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第3部 佐藤の試練
第38話 Fake & truth【偽装と真相】
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怪物は時代によって姿を変える。
ある時は巨大なドラゴン。ある時は微小なウィルス。そしてある時は目に見えない『情報』や『噂』。
それらは時に見えないものを突然出現させ、そしてまた時には見えているものを惑わす。
フライが黒い考えに取り憑かれたのは、ザンパノのねぐらを訪れたあの時だった。
物語は少しだけ時間を遡る──
▼▲▼▲▼▲
フライは最初そのカウンターの上に放置された巨大なポリ袋が動いたのかと思った。丸々としたポリ袋から腕が生え、そして足が生える。やがて蘭々と光る眼が開き、のそりと鎌首を持ち上げた時、ようやくフライは自分が誰に会いに来たのかを思い出した気がした。
──こいつが……ザンパノ。
「黒猫、名前は何だ? おまえの名を名乗れ……」
「お、俺の名はフライ……」
「フライ=飛ぶ=鳥、鳥、鳥っ!!!!」
「落ち着きなよザンパノ。どちらかといえばフライは『蝿』だ。『鳥の名前』じゃないよ」
興奮するザンパノをシースルーが少年のような声でなだめる。
「あ…………?! その、お……おれは……」
フライはそのままへたり込みそうになるのを必死で堪こらえ、足の震えを隠した。
(なんてこった…………)
あまりの驚きのため、言葉が出ない。
そうである──
フライがこの時驚いたのは目の前にいる猫があまりに巨大だったからというわけではなかった。
(落ち着きなよザンパノ。どちらかといえばフライは『蝿』だ。『鳥の名前』じゃない──)
そう言葉を発したのが目の前にいる巨大な猫の方だったからだ。
(え……? え……?)
つまり、フライが勝手にザンパノの手下だと思い込んでいたこの隣に座っている小さな猫、窓際でフライを出迎えた片目の小さなサビ猫、彼こそが──
(──ザンパノ?! こいつがザンパノなのか?!)
とにかく今は成すべきことを成さねばならないとフライは体勢を整え直し(本当のザンパノの方へ)深く息を吸い込むとザンパノに向かってこう告げた。
「俺はN区のヴァン=ブランの使いでやってきたものだ」
(──待てよ)
フライはその時頭の中でこう考えていた。
(──N区でこの事実を知っているのは今のところ俺だけに違いない。N区のボス猫ギノスだってザンパノの正体を知らなかった。猫屋敷の連中だって“ザンパノ” = “デカい”という噂を鵜呑みにしているヤツらばかりだ)
だが、その本当の姿、まさに虎の威を借りる狐こそがS区のボス『ザンパノ』の真実の姿であろうなど誰が想像できよう。
(──こいつぁ、うまくやればヴァンの隙をつけるかもしれないな……)
そんな邪念が頭をかすめた絶妙のタイミングで誘いを持ちかけてきたのがシースルーだった。
「黒猫、君は彼の弱点、もしくは彼を倒す方法を知ってるね? それと引き換えならあの公園くらいくれてやってもいいって僕らは言ってるんだよ、ねえ、ザンパノ」
フライは頷いた。頷くというよりは、目をきつく瞑ってただ首を縦にゆらゆらと動かしているだけのようにも見える。
「確かに……この方法ならヴァンを九割がた倒せる。だが倒すだけじゃダメだ。確実に、息の音を……止めてもらう。これが条件だ」
その後は知っての通りである。
猫屋敷に帰り付いてからのフライの仕事といえはザンパノを表す言葉の節々に『大きい』やら『デカい』という単語を意識して付け足すように勤めることだった。
それはもちろんヴァンに誤った思い込みを定着させるためだ。
闘いの舞台をS区でなくN区にしたのも余計な情報をヴァンの耳に入れたくなかったからに他ならない。些細なほつれからザンパノの正体がバレるようなことはしたくなかった。
『ヘンだな……』と勘ぐられはしたもののヴァンはこのからくりの根本的なところに辿り着いてはいない。
──オレを信用しきっている。もしくはオレに『裏切り』なんて大それたことなどできやしないと高をくくってやがる。
あとは勝負の初手でヴァンが勘違いをしてくれることを祈るのみであったがこればかりはまさに賭けだった。フライはザンパノに念を押した。
(いいな。ヴァンが最初に仕掛けてくるまでは決してこちらから手を出さないこと──)
案の定、ヴァンはホイホイと『シースルー』を『ザンパノ』と勘違いして飛び掛かっていった。これはあくまでヴァンの落ち度なのだからルールを破ったことにはならない。
デカい図体の割に喧嘩慣れしてないシースルーにしてはよく善戦してくれた方なのであろう。ヴァンの体力を奪えるだけ奪った後、本物のザンパノが一撃必殺をくわえる。
シースルーの予言を信じるわけではないが、ここまで脚本通りにことが運ぶと何かしら目に見えない力が働いているような気になってくるから不思議だ。
(ヴァン、俺の勝ちだ──)
──コイツがザンパノ?
ヴァンはぐらりと揺れる視界の中でフライの顔を捉えた。
『フライ……』
フライは何度も言っていた。
(どうやってあのデカいヤツと闘うつもりだ、ヴァン?──)
(いくらおまえでもあんなバカでかいヤツに勝てるとは思えんがね、ヴァン──)
どういうことだ?
『なぜだ? フライ……なぜだ?!』
喉笛に喰らいついた牙をつたってザンパノのせせら笑いか聞こえてくるようだった。
「俺は予言に打ち勝った! さらばだ『鳥の名を持つもの』よ!」
ザンパノは顎にぐっと力を込めた。
ある時は巨大なドラゴン。ある時は微小なウィルス。そしてある時は目に見えない『情報』や『噂』。
それらは時に見えないものを突然出現させ、そしてまた時には見えているものを惑わす。
フライが黒い考えに取り憑かれたのは、ザンパノのねぐらを訪れたあの時だった。
物語は少しだけ時間を遡る──
▼▲▼▲▼▲
フライは最初そのカウンターの上に放置された巨大なポリ袋が動いたのかと思った。丸々としたポリ袋から腕が生え、そして足が生える。やがて蘭々と光る眼が開き、のそりと鎌首を持ち上げた時、ようやくフライは自分が誰に会いに来たのかを思い出した気がした。
──こいつが……ザンパノ。
「黒猫、名前は何だ? おまえの名を名乗れ……」
「お、俺の名はフライ……」
「フライ=飛ぶ=鳥、鳥、鳥っ!!!!」
「落ち着きなよザンパノ。どちらかといえばフライは『蝿』だ。『鳥の名前』じゃないよ」
興奮するザンパノをシースルーが少年のような声でなだめる。
「あ…………?! その、お……おれは……」
フライはそのままへたり込みそうになるのを必死で堪こらえ、足の震えを隠した。
(なんてこった…………)
あまりの驚きのため、言葉が出ない。
そうである──
フライがこの時驚いたのは目の前にいる猫があまりに巨大だったからというわけではなかった。
(落ち着きなよザンパノ。どちらかといえばフライは『蝿』だ。『鳥の名前』じゃない──)
そう言葉を発したのが目の前にいる巨大な猫の方だったからだ。
(え……? え……?)
つまり、フライが勝手にザンパノの手下だと思い込んでいたこの隣に座っている小さな猫、窓際でフライを出迎えた片目の小さなサビ猫、彼こそが──
(──ザンパノ?! こいつがザンパノなのか?!)
とにかく今は成すべきことを成さねばならないとフライは体勢を整え直し(本当のザンパノの方へ)深く息を吸い込むとザンパノに向かってこう告げた。
「俺はN区のヴァン=ブランの使いでやってきたものだ」
(──待てよ)
フライはその時頭の中でこう考えていた。
(──N区でこの事実を知っているのは今のところ俺だけに違いない。N区のボス猫ギノスだってザンパノの正体を知らなかった。猫屋敷の連中だって“ザンパノ” = “デカい”という噂を鵜呑みにしているヤツらばかりだ)
だが、その本当の姿、まさに虎の威を借りる狐こそがS区のボス『ザンパノ』の真実の姿であろうなど誰が想像できよう。
(──こいつぁ、うまくやればヴァンの隙をつけるかもしれないな……)
そんな邪念が頭をかすめた絶妙のタイミングで誘いを持ちかけてきたのがシースルーだった。
「黒猫、君は彼の弱点、もしくは彼を倒す方法を知ってるね? それと引き換えならあの公園くらいくれてやってもいいって僕らは言ってるんだよ、ねえ、ザンパノ」
フライは頷いた。頷くというよりは、目をきつく瞑ってただ首を縦にゆらゆらと動かしているだけのようにも見える。
「確かに……この方法ならヴァンを九割がた倒せる。だが倒すだけじゃダメだ。確実に、息の音を……止めてもらう。これが条件だ」
その後は知っての通りである。
猫屋敷に帰り付いてからのフライの仕事といえはザンパノを表す言葉の節々に『大きい』やら『デカい』という単語を意識して付け足すように勤めることだった。
それはもちろんヴァンに誤った思い込みを定着させるためだ。
闘いの舞台をS区でなくN区にしたのも余計な情報をヴァンの耳に入れたくなかったからに他ならない。些細なほつれからザンパノの正体がバレるようなことはしたくなかった。
『ヘンだな……』と勘ぐられはしたもののヴァンはこのからくりの根本的なところに辿り着いてはいない。
──オレを信用しきっている。もしくはオレに『裏切り』なんて大それたことなどできやしないと高をくくってやがる。
あとは勝負の初手でヴァンが勘違いをしてくれることを祈るのみであったがこればかりはまさに賭けだった。フライはザンパノに念を押した。
(いいな。ヴァンが最初に仕掛けてくるまでは決してこちらから手を出さないこと──)
案の定、ヴァンはホイホイと『シースルー』を『ザンパノ』と勘違いして飛び掛かっていった。これはあくまでヴァンの落ち度なのだからルールを破ったことにはならない。
デカい図体の割に喧嘩慣れしてないシースルーにしてはよく善戦してくれた方なのであろう。ヴァンの体力を奪えるだけ奪った後、本物のザンパノが一撃必殺をくわえる。
シースルーの予言を信じるわけではないが、ここまで脚本通りにことが運ぶと何かしら目に見えない力が働いているような気になってくるから不思議だ。
(ヴァン、俺の勝ちだ──)
──コイツがザンパノ?
ヴァンはぐらりと揺れる視界の中でフライの顔を捉えた。
『フライ……』
フライは何度も言っていた。
(どうやってあのデカいヤツと闘うつもりだ、ヴァン?──)
(いくらおまえでもあんなバカでかいヤツに勝てるとは思えんがね、ヴァン──)
どういうことだ?
『なぜだ? フライ……なぜだ?!』
喉笛に喰らいついた牙をつたってザンパノのせせら笑いか聞こえてくるようだった。
「俺は予言に打ち勝った! さらばだ『鳥の名を持つもの』よ!」
ザンパノは顎にぐっと力を込めた。
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