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地獄から・・・

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 翌日の出勤日、幽霊のような従業員が一人いた。

「ヨハン殿、調子が悪いのなら今日は帰られたらいかがですか?」
 ディックが青白く生気のないヨハンに声をかける。
「ありがとうございます、大丈夫です。お二人が案内に出ている間に、私は事務仕事をしておきますので。」
「あら、バランド様。体調がすぐれない時は無理しないでくださいね。」
 優しく心配してくれる。
「・・・はい、ありがとうございます。」

 ヨハンは、なんとか笑顔で二人を送り出した。
 二人のデートが気になって、眠れず食欲もなかったなどと知られたら、せっかく同僚として距離が縮まったのが台無しになる。
 わざわざレイノー国へエミリアに会いに来る男。しかも二人きりで観光だなんて・・・まさにデート。胸が苦しくならないわけがない。
 卒業の時、別れ際にキスをしていた侯爵令息、もしかしたらもう二人はもう何か約束しているのかもしれない。
 僕などエミリア様からすれば異国まで追いかけてくる気持ち悪い男なのかも・・・想像するだけで死んじゃいそう。
(・・・もう本当に駄目なのかも。エミリア様の迷惑にしかなっていないとしたら僕は・・・。絶対にあきらめないと思っていたけどエミリア様の幸せのためには・・・)
 エミリアとディックが出て行った後、ヨハンは大きなため息をついてうなだれた。
 
(それでも僕にできることはある。エミリア様を故郷と家族から引き離してしまった責任を・・・エミリア様の為に僕が出来ることを精一杯したい。)
 気を取り直すと数冊の本を出し、勉強を始めたのだった。


 先日、姉と叔母から手紙が届き、二人の婚約の解消は全力で阻止しているが、ヨハンの父は許すつもりがないようだと書かれていた。
 エミリア本人の事情は、二人が説明し納得したようだ。
 もともとアイラがしでかしたことでエミリアを傷つけ、家族の絆も壊したことをどう思うのかと姉と娘から責められ、ヨハンの父も反省したようだった。
 しかし、その間のフィネル子爵の対応が承知できないと縁戚関係になるのだけは拒否するときかないらしい。

 ヨハンは困ったと思いながら、そちらは正直どうでもいいと思っていた。
 このままレイノー国で、こうして働いて暮らすのなら平民と何ら変わりはない。自国の貴族の身分やしがらみなど何の関係もなくなる。
 エミリアの気持ちを自分に向ける事さえできれば、それでいい。
 たったそれだけ・・・でもそれが一番難しい。
 もうあの侯爵家の嫡男に一歩どころか二歩、三歩と差をつけられているのだ。それどころか自分はスタートラインにも立たせてもらえてない。

(・・・弱音を吐くなヨハン!自業自得なんだ、こんなことで泣いているようじゃエミリア様に振り向いてなんてもらえない!頑張れ、自分!)
 少し涙がにじむ自分を叱咤激励し、ヨハンはどんな形でもエミリアの力になれるようにと努力を続けるのだった。
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