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はじまり
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しおりを挟む柔らかい光と、鳥の囀り、木の葉の揺れる音、緑の香り
なんて爽やかな朝だ
やあ、おはよう
左手には鬱蒼と茂る森と、どす黒いピンク色した何かの死体。昨夜お亡くなりになった狼にような熊かな…見事に皮を剥がれている。寝起きのグロ…なかなかキく。
右手には何処までも青い湖、何て癒される青だろうか。
そして目の前には赤い鬼
眠たい目を擦りながら、一つ深呼吸、そして身体を起こし伸ばすと、黒い大きな布が身体から滑り落ちた
この黒い布…目の前の鬼が上半身素っ裸なのを見て察するに、昨日着ていた黒いマントで間違いなさそう。俺ですら少し肌寒いというのに、途轍もなく申し訳ない…
それにしても、めちゃくちゃ身体が痛い。頭も痛い、ガンガンする
昨日、酒瓶を受け取ってからの記憶がない
どうしよう。すっごい事やらかしてないといいけど
「あの、えっと、おはよう?昨夜は何が??」
「覚えてないのか?」
目の前の赤い鬼がムスッとした顔で答えた
わあい!やっぱり何かやらかしたんですね俺
でもお酒勧めたのあなたですから!どうかそこは寛大な御心でお許しくださいお願いします!
今の俺にはあなたしか頼れる人がいないんです…
「えーーっと、…とりあえず、ごめんなさい?」
「はあ???」
あれーーーー??
昨夜の事は何も覚えていないが、何かした事は間違い無さそうなので一応謝ってみた…が、どうやらお気に召さなかったらしい。どうしたものか。
この鬼に見捨てられてしまったら、俺の生存率は絶望的…と言っても過言ではない…多分
どうにかこの鬼と仲良くなって、人の居る場所まで案内して貰わなければ…こんな危険な森とは早くお別れしたい
その為にもまずは昨夜の事を思い出そう!と記憶を辿るが全くと言っていい程何も出てこない。何も思い出せない。逆にすごい
いや、諦めるな俺、とゆっくり一つずつ記憶を辿る
酒瓶を受け取って、飲んで……そうそう、消毒液!みたいなお酒!
それで、それで何かフワフワしてグルグルして気持ちよくて…気持ちよくて??
はて?さっぱり分からん
どうしたものか、と首を捻る俺を見て鬼は、ふぅと1つ息を吐いた
「…ンな考え込むこたぁねえよ。もう気にすんな」
「えっ、でも…」
「イイんだよ。…ところでお前1人こんな場所に何しに来たんだ??」
先程の俺の願いが届いたのか、寛大な御心で許してくれたみたいだ
そんな御心が広い鬼からの質問
1人で何しにきた?こんな場所?
いやいや、俺が1番聞きたい
俺なにしてんの?こんな場所で
というかそもそも、
「ココハドコ」
3回目の問い
過去2回答えは出なかったが、今回はここが何処か答えが返って来そうだ
「は?ンだよ迷子か?ココは、月堕ちの森林…の、スライム発祥の泉、スライムブルーだ。」
そう言った鬼が視線を湖…改め泉へとうつした。
ああ、やっぱり!なんとかブルーって名前付いてると思ったんだよね!すごいね俺天才!
で、なんだって?
月おち?スライム発祥?スライムブルー?だっさい名前…
え?月落ちたの?昨日、夜を照らしてたアレは月ではなかったのか?俺が見た感じ間違いなく月だと思ったんだけど…
場所を聞いたところで何も分からなかったが、とりあえず確かなのは、やっぱりここは異世界で、俺は夢の中にいる訳ではないって事は理解した。これを夢と思うにはもう、さすがに限界を感じる…
前の世界で俺は死んだのだろうか。昨夜見た走馬灯の光景が頭を過ぎる。
刃物を振りかざす人、強い痛み、絶望と恐怖、嫌だ…何も思い出したくない。やめよう。
と、脳内の映像を追い出すように軽く頭を振るが、微かに指先が震え、その部分からどんどん身体が冷えていくのを感じる
「…大丈夫か?仲間とはぐれたか?」
「えっ、いや…そう言う訳では」
「??…確かにその装備でこんな場所に来る訳ねえか」
「ええ…あの、気づいたら!気づいたらここに居て…」
俺がそう言うと、鬼はグルリと辺りを見渡して、なるほどなぁ。と呟き、ゆっくりと立ち上がり大きな身体を伸ばした。
何が?何がなるほどなのか…
「俺の名はアルド、見ての通り鬼人族だ。」
そして準備運動をするかのように順番に四肢を伸ばしてから赤い髪をかき上げ、そう名乗った
俺は急いで膝の上にあった黒いマントを抱え込みながら立ち上がり、鬼…もといアルドの前で頭を下げる
「…トウヤです。人間?です。あの、マントありがとうございます」
言葉が終わると同時にゆっくりと顔を上げ、黒いマントをアルドの方へと突き出す
改めて近く明るい場所でアルドを見ると、凄い体つきだ。これでもか!と主張してくる胸筋とバッキバキのシックスパック、その逞しい彫刻のような身体に負けず劣らずの端正な顔。
金糸雀色の少し吊り上がった眼に、悪戯気に上がる薄い唇。右目を隠す黒い布さえ似合ってしまう程の造形美
そして何よりも目を惹くのが、茹で上がった蟹の様な少し薄い赤色の髪。お腹減った…おいしそう。
いや、蟹の様な赤はちょっと失礼だったかな…薔薇の様な…いや、薔薇が似合うような雰囲気ではない、無骨で男らしいから、燃える様な赤に訂正しておこう。
「…えっと、突然、不躾で申し訳ないんですけど、お願いがあるんです…」
善は急げ
この森を抜けるなら早めに行動に移した方がいいだろう。ここから1番近い町への距離も全く分からないのだ
できるだけ早く人が居る場所で安全を確保したい、そして色々確認したい。
アルドがマントを受け取った事を確認して、もう一度しっかりと頭を下げる
どうか、どうかレベル1の俺を助けてください!
寝てる俺にマントをかけてくれたのだから、きっと優しい赤鬼さんのはずなのだ
「俺を、近くの町まで連れて行って来れませんか…!!」
「近くの町ねぇ…報酬はあるのか?」
受け取った黒いマントを無造作に身体へとかけながら、アルドが俺の瞳を覗き込んだ。
報酬かぁ…そうだよな、タダって訳にはいかないよな。どうしよう、何も考えてなかった…
やっぱりお金だよな?お金って事だよな?
「お金…なら少し?はあります…」
「あ??金には困ってねえ」
えええええ
お金じゃないの??なに?お金以外の報酬って何?労働力…とか?
何か手伝える事があれば勿論全力で手伝わせて頂くけれど
俺が出来る事って大した事ないと思うんだよな…
お金以外の報酬で、あとは、あとは…
強いて言うなら…昨夜あげたスルメやラーメンとか…どうだろうか。もしこちらの世界に無いものなら、まあ割とレア?なのでは?
「じゃあ町に着いたら、俺が出来る事なら何でもやります!それか昨日食べたやつが欲しければ差し上げます!どうですか?」
「…何でもするって?」
アルドがニヤリと笑った。
あーー、これダメなやつかも、何やらされるんだ
「俺が、出来ること!出来る事なら!何でも!」
とりあえず逃げ道を、と必死に大事な部分を強調してニヤニヤと笑うアルドに告げる
「分かった分かった、お前が出来る事でな。いいぜ、連れてってやるよ、町まで」
まるで子供を相手にでもする様に俺の頭を大きなゴツゴツした手でポンポン、と軽く叩きながらアルドは低く優しい声で、そう返事をした
やはり、優しい赤鬼さんだったみたいだ。
もしかしたら、お金に困ってないと言ったのも、俺にお金を払わせないための言い回しだったのかもしれない…
何でもする。って言ったから少しからかって来ただけで、俺に大した報酬は求めてないんじゃないかな?何だかそんな気がする
なぜなら今のところ、見た目がちょっとだけ怖いとても優しい鬼という印象だからだ。俺的には、だが
「とっとと出発しようぜ。荷物纏めろ。」
昨夜あのまま地面に置かれたままのコンロ諸々を一瞥したアルドがそう言って空を見上げた。
釣られる様に空を見ると、さっきまで青一面だった空に薄く灰色の雲が顔を覗かせはじめている
荷物を纏めようと、カセットコンロの前まで来て、ふと疑問が生まれる。
アイテムボックスに入れておけば間違いないのだが、どうやって入れるのだろうか?
ステータス画面を開いて画面に突っ込むのかな?
とりあえず、コンロの上の片手鍋を手にすると、昨夜使ったはずなのに鍋の中はピカピカだ。
もしかして…洗ってくれた?…いや、鍋の中を舐めた可能性も…と、恐る恐るアルドの方へ振り返る
「暇だったから洗っといた。美味かったよ、ごちそーさん」
振り返った俺と目が合ったアルドは、俺の手の中の鍋を見てそう言った
なんて…出来る男!顔も身体も良くて性格まで良い!男ながら惚れ惚れとする、かっこ良すぎる!
いい男だ。異世界人第一号が彼で良かった。と思いながら短くお礼を告げ、ステータス画面を開いてみる。
とりあえずアイテムボックスを開いてみるか…と画面にタッチしようとした瞬間、俺の手から片手鍋が消えた。
え??と理解が追いつかないまま、アイテムボックスをタッチすると、そこには片手鍋の文字
んんん???
もしかして自動収納的な?
発動条件は?
とりあえず、アイテムボックスに入れたいなぁ…。と思いながらコンロに触れてみる
するとあら不思議、目の前のコンロが一瞬で消えてアイテムボックスの中へ
素晴らしい…便利機能!
それなら、と緑茶のボトルやスルメのゴミなんかにも次々と触れていけば、あっという間に目の前の荷物は片付いた。
「おい…!!!」
あっという間!やったね!と達成感に浸っていると、後ろから少し怒気を孕んだようなアルドの低い声
今まで聞いていた優しい声とは全然違ったのでビックリし、恐る恐るアルドの方へ振り返る。
さっきまで吊り上がっていた口元は真一文字に結ばれ、片手は腰の剣へと添えられていた
俺をみる眼はとても鋭く、背中に冷たい汗が流れる
「お前、空間魔法が使えるのか」
とても、低い声だった。片足を静かに引いたアルドは剣を握り込み、今にも抜刀しそうだ。
「クーカン魔法…??」
恐怖で細くなった喉からどうにか声を絞り出し、アルドに問いかける。
魔法がなんだって?MPが絶望的だから、俺に魔法は使えないと思うけれども
「今、使っただろ、荷物を亜空間に収納しただろう!」
なんだって??荷物を亜空間に?
え?アイテムボックスのこと?俺のこれはスキルのはずだけど?…そうか、一応魔法になるのかな?でないと説明つかないよね、でも、
「俺のこれはスキル?なんだけど…一応」
アルドの迫力に気圧され、一歩下りながら静かに答えると、片眉を動かし何かを呟いたアルドが剣から手を離した。
「すまん、悪かった。てっきり空間魔法かと思って」
そう言ったアルドの声にもう怒気はない。
剣から離した手を挙げて、もう敵意はない事をアピールしながら、近づいてくる
目の前まできたアルドは少し屈み目線を俺の高さに合わせ、少し申し訳なさそうな顔をした。
「怖がらせたな、悪い。」
そう言って、また子供を相手にする様に俺の頭を撫でると、町に行こう。と言い落ち着かせるように頭を撫でた手で背中を摩ってくる
その手も、声もとても優しく、恐怖で緊張していた身体がゆっくりとほぐれて行った。
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