同い年のはずなのに、扱いがおかしい!

葵井しいな

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壁ドン(ただし、立ち位置は真逆であるものとする)

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 「っし、やっと着いたな」

 職員室から準備室までは結構な距離がある。
 準備室は棟の一番端っこにあたる位置にあるため、特に今回みたいに重たいものを持っているとなかなかしんどかった。
 隣を歩く天代は、割と平気そうだったが。
 なんでだ、ノートの上に胸を乗っけてたのに……。無重力なのか、あれは。いや、無乳力……。

 「カギはちゃんと開いてるね」

 もやもやしてるこっちをよそに、彼女がドアを開いた。
 中はけっこう教材やらなにやらでごちゃついており、少しほこりっぽくもあった。
 カーテンの隙間からは夕日が差し込んできていて、床をオレンジ色に染め上げている。
 こうして見ると、なかなかに幻想的な光景だ。
 
 ハッとして、俺は訊ねた。

 「ノートは机の上に置いとけばいいのか?」
 「そうだと思う。ん、しょっと」
 「重ねとくか。ほいっ」

 お互いにノートの束を置き終わり、ふうっと息をつく。
 うーんと背伸びをしてみたら、バキボキと音が鳴った。
 それがひどく心地いい。

 「ふぅ……」

 どうにか与えられた役割はこなすことが出来たぞ。ミッションクリアだ。
 あとはもう戻るだけだな。
 
 「じゃそろそろ教室行こうぜ」
 「――あ、ひーらぎくん待って」

 くるりと身を翻し、歩き出そうとした俺に天代が声をかけてくる。
 振り返れば、なんだかやけにそわそわとしていた。

 「ん、どした?」
 「…………」

 俺の声に返事することなく、彼女は横を通り過ぎていく。 
 と、立ち止まった先にあったのは入り口のドアで。
 
 「……うんっ、ここならだいじょーぶそうかな」
 
 パタンとドアを閉めながら、天代がつぶやく。
 それからくるっと振り返り、こっちに視線を合わせた。黒目がちの瞳が俺をとらえて離さない。
 なんかまじまじと見られてるんだけど……つーか近いな!

 「ひーらぎくん……」

 天代が耳朶をくすぐるような声で、俺の名前を呼んで、一歩ずつ距離を詰めてくる。
 うっかりぶつかってしまわないようにこっちも後ずさりをするが、そのやりとりを繰り返すうちに、背中に衝撃があった。
 振り返るまでもなく、壁際に追い込まれたのだと悟った。

 あれ、おかしくね? なんでこんなことになってんだ……?
 
 などと冷静でいられたのはほんの一瞬で。
 天代から漂う甘い香りに脳内はショート寸前となり、くらくらと視界が揺らぎ始める。
 心臓はさっきからバクバクしっぱなしだ。
 
 うぅ、逃げ出したい……そうだ、逃げ出せばいいじゃないか!

 俺はチラと後ろにあるドアの位置を確認する。
 しっかり閉められてはいるものの、二秒もあれば開けられるはず。
 まずはコイツの姿を振り切って……、

 駆け出そうと身を倒したとたん、俺の横顔の辺りをものすごい勢いのなにかが通り過ぎた。

 「……っ!」

 思わず息をのんだ。
 なんでってそれは、天代の手だったから。
 ほっそりとしていて透明感のある色白な腕が突き出されたのだから。

 音速に匹敵するぐらいの突き――いや、これは壁ドンだ。
 
 「……へ?」
 
 なんで俺、天代から壁ドンされてんの。
 え、普通立場逆じゃね? こういうのって男から女に対してやるもんだろ?
 いや、俺は別にやらねーけども。

 大方、逃げ出そうとしたのがバレて逃げ道を塞がれたってとこだろう。
 いつの間にか反対側にも手が置かれ、俺は囲われていた。

 視線を前に戻すと、天代の可憐な顔がある。
 オレンジ色の光を浴びているにもかかわらず、頬を染める朱色が印象的で。 
 
 視線を下に下げると、天代の胸がある。
 もう少しで俺に触れてしまいそうなほど近く、足元が見えなくなってしまうぐらい大きい。
 
 「ひーらぎくん……」

 天代が再び、俺の名前を呼んでくる。
 その声に導かれるように、小ぶりな唇に自然と目が吸い寄せられていく。
 鮮やかなピンク色であるそれは、リップかなんかを塗ってるのかツヤツヤとしている。
 触れれば絶対に気持ちいいはずだ。

 と、そこまで考えてから俺はハッとした。

 待て待て待てこの流れってもしやそういうことなのか!?
 俺っ、天代にき、キスされちゃうのか!?

 今までそんなそぶり見せなかったのに、雰囲気か? この場所の雰囲気に当てられてるのか!?
 俺のファーストキスがこんなところで奪われるのか!?

 「あ、あの、天代さん……?」
 「ひーらぎくん……」

 ヤバい、目がマジだ。
 熱っぽい瞳が、俺に向けられている。

 心臓はもう悲鳴を上げていた。
 どうしようもないほどに顔が熱くなって、口の中がからからに乾いてしまっている。
 きちんと呼吸できているかどうかすら怪しい。
 
 「あわわわわ……」

 泣きたくもないのに瞳が潤んでしまう。
 だ、誰か助けて……綾莉っ……!

 
 「――やっぱりその顔いいっ!!」

 「…………へ?」

 なんだなんだ、どうしたんだ。
 ぽかんとする俺の視線の先では、天代が瞳をキラキラさせている。
 あれ、なんか喜んでね……? 
 
 事態を飲み込めないでいる俺をよそに、彼女はうっとりとした表情を浮かべて、

 「あはっ、ひーらぎくんはいつも自信にあふれてるみたいな表情しか見せてくれなかったからさ、わたしとしては他の表情もみて見たくなったの。だから、こうして追い込んでみたら期待通り……ううんっ、期待以上の働きをしてくれた」
 
 なにを言ってるんでしょうこの人は。
 わけも分からないまま立ち尽くす俺に、追い打ちをかけるかのように天代は話し始めた。

 「わたしさ、かわいいものが好きなの」
 「ぬいぐるみとかお人形とかフリフリした服とか――あ、もちろん、かわいい顔立ちの人とかもね」
 「たとえ相手が男の子だったとしても、男らしさのカケラもない、女らしすぎないけどかわいいって顔立ちが好みなんだぁ」
 「でね? わたし、キミを入学式の時に見かけてから……雷に打たれたみたいに衝撃を受けたの。たぶん、一目惚れだったんだ……」
 「もう、ぎゅっとしたいってなった。デザインは文句なしだけど、初対面だったからさ、さすがに気が引けたけどね」

 
 「…………」

 俺はどうやら、完全な思い違いをしていたらしい。
 シチュエーションに踊らされて情けない姿を見せるまでが、コイツの手のひらの上での計画だったというわけだ。
 恥ずかしい、穴があったら入りたい……。

 「ひーらぎくん、それでね」
 「な、なんだよ!」

 フッと我に返った俺は、天代を威嚇してやる。
 未だに腕の中に囲われちゃいるが、その気になれば逃げ出せる……はずだ。
 逃げ足の速さならだれにも負けない自信がある。
 
 「わたしに貸し、あったよね?」
 「は?」

 菓子? んなもんねーよ。
 
 「貸し借りの貸しのことだよ」
 「……あ、」

 そういえば以前の授業のとき、天代に助けてもらったことがあったんだっけ。
 ただで助けてくれたのかと思いきや貸しだとか言われてたな。

 「それがどうしたよ」
 「あのときの貸しを、いま返してもらおうかなって」

 妖しく、天代の瞳が揺らぐ。
 あのとき見せた小悪魔みたいな表情を再び浮かべている。
 
 俺は内心で怯えていた。
 なぜかは知らないけどものすごくイヤな予感がしたから。

 で、その予感はどうやら的中することになりそうだ。

 「今度の休みからさ、ゴールデンウィークに入るじゃない?」
 「そ、そうだな」
 「キミ、いまのところ予定ある?」
 「……」

 フイっと目を逸らしつつ、考え込む。

 これは、ある、っていったほうがいいのだろうか?
 なんか面倒なことになりそうだし。

 「あ――」
 「ないんだね、じゃあちょうどよかった」
 「おいっ」
 
 ツッコミを入れる俺を無視して、天代が告げた。

 「ひーらぎくん、わたしとお出かけしよ」
 「えっ……!?」
 「一日だけ、わたしのおもちゃになってほしいの」

 なんで最初お出かけって言ったくせにおもちゃって言い直してんだよ。
 こちとら誘ってもらえて嬉しかったってのに、あんまりだ。
 
 「あの、こっちに断る権利は……」
 「借りを返してもらうんだから……ないよね?」
 「…………」

 ですよねー、分かってた。
 喜びと悲しみがない交ぜになったような表情をする俺をよそに、天代が語りかけてくる。

 「あ、もちろん費用はわたしが持つから。ひーらぎくんにはさ、わたしのいう通りにしてほしいの」
 「え?」
 「フリフリのスカートとか、メイド服とかきっと似合うと思うんだよね」
 「……まさか、嘘だろ……?」

 話の流れから察するにそれは、俺に女装をしろってことで。

 「冗談じゃないぞ! そんなのイヤに決まってんだろ!」
 「ふぅん、ひーらぎくんは助けてくれた恩をあだで返すような人だったんだ……」
 「ぐっ……!」
 
 卑怯だぞ! 俺の男らしさにつけこんでくるなんて!

 「わたし、キミはいい人だと思ってたのに……ぐすっ……」
 「ぐぅ……っ、わ、分かったよ! やればいいんだろやれば!」
 「ほんと!? 男に二言はナシだよ?」
 「あ、あったり前だろ」

 彼女の熱に当てられるように俺は結局頷いてしまった。
 くそぅ、なんでこんなことに。

 落ち込む俺の目の前で、天代は、

 「……いろんな表情、わたしに見せてね?」

 ひどく妖しい声で、つぶやくのだった。
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