛龍への急降下爆撃が失敗したのを見て榛名を攻撃するはずだったシャムウェイ大尉の爆撃隊が飛龍に目標を変更し、攻撃を成功させたことになっていますが、ここもシャムウェイ大尉が当初の命令通りに榛名を爆撃した設定にしています。恐らく二つの爆撃隊が同時に急降下を開始することになりますので、ギャラハー大尉の攻撃が失敗するのをシャムウェイ大尉が目撃しても後の祭りとなります。
 こうした人的要素に多少の改変を加えることで、一七〇〇時頃の飛龍の被弾は免れることが出来たということになっています。
 ただし、その後、史実通り筑摩の索敵機が新手の空母四隻を発見したという報告を送り(史実でもこの世界でも、完全な誤報)、飛龍すら失うことを恐れた連合艦隊司令部が艦隊保全主義に走り、史実よりも早くミッドウェー攻略作戦の中止を決定します。
 そのため、翌日の三隈喪失も拙作の世界線では発生していません。
 ですから、拙作のミッドウェー海戦の設定は、日本が空母赤城、加賀、蒼龍を喪失、アメリカ側もヨークタウンを喪失し、ホーネットが大破したというものになっています。
 この影響によって、その後の日本海軍の建造計画にも変更が生じることになります。
 飛龍が喪失を免れたことによって、史実では空母に改装されてしまった戦艦信濃、重巡伊吹はそのまま戦艦、重巡として完成します。伊勢型も航空戦艦への改装は行われません。伊勢型の改装が行われないことによって、ドックや資材的に史実よりも余裕が出来るはずです。この資材で、第三次ソロモン海戦で損傷した大和以下戦艦部隊の損傷修理を行うことになるでしょう。
 ミッドウェー海戦後の六月十三日、軍令部は新たな作戦指導方針を作成しますが、内容はほぼ史実通りで、フィジー・サモア攻略を目指すFS作戦とセイロン島攻略作戦の二本立てです。
 史実でも実施直前まで行ったこのインド洋機動作戦(B作戦)は、この世界線では最上型四隻が健在な第七戦隊が中心となって行われることになります。参加兵力の中核は第七戦隊、第十六戦隊、第三水雷戦隊、第三十潜水隊、第二十一航空戦隊(基地航空隊)です。
 拙作では、作戦は八月一日に発動され、米軍によるガダルカナル侵攻後も、インド洋での通商破壊作戦は継続されているという設定になっています。ミッドウェーで米空母三隻を撃沈したと思い込んでいる海軍首脳部は、インド洋の兵力を引き抜いてガダルカナルに向かわせる必要を感じていなかったということになっています。反面、戦艦大和、長門以下第一艦隊が早期にトラック進出を果たすことになりそうです。
 そして、北アフリカ戦線が佳境を迎えている時期における日本海軍のインド洋での大規模通商破壊作戦は他の戦線にも多大な影響を与えていくことになります。恐らく、史実で最も実施すべきであったのは、インド洋での通商破壊作戦であったと筆者は考えています。
 ただ、セイロン島攻略を決定したとはいえ、米軍のガダルカナル侵攻が始まってしまったため、結局、作中にあるように作戦は一九四三年四月まで引き延ばしとなっています。

  2  ガダルカナルを巡る攻防戦について
 ミッドウェーで空母一隻沈没、一隻大破という損害を負ったアメリカ軍ですが、史実通り、ガダルカナルへの上陸作戦を行います。
 その直後、やはり史実通りに第一次ソロモン海戦が発生します。
 この時、空母飛龍はすでにトラックに進出していたという設定になっています。これは、ミッドウェー敗戦の口封じのため、飛龍とその乗員たちを本土近海に留めておきたくなかったという海軍上層部の意向が働いています。ですから、飛龍はミッドウェー海戦における至近弾による軽微な損傷を修理した後、ミッドウェー海戦後の七月中旬から下旬くらいには早々とトラックに進出します(史実でもその後のFS作戦に投入するため、ミッドウェー出撃時に物資を多めに積んでいました)。
 この時点で飛龍は龍驤と共に第二航空戦隊を組んでおり、龍驤も共にトラックへ進出しています。恐らく、この時に第五戦隊と第二水雷戦隊あたりもトラックに進出していることでしょう。
 また、史実ではミッドウェー海戦後、瑞鶴、瑞鳳、龍驤が米空母撃滅のため、六月十四日から二十三日まで、アリューシャン方面へ完全な空振りとなる出撃を行っていますが、ミッドウェーでとにもかくにも「米空母三隻撃沈」を成し遂げたと思い込んでいる連合艦隊司令部は、この出撃を行いません。
 同様の理由で、アッツ島、キスカ島の占領も当初の作戦通り、冬季前までとなるでしょう。そのため、アッツ島の玉砕は生じませんし、キスカ奇跡の撤退も生じません(その代わり、マキン島、タラワ島あたりが玉砕した後に、マーシャルのどこかで奇跡の撤退が行われそうですけれども)。
 さて、こうして、米軍のガダルカナル上陸の報に接した第八艦隊と、第二航空戦隊はそれぞれの泊地から出撃します。
 第八艦隊は史実通り、八月八日、連合軍巡洋艦部隊に壊滅的打撃を与えます。飛龍から、翌九日には上空援護可能という電文を受け取った第八艦隊の三川司令長官は、ルンガ沖への再突入を決意。そのまま、停泊していた輸送船団に壊滅的打撃を与えます。
 ただし、この点に関しては書籍によって色々な説があり、輸送船団は物資の積み下ろしを終わっていた説、そもそも輸送船団は退避していた説があります。しかし、近年、アメリカ側の書いた戦史書である『太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落』上(文藝春秋、二〇一六年)では、輸送船の乗員たちが砲声を聞いていたという記述がありますので、輸送船団は恐らくルンガ沖にいたと思われます。さらに同書では、この時第八艦隊が再突入し、輸送船団を攻撃していたら作戦の兵站上の基礎が崩壊したと記述しています。そのため、輸送船の物資はまだ完全に揚陸が終わっていなかったと見るべきでしょう。
 こうして、第八艦隊は連合軍の輸送船団すら壊滅させることに成功します。
 翌日、彼女たちは二航戦の援護を受けながらラバウルへ帰投しますが、やはり史実通り、加古は潜水艦に撃沈されます。これは、対潜警戒を止めてしまった以上、必然的な被害だと思うからです。
 さて、一方の第二航空戦隊は、三川艦隊の上空援護をしつつも、ガダルカナルへの空襲を行うことはないでしょう。山口はミッドウェー海戦を経験しているので、陸上の敵よりも空母を恐れるはずです。
 しかし、フレッチャーの空母部隊は史実通り退避していますので、結局、山口は米空母との接敵は果たせません。そのまま、一旦トラックに帰還することになるでしょう。
 この世界線では、輸送船団攻撃を行わなかった三川ではなく、地上部隊への空襲を行わなかった山口に、後世の批難が集中しそうな気がします。
 さて、輸送船団を壊滅させることで敵の物資を奪い、上陸した海兵隊に打撃を与えた日本ですが、それでも兵力・装備的な不利は免れません。
 ただ、史実でもこの時期の米海兵隊も兵站面で苦しかったのは事実で、なお悪いことに日本側の兵力すらまともに把握していませんでした(それは日本側も同じですが)。この世界線では最初の輸送船団が第八艦隊によって壊滅させられているので、史実以上に兵站面が苦しくなるはずです(この段階では、まだ日本よりマシでしょうけれども)。
 そして、ガダルカナル最初の悲劇である一木支隊の全滅ですが、残念ながらこれを回避出来るか否かは微妙なところです。第十七軍からの飛行場奪回命令を優先すれば、史実通り全滅。逆にもう一つの命令、やむを得ない場合は後続部隊の待つように、に従った場合は全滅を免れます。また、彼らの間の通信の中継を担当していた海軍の艦隊がどこに存在しているかも重要な要素でしょう。
 この世界線では、瑞鶴以下のアリューシャン方面出撃が行われていませんから、第三艦隊のソロモンへの展開は史実よりも早まるでしょう。ただ、七月十四日に第三艦隊の編成と人事異動が行われていますから、それよりソロモン進出が早まることはないと思われます。しかし、史実のように瀬戸内海出撃が八月十六日まで遅れることはないでしょう。
 瀬戸内海からトラックまでは七日かかるそうですから、八月初旬に瀬戸内海を出撃したとして、第一次ソロモン海戦の直後にはトラック進出を果たしているはずです。
 ここで、先にトラックに進出していた山口の第二航空戦隊と合流。ただし、史実通り瑞鳳は整備と訓練のため、隼鷹、飛鷹も訓練のため内地に残ったままです。そのため、空母戦力は翔鶴、瑞鶴、飛龍、龍驤の四隻となります。
 そして、翔鶴、瑞鶴がトラックで一旦補給を受けた後、ガダルカナル近海に進出して周辺海域を封鎖してくれれば、史実では十五日にガダルカナルへ到着したアメリカの新たな輸送船団を阻止出来ます。
 このように、第三艦隊主力が史実よりもかなり早い段階でソロモン海域に進出し、米機動部隊を待ち構える体勢をとっていれば、おそらく一木支隊第一梯団九〇〇名と第十七軍司令部の通信が不通になることはなかったでしょう(一木支隊が後続の部隊を待たずに攻撃を開始してしまったのは、通信不通も大きな要因)。
 通信が繋がっていたとして、一木支隊が史実通り、二十一日に総攻撃を開始して全滅するか、二十二日に到着が予定されている後続部隊を待つか、これはひとえに一木清直大佐と第十七軍司令部の判断にかかっています。
 さて、ガダルカナルを封鎖している第三艦隊ですが、どこかで補給のために一旦後退する必要があるでしょう。そうなると、十五日の米輸送船団は阻止出来ても、その後の護衛空母ロングアイランドによる航空機輸送は阻止出来ないことになります。
 そうなると八月二十日にはガダルカナルのヘンダーソン飛行場が稼働を始め、これによって周辺海域の制空権をアメリカ側が握ることになります。この事態を第十七軍がどこまで重く見るかで、一木支隊の運命が決まります。ただ、第十七軍司令部はガダルカナルに上陸した米軍を一個師団とほぼ正確に見積もっており、日本に甘く考えるならば、後続部隊の到着と海軍の支援を待つよう、一木支隊に命令が下ると思います。
 こうして、日米両軍は第二次ソロモン海戦を迎えることになります。

  3  第二次ソロモン海戦とガ島飛行場の奪還
 ガダルカナル奪還に関しては、史実通り陸海軍中央協定が結ばれて、一木支隊、川口支隊、海軍陸戦隊の三部隊計七五〇〇名が投入されることが決定します。史実では二十五日以降に、これらの兵力で奪還作戦を開始する予定だったとされています。
 一木支隊の全滅が回避された場合、この七五〇〇名でアメリカ海兵隊一万二〇〇〇名から飛行場を奪還することになります。
 しかし当然、史実通りフレッチャー少将率いる第六十一任務部隊が輸送船団護衛を目的にソロモン方面に進出しますから、日本側の増援部隊輸送は空襲を避けるために一時退避、ガダルカナル到着が遅れます。
 そして八月二十四日、ソロモンに進出していた第三艦隊と第六十一任務部隊との間に、第二次ソロモン海戦が発生することになります。
 当初は史実と同じように、飛龍、龍驤の第二航空戦隊を分離してガ島飛行場攻撃に向かわせようとする南雲長官ですが、空母戦力の分散に山口少将が猛反対します。南雲もミッドウェーで痛い思いをしているので、山口の進言を受け入れ、日本側は史実と違い、空母の集中運用で米機動部隊との戦闘に挑むことになります。
 戦力的には、史実の日本艦隊に飛龍が加わった程度で、艦隊編成にそこまで大きな差は生まれないでしょう(ただし、インド洋機動作戦に第七戦隊と第三水雷戦隊が取られているので、その分の兵力は参加しません)。
 そのため、編成は次のようになります。

  第三艦隊  司令長官:南雲忠一中将
第一航空戦隊【空母】〈翔鶴〉〈瑞鶴〉
第二航空戦隊【空母】〈飛龍〉〈龍驤〉
第十一戦隊【戦艦】〈比叡〉〈霧島〉
第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉
第十戦隊【軽巡】〈長良〉
 第四駆逐隊【駆逐艦】〈野分〉〈舞風〉
 第十駆逐隊【駆逐艦】〈夕雲〉〈巻雲〉〈風雲〉〈秋雲〉
 第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈天津風〉〈時津風〉
付属【駆逐艦】〈秋風〉

  第二艦隊  司令長官:近藤信竹中将
第四戦隊【重巡】〈高雄〉〈愛宕〉〈摩耶〉
第五戦隊【重巡】〈妙高〉〈羽黒〉
第四水雷戦隊【軽巡】〈由良〉
 第二駆逐隊【駆逐艦】〈村雨〉〈春雨〉〈五月雨〉
 第九駆逐隊【駆逐艦】〈朝雲〉〈山雲〉〈夏雲〉〈峯雲〉
 第二十七駆逐隊【駆逐艦】〈有明〉〈夕暮〉〈白露〉〈時雨〉
第十一航空戦隊【水上機母艦】〈千歳〉
付属【戦艦】〈陸奥〉

  船団護衛部隊  司令官:田中頼三少将
第二水雷戦隊【軽巡】〈神通〉
 第二十四駆逐隊【駆逐艦】〈涼風〉〈江風〉〈海風〉
 第三十駆逐隊【駆逐艦】〈睦月〉〈弥生〉〈望月〉〈卯月〉
別働隊【駆逐艦】〈陽炎〉〈磯風〉〈夕凪〉
輸送隊【特設巡洋艦】〈金龍丸〉【輸送船】〈ぼすとん丸〉〈大福丸〉

 海戦の結果については作中にもある通り、米空母サラトガを撃沈して日本海軍が勝利、その後、手付かずになっていたガ島飛行場は陸奥が艦砲射撃で破壊しました。
 空母戦闘では、日本側艦艇に損害はありません。史実では単独行動中の龍驤が撃沈されていますが、拙作では艦隊を組んでいますので、直掩隊と回避行動で米軍の攻撃をしのげるでしょう。千歳も史実では爆撃を受けて損傷していますが、この世界の第二次ソロモン海戦は正面切った空母戦闘になるでしょうから、アメリカ側の攻撃は第三艦隊に集中するはずです。B17からの爆撃もありますが、史実通り命中弾はなかったものと想定しています。
 さて、そうして海戦に勝利し、ガ島飛行場の破壊も果たした日本軍。これによって、史実ではその後、航空攻撃で撃沈されてしまった睦月と金龍丸が生き残り、輸送船団も無事にガダルカナルに上陸し、物資と装備もすべて上陸させることに成功するでしょう。当然、史実では空襲で損傷した神通も無事です。
 第二次ソロモン海戦の勝利によって、日本海軍はガダルカナル周辺海域の制海権・制空権を握ることになります。
 ただ、海戦のために増援部隊の輸送が遅れたことから、二十五日の奪還作戦発動は無理でしょう。
 恐らく、八月の下旬から九月の初めにかけて飛行場奪還作戦が実施されることになります。
 兵力的には日本側が不利ですが、アメリカ海兵隊は補給途絶による武器弾薬と食料の不足に悩まされているはずです。さらに日本側は艦隊を沖合に待機させ、航空攻撃と艦砲射撃による支援を行うという、史実のアメリカ軍が太平洋の島嶼を攻略する際に使ったのと同じ戦法がとれます。
 全体的に見ると陸上兵力はアメリカ軍が勝っていますが、総合的には日本側有利というところでしょう。とはいえ、絶対的な有利ともいえません。
 そのため、飛行場奪還作戦は相当に熾烈な戦いになることでしょう。最後には銃剣突撃を行う日本軍と、弾薬が欠乏してスコップなどで応戦するアメリカ海兵隊との壮絶な白兵戦が発生しそうです。そうした血みどろの戦闘の結果、最終的には九月の初めには日本が飛行場を奪回出来るでしょう。
 ただし、機械化されていない日本軍による飛行場の復旧には時間を要しますし、エスピリットゥサントのB17からの妨害もあるはずです。実際に飛行場が稼働し始めるのは、十月過ぎにはなると思われます(アメリカ軍が遺棄したブルドーザーなどを鹵獲出来れば、多少は復旧が早まるでしょうが)。
 そして、アメリカ軍の捕虜から飛行場に穴の空いた鉄板を敷き詰めるという方法を聞き出すことが出来れば、爆撃やスコールなどによる滑走路の損害を最小限に出来、その後の飛行場の稼働率は上がるはずです。
 一方、アメリカ軍はジャングル奥地へ撤退した海兵隊への補給を維持し、さらに飛行場再奪取のための増援部隊の輸送に戦力を割かなければなりませんから、当面、ガダルカナル周辺での日米の拮抗状態が続くでしょう。
 史実でもアメリカ軍は駆逐艦や潜水艦による緊急輸送を実施しましたが、この世界線ではそれがさらに大規模化するはずです。エスピリットゥサントのB17も補給物資の空輸作戦に投入され、史実ほど活発には活動出来なくなると思われます。
 このように、第二次ソロモン海戦の勝利と増援部隊の輸送成功、飛行場の奪取によって日本はアメリカに出血を強要することが出来るようになるのです。
 なお、八月二十四日から二十五日かけてヘンダーソン飛行場を破壊したことにより、史実では二十六日、ガ島上空で戦死した日本海軍のエース、笹井醇一中尉はその後も同方面で活躍し続けることになるでしょう。

  4  ニューギニア戦線に与える影響について
 さて、ここで問題となってくるのは「ジャワは天国、ビルマは地獄、生きて帰れぬニューギニア」とまで呼ばれた魔境の戦線、ニューギニアです。
第二次ソロモン海戦によって、その後のガダルカナル攻防戦を有利に進める基礎が出来た日本ですが、ニューギニア戦線への処理を誤ると、そのままこちらの方面で泥沼の消耗戦に突入することになります。
 せっかく、史実では第二次ソロモン海戦以降に発生する六十万トン近い船舶喪失を回避出来たというのに、これでは意味がありません。
 史実では、この方面を担当する第十七軍は補給の困難さから陸路でのポートモレスビー攻略に慎重でしたが、七月十二日、辻政信大本営派遣参謀がポートモレスビー攻略を「大陸命」だと偽って伝えたことにより、第十七軍はモレスビー攻略をせざるを得なくなります。この流れは、この世界線でも変えることは出来ないでしょう。
 また、ガダルカナルに上陸した米軍を過小評価したことで、陸海軍中央協定でもガ島奪還と共にモレスビー攻略が併記されています。ここも、改変される要素がないので、史実通りの協定内容になるでしょう。
 そうなると、史実との最初の分岐点は第一次ソロモン海戦、ないしは第二次ソロモン海戦となります。特に第二次ソロモン海戦に勝利したことによって、一時的にせよ、ガ島周辺での日本軍の制海権・制空権が確保された状態になったことは大きいです。
 歩兵第一四四連隊を基幹とする南海支隊(堀井富太郎少将)は陸路、モレスビーを目指し、史実でも飢えとマラリアに苦しめられながらモレスビー五十キロ手前のイオリバイワに到達します。その直後、後方のブナなどに連合軍が上陸してくるという情報に接したため、退却を開始しました。
 しかし、第二次ソロモン海戦に勝利したことにより、そうした情報がもたらされる可能性はなくなります。そうなると、一木支隊の壊滅が回避出来た反面、南海支隊は無理矢理にモレスビー突入を図り、壊滅することになるでしょう。
 そして、この敗北に対する陸軍の対応が最大の問題です。
 元々、ニューギニアは連合軍によるフィリピン攻略の足がかりとなる可能性があることから陸軍が重視していた場所でした。史実では、ガダルカナル攻防戦の最中も、第十七軍はモレスビー攻略を十二月初頭に行うと決定しています。
 とはいえ、史実と違い、モレスビーで部隊が一つ壊滅したとなると、事情は変わってきます。
 モレスビーでの敗北は、第二次ソロモン海戦で海軍が勝利した影響もあって、その後の陸軍の方針に変化をもたらすはずです。可能性としては二つ。一つは、兵力を増強してのモレスビー攻略作戦の続行、もう一つはオーエンスタンレー山脈を天然の要害として北部での持久作戦です。
 陸軍は海軍(正確には山本五十六)と違い、長期自給体制の構築に拘っていましたから、辻の横やりが入らなければ、泥沼の消耗戦を避けるはずです。つまり、ガダルカナルが確保されていてニューギニアの連合軍を孤立させることが出来るのならば、無理にモレスビー攻略をする必要はないのです。
 史実ではガダルカナルに投入された第二師団は、この世界線では損耗した一木支隊、川口支隊の代わりにガ島を維持すべき兵力として変わらずにガ島へ配備されるでしょう。米軍の空襲の危険性がないため、重装備もしっかりと揚陸出来るはずです。
一方、第三八師団は、史実と違いガ島ではなくニューギニアへ派遣されるはずです。そして、ニューギニア北部を確保する任務に当たることでしょう。
 ガダルカナル攻防戦が日本側有利に進んでいることもあり、オーストラリア側の対応も史実とは違ったものになるはずです。史実ではニューギニア戦線で活躍したオーストラリア軍ですが、本土に日本軍の脅威が迫っているとなると、この方面の兵力を引揚げる可能性があります。
 また、インド洋で日本海軍の通商破壊作戦が行われているため、この艦隊がオーストラリア西岸近海にも出没することになります。オーストラリアの危機感は史実よりも遙かに高いものとなります。
 そうなりますと、ニューギニア戦線にかかる連合軍の圧力は史実に比べて大分、低いものとなります。
 さて、このようにしてニューギニアの陸軍の問題は解決するのですが、問題は海軍単独で行ったラビ攻略作戦です。
 史実での作戦の発動は八月二十四日で、奇しくも第二次ソロモン海戦の発生したのと同日になります。
 第三艦隊が史実よりも早くソロモンに進出し、米機動部隊を待ち構えているという状況を勘案すれば、ラビ攻略作戦は、その結果を踏まえた上で行われる可能性があります。そのため、攻略作戦の発動は史実よりも遅れるはずです。恐らく、飛行場を奪還してガダルカナル攻防戦に一区切りが付いた九月中旬になると思われます。
 攻略上の問題は、ラビを守備するオーストラリア軍と日本海軍陸戦隊の兵力に四倍近い開きがあることです。
 この世界線では、陸奥のガ島砲撃成功によって、日本海軍は戦艦による艦砲射撃の威力を知ることになりました。ラビ攻略作戦では、戦力再編のために後退した第三艦隊に代わり、恐らく第三戦隊の金剛、榛名が上陸支援に当たることでしょう。また、九月六日になれば空母瑞鳳がソロモンに進出していますので、ラビを攻略する陸戦隊は金剛、榛名、瑞鳳という史実よりも強力な海上からの支援が受けられることになります。
 とはいえ、陸上兵力に四倍もの開きがあれば、ラビ攻略は最終的に失敗するでしょう。
 ガダルカナルには九月十八日、史実通りアメリカ海兵隊の増援部隊が到着することになります。当然、飛行場奪還で大勢に決着が付いたと考えていた日本側は仰天します。
 海軍は改めてガダルカナル方面に注力することになり、ラビから撤退することになるでしょう。
 一方、ラビのオーストラリア軍も、ガダルカナルの戦況が思わしくないこともあり、兵力の消耗を恐れてモレスビーへの撤退をする可能性が高いです。
 結果として、ニューギニア戦線は北部のブナやラエ、サラモアを確保する日本軍、南部はポートモレスビーを拠点とする連合軍といった形で膠着状態に陥ることになるでしょう。

  5  南太平洋海戦
 史実では第二次ソロモン海戦以降、日本海軍は駆逐艦による輸送作戦、いわゆる鼠輸送を行ってガダルカナルの兵力を維持していましたが、飛行場を奪還したこの世界線では、輸送船を用いての兵員・物資輸送が行われています。護衛を担当するのは第八艦隊や第二艦隊麾下の二水戦、四水戦です。
 一方、アメリカ側は第二次ソロモン海戦で敗北した影響で、前述の通り、駆逐艦、潜水艦による輸送作戦を史実よりも大規模に実施します。史実と完全に立場が逆転している状態です。
 アメリカが物資輸送のために潜水艦戦力をソロモン周辺に集中せざるを得なくなった影響で、他の地域で発生した米潜水艦による輸送船の損害が多少なりとも減るはずです。
 さて、この時期、サラトガを喪失し、エンタープライズが損傷して戦線離脱したアメリカ軍には、ワスプしか空母が残されていません。ミッドウェーで被雷したホーネットは、本土西海岸での修理が恐らく三ヶ月前後かかると思われるので、九月段階ではソロモン海域に姿を現せません(三ヶ月という数字は、史実で被雷したレキシントンⅡの修理期間を参考にしています)。そのワスプも、史実通り伊一九潜の雷撃で九月十六日に沈むことになります(サラトガを雷撃出来なかった伊二六が代わりに護衛空母ロングアイランドを雷撃する機会があればなお良いですが)。
 アメリカの空母がこのような状況ですから、九月中旬の第三艦隊の出撃は行われません。第三戦隊と瑞鳳がラビ攻略支援のためミルン湾へ出撃していますが、距離的に燃料消費は史実でのヘンダーソン飛行場砲撃時と同程度か、重巡部隊と隼鷹、飛鷹が動かない分、史実以下と考えられますから、トラックの燃料事情は史実よりはマシな状態です。瑞鶴以下のアリューシャン出撃が行われていない分、本土の燃料にも多少の余裕があるでしょうから、タンカーを確保してこの燃料をトラックに輸送できれば、燃料事情は史実よりも大分よくなります(一方で、飛龍、龍驤が健在なため、一度の出撃で消費する燃料は史実以上でしょうが)。
 ブカ島の飛行場は九月段階では稼働しており、史実通り十月初めにはブーゲンビル島ブインの基地も稼働を始めます。ガダルカナル飛行場も十月過ぎには何とか稼働を始めてくれるはずです。史実でも航空機輸送に活躍した大鷹、雲鷹、冲鷹は大忙しでしょう。
 これにより、アメリカ軍によるガダルカナルへの輸送はいよいよ困難となってきます。
 史実では金剛、榛名によるヘンダーソン飛行場砲撃の後、アメリカが緊急輸送作戦を行い、日本軍航空隊に捕捉されていますが、この世界線では同様な状況に常時、見舞われ続けることになるでしょう。
 十月九日、第三航空戦隊の隼鷹、飛鷹がトラックに入港し、第三艦隊の全空母がこの地に集結します。
 一方のアメリカ艦隊にも、修理のなったホーネットがようやく合流します。これで、アメリカはエンタープライズ、ホーネットという二隻の空母を得ることが出来ました。
 当然、空母戦力が回復したアメリカ軍はガ島を封鎖する日本艦隊の撃退と、孤立した海兵隊に対する武器弾薬などの輸送を目指すことになります。
 ここで、史実通りに十月二十六日、南太平洋海戦が発生します。
 日本側の参加兵力は次のようになるでしょう。

  第二艦隊  司令長官:近藤信竹中将
第三戦隊【戦艦】〈金剛〉〈榛名〉
第四戦隊【重巡】〈高雄〉〈愛宕〉
第五戦隊【重巡】〈妙高〉〈摩耶〉
第二航空戦隊【空母】〈飛龍〉〈龍驤〉
第三航空戦隊【空母】〈隼鷹〉
第二水雷戦隊【軽巡】〈神通〉
 第十五駆逐隊【駆逐艦】〈黒潮〉〈親潮〉〈早潮〉
 第二十四駆逐隊【駆逐艦】〈海風〉〈涼風〉〈江風〉
 第三十一駆逐隊【駆逐艦】〈長波〉〈巻波〉〈高波〉

  第三艦隊  司令長官:南雲忠一中将
第十一戦隊【戦艦】〈比叡〉〈霧島〉
第一航空戦隊【空母】〈翔鶴〉〈瑞鶴〉〈瑞鳳〉
第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉
第十戦隊【軽巡】〈長良〉
 第四駆逐隊【駆逐艦】〈嵐〉〈舞風〉
 第十駆逐隊【駆逐艦】〈夕雲〉〈巻雲〉〈風雲〉〈秋雲〉
 第十七駆逐隊【駆逐艦】〈浦風〉〈磯風〉〈浜風〉〈谷風〉
 第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈雪風〉〈天津風〉〈時津風〉
 第六十一駆逐隊【駆逐艦】〈秋月〉〈照月〉

 第二次ソロモン海戦で勝利した影響が、多少なりとも艦隊編成に現われています。
 ガダルカナル周辺の制空権を手にした影響で、史実では損傷した神通は相変わらず二水戦旗艦を務めていますし、同じく史実ではガダルカナル方面に派遣されていた秋月は第三艦隊に加われています。
 また、二十五日に発生した由良の沈没は、ガ島飛行場を確保している以上、発生しません(同様な理由で、第二次ソロモン海戦以降、史実では空襲で沈没した夏雲や朝霧、笹子丸など多くの艦船が健在です)。
 ただし、飛鷹の機関故障はどうしても生じてしまうでしょうから、彼女は艦隊から脱落します。
 それでも正規空母三、商船改造空母一、軽空母二という史実の倍以上の兵力を日本はこの海域に投入することに成功しました。航空兵力的な意味では、ミッドウェー海戦の第一航空艦隊に匹敵する規模でしょう。しかも、ガダルカナル飛行場が稼働している以上、ここの基地に進出した零戦隊からの上空援護を受けることも可能です(笹井醇一中尉の零戦隊に守られる空母部隊とか、ロマンです)。
 なお、この世界線では零戦がラバウルからガダルカナルまで往復しなくて済むようになった影響で、零戦の生産は二一型から三二型へと移行しています。基地航空隊にも空母部隊にも、三二型が配備されています。三二型は二一型に比べて航続距離が短いため史実のガダルカナル攻防戦では十分に活躍の場がありませんでしたが、それ以外の性能は向上しており、前線からの評価も高かったようです。
 このため、日本海軍機動部隊はミッドウェー海戦後、戦闘機を多く搭載するようになった影響と合わせて、アメリカ艦隊の直掩戦闘機隊を突破する能力が格段に上がったことになります。問題は艦艇からの対空砲火ですが、こればかりはどうしようもないです。
 さて、一方のアメリカ海軍が投入出来る艦隊兵力は、完全に史実通りです。
 海戦の結果は作中にもある通り、エンタープライズ、ホーネットが撃沈され、アメリカ海軍は太平洋上で健在な正規空母が一隻もないという状況に追い込まれます。
 ガダルカナルへの船団輸送は日本が空母決戦に気を取られている隙を突いて物資の揚陸を果たせそうですが、史実のヘンダーソン飛行場砲撃後の日本軍輸送船団と同じく、揚陸作業中に空爆を受けて中途半端な成果しか残せないと思われます。
 とはいえ、日本側の航空部隊の損害も、史実通り無視できない規模になるでしょう。「雷撃の神様」村田重治少佐は、やはり史実と同じくホーネットに突入されると思われます。
 母艦航空隊再建の重責は、もう一人の神様、この世界線では飛龍に所属している江草隆繁少佐が担うことになるでしょう。
 恐らく山口多聞少将と共に、翌四三年のインド洋作戦発動に備えて、リンガ泊地で猛訓練を実施することになると思われます。
 とにもかくにも、南太平洋海戦で日本海軍はようやく米空母の撃滅という目的を果たしたわけです(まだ大西洋にレンジャーが残っていますが)。
 こうした状況の下で、本編「鉄底海峡の砲撃戦」へと続いて行くことになると思われます。

  6  海上護衛と船舶問題
 一般的に海上護衛を軽視していたと見られている日本海軍ですが、中央の人間たちは船舶の喪失にかなり敏感であったことが史料や研究によって明らかにされています。
 さて、「鉄底海峡の砲撃戦」世界での海上護衛戦略は、史実と比べてどのような変化が考えられるのかということが問題となります。
 史実では、海上護衛を担当する海上護衛総司令部が設置されるのは一九四三年十一月です。ただし、第一海上護衛隊、第二海上護衛隊の編成は四二年四月ですから、海上交通路の保護自体はすでに始まっていたことになります。
 ただ、二つの海上護衛隊は独立した部隊ではなく、それぞれ南西方面艦隊と第四艦隊の所属でした。そのため、海上護衛は各鎮守府、各艦隊が個別に行うという状況になっていました。
 さて、当時の日本では陸軍徴用船をA船、海軍徴用船をB船、民需船舶をC船と分類していました。
 この世界線では、第一次、第二次のソロモン海戦に勝利を収めており、ガダルカナル攻防戦を有利に運んでいるので、史実よりも船舶被害は減少しています。
 とはいえ、史実において八、九月はABC船ともに後方海域での潜水艦被害が目立っていた時機でもあります。アメリカ軍がガダルカナル島への輸送のために潜水艦を他の任務から引き抜いたとしても、被害を完全にゼロにすることは出来ないでしょう。
 その後、史実のガダルカナル攻防戦は前線でのAB船の大量喪失を招くことになります。
 しかし、この世界線ではそうした事態は発生していませんので、東条首相に対する田中新一第一部長による「馬鹿野郎」発言も発生しません。
 このため、船舶の喪失に関して海軍の認識が史実と変化する可能性が生まれます。
 史実では、陸海軍ともに船舶喪失量の増大の原因を前線における敵の攻撃によるものと認識していました。実際に、ガダルカナル攻防戦が行われている時期に発生した船舶喪失は、AB船がその多くを占めていました。このため、海軍の海上護衛に対する認識は「前線での船舶喪失の防止」というものとなっていました。C船の喪失が、事前の見積もりとほぼ同じだったこともこの認識に拍車をかけたようです。
 この世界では、AB船の大量喪失はなく、C船もアメリカ軍潜水艦がガダルカナル戦線に引き抜かれた影響で史実よりも少なくなっている可能性があります(当時、東南アジア方面で通商破壊を行っていた米潜水艦の基地はオーストラリアのフリーマントルとブリスベン)。
 当然ながら、史実ではガダルカナルへの輸送に投入されて沈没した高速優秀船が全隻、生き残っています。
 とはいえ、それでもなお、船舶の絶対数は不足しています。ガダルカナルでの消耗戦がなくても、日本はその支配地域に対して輸送船の数が不足していたのです。
 また、第三次ソロモン海戦で第一戦隊が長期のドック入りを余儀なくされたことで、第一艦隊所属の第一、第三水雷戦隊が戦力的に浮くことになります。
 三水戦はそのままソロモンに留まるでしょうが、一水戦はこのままでは完全に遊兵と化してしまいます。これの有効活用を海軍としても考えざるを得ないでしょう(この世界線ではアッツ、キスカからの撤退が決まっているため、第五艦隊へ一水戦を増強する必要はなし)。
 ここに、海軍の海上護衛への認識に変化が生まれる要因があります。
 AB船の被害が史実よりも遙かに少なく、一方でC船の喪失が史実よりも少ないとはいえ、相対的に見ればAB船の喪失よりも目立つ状況にあるわけです。
 史実では、「大東亜戦争第三段作戦帝国海軍作戦計画」が裁可されたのは、四三年三月五日です。これは、新規攻略作戦を行わない守勢を旨とした作戦方針でした。
 一方で、この世界の第三段作戦はインド洋での大規模通商破壊作戦とセイロン島の攻略が予定されています。それ以外の戦線では、史実通り守勢に回るでしょう。
 第三段作戦計画を受けて四月一日には新たな艦隊編制が発令されますが、太平洋方面での守勢を目指すこの作戦計画の段階で、海上護衛総司令部が設立される可能性もあります。
 実際、研究者の中にも、この段階で海上護衛総司令部を設置すべきだったとの指摘をされる方がいます。
 もともと史実でも、各鎮守府、各艦隊からは、海域ごとに海上護衛を引き継がなければならないために不利不便を生じているという報告が多数寄せられていました。
 そのためこの世界線では、海上護衛の必要性というよりも、単純に指揮系統の統一や遊兵と化した第一水雷戦隊の有効活用という観点から、四月一日付で海上護衛総司令部が設置される可能性があると思われます。
 ただ、史実でも護衛空母として扱われた雲鷹以下の商船改造空母ですが、この世界線ではインド洋作戦が四月以降に実施される関係上、四三年前半の段階では船団護衛にはあまり投入されないと思われます。理由は、ソロモン戦線へ航空機を輸送する艦が絶対的に不足してしまうからです。
 恐らく、四三年の一月あたりまでは、瑞鳳、龍鳳、龍驤も航空機輸送に投入されるでしょうが、それ以後は次期作戦準備のために引き抜かれてしまうでしょう。
 とはいえ、この世界線では浅間丸型の三隻も空母改造が実施されるはずですから、護衛空母の数は史実よりも多くなるはずです。ただ、浅間丸は史実の海鷹(あるぜんちな丸)同様、機関を換装する必要がありますから、改装には一年近くかかるはずです。少なくとも、四三年段階で船団護衛や航空機輸送に加わることは出来ません。
 四三年四月一日付で海上護衛総司令部の編制が発令されたとすると、編成は次のようになると思われます。

  海上護衛総司令部  司令長官:及川古志郎中将
第一海上護衛隊【軽巡】〈鬼怒〉〈名取〉
 第五駆逐隊【駆逐艦】〈朝風〉〈松風〉〈春風〉〈旗風〉
 第十三駆逐隊【駆逐艦】〈若竹〉〈呉竹〉〈早苗〉
 第三十二駆逐隊【駆逐艦】〈朝顔〉〈芙蓉〉〈刈萱〉
 第三十四駆逐隊【駆逐艦】〈羽風〉〈秋風〉〈太刀風〉〈汐風〉
付属【海防艦】〈択捉〉〈佐渡〉〈松輪〉【水雷艇】〈鷺〉〈隼〉
第二海上護衛隊【軽巡】〈夕張〉
 第二十二駆逐隊【駆逐艦】〈皐月〉〈文月〉〈水無月〉〈長月〉
 第二十三駆逐隊【駆逐艦】〈三日月〉〈夕月〉〈卯月〉
 第二十九駆逐隊【駆逐艦】〈追風〉〈帆風〉〈朝凪〉〈夕凪〉
付属【海防艦】〈隠岐〉〈壱岐〉〈対馬〉

 これに、第一水雷戦隊の次の戦力が加わることになります。

第一水雷戦隊【軽巡】〈阿武隈〉
 第六駆逐隊【駆逐艦】〈雷〉〈電〉〈響〉
 第九駆逐隊【駆逐艦】〈朝雲〉〈山雲〉〈峯雲〉〈薄雲〉
第二十一駆逐隊【駆逐艦】〈初春〉〈初霜〉〈若葉〉〈薄雲〉

 第一海上護衛隊は史実通り本土~シンガポール間の護衛、第二海上護衛隊も史実通り本土~トラック間の護衛を担当します。第一水雷戦隊は、恐らく史実の第三十一戦隊(対潜水艦部隊)のような役割を果たすことになるのかもしれません。
 しかし、艦隊として海上護衛部隊を整えたとしても、肝心の装備面で不安が残ります。
 インド洋作戦が成功して日独連絡航路が打通、ドイツから高性能の水中聴音機、水中探信儀が技術供与されない限り、この世界線であっても日本の船舶が壊滅するのは時間の問題となってしまうでしょう。
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