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あら、久しぶり

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 アベルはロッシュ公爵家に手紙を出した。
 恥ずかしながらと、家出をした姉を探していると事情を打ち明け、面会を求めた。
 すぐさま、ナリス・ロッシュから承諾の返事が届き、アベルはロッシュ家の嫡男に会うことが出来た。

「お忙しい所、お時間をいただきありがとうございます」
「アンヌという女性が君の姉と同一人物かもしれないということだが・・・彼女が高位貴族の令嬢だとはとても思えないけど」
「・・・。最近ちょっと吹っ切れたみたいです。あの、会わせていただけませんか?」
「彼女に連絡を取ったのだけど、返信がないんだ。興味がないのか、会いたくないのかわからない」
「ここにいるのではないのですか?」
「ああ、うちの次男坊と別邸にいる」
「ど、どういうことですか?! まさか姉と次男の方ともしかして・・・」
「そんなんじゃないよ。うちの次男は音楽に興味を持っていてね。有望な歌い手を支援しているんだ。アンヌの歌をその歌い手に歌わせてもらえないかと頼み、別邸に住まわせている歌い手に教えてもらっているんだ」
「そんなに姉の歌は素晴らしいんですか?」
「彼女の歌というよりは、メロディと歌詞が聞いたこともない上に、素晴らしんだ。彼女も尊敬する師の歌だとか言っていたが・・・もうこの世にはいないということだから彼女が受け継いだのだろう。君の姉は家でもよく歌っていたのか?」
「・・・いえ、一度も聞いたことがありません」
「家出の原因は知らないけど、彼女は今の生活に満足しているんじゃない? まあ侯爵令嬢が行方不明ではまずいものね。はっきりさせよう。案内させるから、別邸に行くと良いよ」
「ありがとうございます!」


「姉上!」
「あら、アベル様。お久しぶりです」
 ロッシュ家の、別邸と言えども豪邸である屋敷にいたアンヌは、たしかにアンジェリーヌだった。
「・・・ふざけないでよ」
 アベル様と呼ばれたアベルはふてくされる。

「でも私はもう平民として生きていますから。ああ、返事をしないで申しわけありませんでした」
 生き生きと、満面笑顔のアンヌはそう言った。
「でも・・姉上は姉上だ。どこにも行かないと言ったじゃない」
「死なないとは言ったわ。でもこれですべて解決したでしょう。邪魔な私がいなくなったのだから家族三人水入らずで暮らせばいいじゃない。あなたが家を継ぐのだし、私も自由な生活を満喫しているわ」
「父上と母上は離婚しました。父上はずっと姉上の事を探しています。爵位継承だって決まっていません」
「そうなの? でもそんなこと今更言われてもねえ。関係ないわ」
 アンヌは両親の離婚にもあまり興味を示さなかった。

「そうだよ。アンヌは自分の意志でここにいる。どこにも行かせないよ」
 それまで黙って聞いていたロッシュ家の次男フェリクスが口を挟む。
「まあ、フェリクス様。ありがとうございます」
「当然の事だよ。アンヌは平民だと思っていたし、家族が探しているなんて知らなかったけど結構辛い目に遭っていたんだね。余計に帰る事なんかないよ」
 フェリクスがアベルに厳しい目を向ける。

「ねえ、父上は本当に後悔してる。僕も。だからもう一度一緒に暮らしたい。戻ってきてください」
「それって意味あるのかしら?」
 アンジェリーヌは諭すように、アベルに言った。
「え?」
「その御父上とかいう人は後悔してるのでしょう?」
「そうです! だから!」
「だから罪滅ぼしのつもりでこれからは大事にすると言いたいのかもしれないけど、それって自分の罪悪感を減らしたいだけよね。これで償えたって自己満足して、やってきたことをなかった事にして。そんなことされてもなかった事にはならない。なのに今の幸せを捨ててまた犠牲になれと?」
 だってアンジェリーヌは消えてしまったのだ。取り返しなんてつくわけないのだから。

「・・・そんなつもりじゃ・・・」
 アベルはそれ以上何も言えなくなった。
 父もただ詫びたい、償いたいと思っている。それに偽りはない。
 けれどそれには自分の罪を許されたい、罪悪感を減らしたいという思いも多分に入っているだろう、自分も。
 本当にアンジェリーヌのためと思うのならこのまま自由にさせてあげるのがいいのかもしれない。
 それでも。

「ごめんなさい。でも・・・僕とはずっと家族でいてくれるでしょ? 姉上と離れたくない」
「アベルはもう私から解放されていいのよ。先ほどはああいったけど、過去のことだもの。もう忘れていいの。私は今幸せなのだから。毎日有意義で楽しい時間を過ごせているわ。こんなに充実した生活を捨ててあの家に戻るなんて考えられない」
 フェリクスは嬉しそうに、アンジェリーヌの肩を抱く。
「そうだよ、僕達は歌を愛する同志だもの。色々事情がありそうだけど、アンヌは安心してここにいて」
 アンジェリーヌも嬉しそうに微笑み、本当に兄弟や親友のような仲の良さを感じる。
 アベルはとてもその姿がうらやましかった。

「姉上・・・父上には知らせないから。また会いに来てもいい?」
「私の屋敷ではないから私に権限はないし、そんな必要もないわ」
 なぜ今さら弟が自分に執着するのかわからない。
 家出直前は少し関係が良くなったとはいえ、それまで特別仲が良かったわけでもない。
 あるとすれば罪悪感。そんなものいつまで引きずっていたってお互いの為にならないのだ。

「だって・・・だって! 僕は弟だし、子分だもん!」
「もう子分は卒業したでしょ。それに私の家族は・・・」
「わかってるよ! 姉上が僕のこと家族だと思ってないって! でも僕は姉上の弟なんだ。あんなことがあって・・・今更って思われても好きなんだから! 理屈じゃないんだよ!」
 アベルはぽろぽろ泣き出した。
 アンジェリーヌは少し驚いた。アベルに好意を持たれているとは思いもしなかったから。
 償いの気持ちと罪悪感だろうと思っていたから。

「しょうがない子ねえ。あなたは次期侯爵なのよ。こんなことくらいで泣かないの」
「関係ない!」
 アンジェリーヌはハンカチで涙を拭いてやる。
「さ、もう帰りなさい。侯爵が心配されるわ」
「侯爵なんてよそよそしく言わないでよ。父上って言ってよ!」
「私も相当嫌味なこと言っている自覚はあるけど。そこそこ根に持ってるのよ。あんな家に戻ったら一生嫌味を言い続けなくちゃならないわ。だから帰る気はない」
 アンヌははっきりと宣言した。

 泣きべそのアベルに対してフェリクスは満面の笑顔だ。
「アンジェリーヌは僕にはなくてはならない人だからね。まあ、弟君だか子分だか知らないけれど、彼女はただのアンヌだ。それが理解できるのなら会いに来てもいいけれど」
「・・・わかりました。姉上、会いに来てもいい?」
「いいけど、それならもう罪悪感とか償いとかめそめそやめてくれない? また子分としてこき使ってあげるわ」
「うん! 僕なんでもするから!」
「嘘ばっかり。女装してくれなかったじゃない」
「あ、当たり前でしょ!」
 アンヌは笑いながらそのいきさつをフェリクスに話し、皆で大笑いする。

 自分の家族にはなかった楽しい時間がここにはある。
 アベルはほっとしつつ、羨ましくも寂しくも思ったのだった。
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