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珠の記憶 2

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「お嬢、大丈夫ですか?」
 クロウは心配そうにしている。
「ええ、大丈夫よ。」
「辛くない?」
「心配をかけてごめんね。」

 アリエルはシャルルに珠の封印を解いてもらった。
 セドリックの記憶も学友たちの記憶も取り戻した。
 聞きたいことはたくさんあるに違いないのに、自分の事を気遣ってくれるクロウの優しさが胸に染みた。



 珠の記憶を自分の中に戻したとき、セドリックへの熱い想いが胸に蘇った。

 彼への愛しい想い、日々の幸せな記憶。
 父が亡くなった時、母が行方不明になった時、後継を外れた時、学院での辛い時。いつでもセドリックが寄り添ってくれていた。
 本当に彼の事を愛していた。大切な大切な人だった。

 そして同時に、あの時の胸の痛み、悲しみと失望も思い出した。
 思い出した記憶に、日々過ごしていた記憶が重なっていく。 


 工作員のサンドラに皆が翻弄された。
 セドリックは幸い、早く目が覚めたようだが、あの日にアリエルにかけた言葉は、彼の言葉。
『アリエル、そんな嫌味な言い方失礼だよ。それにここは僕の屋敷なのだからアリエルの許しは必要ありませんよ、サンドラ嬢。』
 二人で会おうと約束をしていたのにもかかわらず、アリエルよりもサンドラをあの時のセドリックは優先した。
 その時に壊れた信頼も愛情も傷ついた心も・・・もう元には戻らないのだとアリエルは悟った。

 それでも大切であった思いは胸にある。悲しみで涙がこぼれる。
 クロウは少し困ったような顔をしてアリエルの涙を指で拭ってくれる。
「お嬢が彼を忘れられないとしても・・・」
 アリエルは首を振った。
「違うの。彼の事は過去の事だとわかったの。確かに全てをなかった事には出来ないし、思い出すとまだ辛い。でもクロウがずっと側にいて守り、慈しんでくれたおかげで私の心は回復していたの。私は・・・クロウの側にいたい。」

 街で二人の姿を見た時も、セドリックの屋敷にサンドラがいたときも、学院で二人が抱き合っているのを見た時も、いつもクロウが側にいてくれた。
 ドラゴナ神国で衝撃の事実に混乱した時も。
 ずっと側にいて守ってくれたクロウに惹かれないわけがなかった。
 セドリックを思い出してなお、クロウへの想いが変わることはなかった。
「嬉しいです、これからもお側に。」
 クロウはアリエルの手を取ると、その手の甲に唇を寄せた。
 
 アリエルの側について十数年、ようやく叶うはずのなかったクロウの恋が叶った瞬間だった。



「感謝してくれていいんじゃぞ。」
 シャルルが恐ろしくにやにやした顔でクロウを見る。
「何がですか。」
 クロウは不機嫌そうに視線をそらし、紅茶を飲む。
「アリエルが記憶を戻したうえでお前を選んだことじゃい。ちょっとうじうじ悩んでいたんじゃろ?本当はあの男の事思ってるんじゃないかとな。」
「そ、そんなわけはありませんよ。俺はお嬢に好かれている自信がありましたから。」
 クロウの目が泳ぐ。
「よくいうわい。あの男を威圧して近寄らせなかったじゃろ。よりを戻さないか不安だったくせにのう。」
「・・・そんなことはありません。」
「アリエルの前ではいつもかっこつけておるが、こんな小心者だと知ったらアリエルもどう思うか。楽しみじゃな。」
 上機嫌のシャルルにクロウは、
「シャルル様の腹黒さをお嬢にお伝えしなければなりませんね。お嬢の愛する私を虐げる祖父。ああ、お嬢に嫌われなければいいのですが。」
 そう言い返した。
「お前、わしを脅す気か!わしのおかげでお前の憂いが晴れたのじゃろうが!」
 こうしてまた二人の師弟は仲良く喧嘩を始めるのだった。
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