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私の気持ち(綾莉side)
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「ちょっとやりすぎたかな……」
葵の家をあとにした私は、頭の中で自戒しながら、自宅へと戻ってきた。
すぐ家の中へ入ろうかと考えたけれど、伸ばした手が震えている。
こんな状態のままじゃ、家族に怪しまれてしまうだろう。
仕方なく、ドアに背中を預けるようにして、一息つくことに。
「はぁ、熱い……」
私の身体はどうしようもないほどに、火照っていた。
吐きだす息もなんだか熱っぽくて、葵がこんな私を見たら風邪を引いたと思ってしまうだろう。
子どもっぽく慌てたりして……?
その様子が容易に想像できて、クスッと小さく声がもれる。
「んん……」
吹きつける夜風が肌を撫でてはいくけれど、どうしようもなく高ぶった身体を落ち着かせてはくれない。
でも、心地よくはあった。
しばらく目を閉じて、流れに身を任せてみる。
「まだ、ドキドキしてる」
自分の胸元に手を当ててみると、うるさいぐらい鼓動を打っていた。
けれど嫌な感じはしない。彼に対する想いが嘘ではないということの証明になるから。
「葵は、今なにしてるのかな」
顔を上げ、隣にふいと視線を向けてみる。
二階にある彼の部屋、そこの電気はついていない。
とすると、お風呂から上がって脱衣所にいる……のかな?
ううんっ、思いっきりビンタしちゃったから、まだいじけてるかも。
『葵、あのね……私』
本当だったらあの時、想いを伝えるつもりだったのに。
想定外の事態が起きて、途中で逃げ出してきてしまった。
さすがに恥ずかしさの方が勝ってしまい、覚悟を決めたつもりだったのにバスタオル一枚では心もとなかった。
でもそれ以上に、収穫もあった。
葵の方もドキドキしてた。意識してくれてた。
そ、それに……大きくもなってたり。
「これでなにも感じてなかったのならニブチビって呼んでたかも」
身体を張ったかいがあったというものだ。
それなのに、私の心はまだまだだと叫んでる。
彼は私のことを女の子としては意識してくれてるけれど、
「……好きな人としての意識はきっと、ないんだよね」
あくまでも彼なりの優しさからくる言葉。
それは私にとっては、嬉しさよりもつらさの方が大きい。
特別じゃないから。
彼の特別にはまだ、私はなれてない。
◇
「綾莉ちゃん、少しいいかしら?」
それは二週間ほど前のこと。
自宅でいつものように宿題をこなしていたら、とうとつに葵のお母さんがやってきた。
リビングに通すなりあの人は、私にこう言った。
「突然で悪いんだけど、しばらくの間、葵の面倒みてもらえないかしら?」
「……どういうことでしょうか」
目を丸くした私に、彼女は順序だてて説明をしてくれた。
曰く、夫が単身赴任で別の地方に行かなければならず、なにも出来ない彼の代わりに自分がついていくことになったこと。
その場合、一人残される息子を今の学校に通わせておくか否か、で悩んでいたこと。
本人は時期が時期なので転校はしたくないと言っていること。
「そこで私は考えたのよ。隣に綾莉ちゃんがいるから、ダメもとでお願いしてみようかなって」
「なるほど、だいたいわかりました」
大げさに相槌を打った私だったけれど、正直チャンスだと思った。
答えは最初から決まっていたようなものだった。
「引き受けます。葵のお世話」
「ほんと? よかったわぁ」
ホッと胸をなでおろした葵のお母さんから、いくつかの条件を出された。
1、毎月の生活費は振り込んでおくから、遠慮せずきちんと使ってほしいということ。
2、学校でテスト(どんなに小さなものでも)があった際に、私のテスト結果を教えること。
3、私の学力が著しく落ちていると判断された時は、葵のお世話をしないでほしいとのこと。
「それから最後に」
そこで一度区切った彼女は、私に耳打ちをしてきた。
「(葵のことは好きにしていいわよ)」
「……っ」
「でも節度は守ってちょうだいね? 万が一にも間違いが起きちゃったとか」
「な、なりませんから!」
この時の私は誰が見ても分かるくらい顔が真っ赤だったと思う。
くすくすと意地の悪い笑い方をする葵のお母さん。
この人は、私が葵のことを好きだということを知っている。
長年お隣同士の関係だし、私と彼の付き合いを一番近くで見てきたこともあってか、私のささいな変化にも気づくようになってしまったらしい。
「でも綾莉ちゃんには同情するわぁ。ほら、あの子そういったことに鈍いでしょう?」
「そうですね、葵らしいというか」
「だから、骨が折れるかもしれないけどね、綾莉ちゃんには頑張ってほしいわ。あなたがお嫁に来てくれるんだったら私も万々歳なんだけど」
「あ、あはは……」
思わず苦笑いがもれた。
お互い気心の知れた仲だから、気を遣わずに済むといいたげな感じに聞こえたから。
それはそれとして。
「私、葵のお世話を途中で投げ出すつもりはありません。自分のこともおろそかにするつもりもありませんから」
「そうよね、綾莉ちゃんだもの。その点は、ぜんぜん心配してないわ」
だけどね、と葵のお母さんは付け足して、
「昔みたいに葵のことも頼ってあげてね」
「――っ!」
「その方がきっと、うまくやっていけると思うわ」
お世話も、そして恋も。
小さくか細い声だったけれど、それが一番私の心に響いたんだ。
◇
「このぐらいで、根を上げてなんかいられない」
寄り掛かっていたドアから身を起こし、私は呟く。
身体はもうすっかり元の調子に戻っている。
手の震えももうない。
「特別だって思ってもらえてないんだったら、そう思ってもらえるように頑張るだけよ」
葵が意識してくれるまで、私はアプローチを続けるだろう。
だって、好きだから。
彼のことがどうしようもないぐらいに、大好きなんだから。
この想いだけは誰にも負けない。
葵と最近仲良くしてるあの子にだって……。
「絶対に意識させてやるんだから、覚悟しててね」
私は彼と、自分自身に誓いを立てる。
ここからが、正念場だと思うから。
葵の家をあとにした私は、頭の中で自戒しながら、自宅へと戻ってきた。
すぐ家の中へ入ろうかと考えたけれど、伸ばした手が震えている。
こんな状態のままじゃ、家族に怪しまれてしまうだろう。
仕方なく、ドアに背中を預けるようにして、一息つくことに。
「はぁ、熱い……」
私の身体はどうしようもないほどに、火照っていた。
吐きだす息もなんだか熱っぽくて、葵がこんな私を見たら風邪を引いたと思ってしまうだろう。
子どもっぽく慌てたりして……?
その様子が容易に想像できて、クスッと小さく声がもれる。
「んん……」
吹きつける夜風が肌を撫でてはいくけれど、どうしようもなく高ぶった身体を落ち着かせてはくれない。
でも、心地よくはあった。
しばらく目を閉じて、流れに身を任せてみる。
「まだ、ドキドキしてる」
自分の胸元に手を当ててみると、うるさいぐらい鼓動を打っていた。
けれど嫌な感じはしない。彼に対する想いが嘘ではないということの証明になるから。
「葵は、今なにしてるのかな」
顔を上げ、隣にふいと視線を向けてみる。
二階にある彼の部屋、そこの電気はついていない。
とすると、お風呂から上がって脱衣所にいる……のかな?
ううんっ、思いっきりビンタしちゃったから、まだいじけてるかも。
『葵、あのね……私』
本当だったらあの時、想いを伝えるつもりだったのに。
想定外の事態が起きて、途中で逃げ出してきてしまった。
さすがに恥ずかしさの方が勝ってしまい、覚悟を決めたつもりだったのにバスタオル一枚では心もとなかった。
でもそれ以上に、収穫もあった。
葵の方もドキドキしてた。意識してくれてた。
そ、それに……大きくもなってたり。
「これでなにも感じてなかったのならニブチビって呼んでたかも」
身体を張ったかいがあったというものだ。
それなのに、私の心はまだまだだと叫んでる。
彼は私のことを女の子としては意識してくれてるけれど、
「……好きな人としての意識はきっと、ないんだよね」
あくまでも彼なりの優しさからくる言葉。
それは私にとっては、嬉しさよりもつらさの方が大きい。
特別じゃないから。
彼の特別にはまだ、私はなれてない。
◇
「綾莉ちゃん、少しいいかしら?」
それは二週間ほど前のこと。
自宅でいつものように宿題をこなしていたら、とうとつに葵のお母さんがやってきた。
リビングに通すなりあの人は、私にこう言った。
「突然で悪いんだけど、しばらくの間、葵の面倒みてもらえないかしら?」
「……どういうことでしょうか」
目を丸くした私に、彼女は順序だてて説明をしてくれた。
曰く、夫が単身赴任で別の地方に行かなければならず、なにも出来ない彼の代わりに自分がついていくことになったこと。
その場合、一人残される息子を今の学校に通わせておくか否か、で悩んでいたこと。
本人は時期が時期なので転校はしたくないと言っていること。
「そこで私は考えたのよ。隣に綾莉ちゃんがいるから、ダメもとでお願いしてみようかなって」
「なるほど、だいたいわかりました」
大げさに相槌を打った私だったけれど、正直チャンスだと思った。
答えは最初から決まっていたようなものだった。
「引き受けます。葵のお世話」
「ほんと? よかったわぁ」
ホッと胸をなでおろした葵のお母さんから、いくつかの条件を出された。
1、毎月の生活費は振り込んでおくから、遠慮せずきちんと使ってほしいということ。
2、学校でテスト(どんなに小さなものでも)があった際に、私のテスト結果を教えること。
3、私の学力が著しく落ちていると判断された時は、葵のお世話をしないでほしいとのこと。
「それから最後に」
そこで一度区切った彼女は、私に耳打ちをしてきた。
「(葵のことは好きにしていいわよ)」
「……っ」
「でも節度は守ってちょうだいね? 万が一にも間違いが起きちゃったとか」
「な、なりませんから!」
この時の私は誰が見ても分かるくらい顔が真っ赤だったと思う。
くすくすと意地の悪い笑い方をする葵のお母さん。
この人は、私が葵のことを好きだということを知っている。
長年お隣同士の関係だし、私と彼の付き合いを一番近くで見てきたこともあってか、私のささいな変化にも気づくようになってしまったらしい。
「でも綾莉ちゃんには同情するわぁ。ほら、あの子そういったことに鈍いでしょう?」
「そうですね、葵らしいというか」
「だから、骨が折れるかもしれないけどね、綾莉ちゃんには頑張ってほしいわ。あなたがお嫁に来てくれるんだったら私も万々歳なんだけど」
「あ、あはは……」
思わず苦笑いがもれた。
お互い気心の知れた仲だから、気を遣わずに済むといいたげな感じに聞こえたから。
それはそれとして。
「私、葵のお世話を途中で投げ出すつもりはありません。自分のこともおろそかにするつもりもありませんから」
「そうよね、綾莉ちゃんだもの。その点は、ぜんぜん心配してないわ」
だけどね、と葵のお母さんは付け足して、
「昔みたいに葵のことも頼ってあげてね」
「――っ!」
「その方がきっと、うまくやっていけると思うわ」
お世話も、そして恋も。
小さくか細い声だったけれど、それが一番私の心に響いたんだ。
◇
「このぐらいで、根を上げてなんかいられない」
寄り掛かっていたドアから身を起こし、私は呟く。
身体はもうすっかり元の調子に戻っている。
手の震えももうない。
「特別だって思ってもらえてないんだったら、そう思ってもらえるように頑張るだけよ」
葵が意識してくれるまで、私はアプローチを続けるだろう。
だって、好きだから。
彼のことがどうしようもないぐらいに、大好きなんだから。
この想いだけは誰にも負けない。
葵と最近仲良くしてるあの子にだって……。
「絶対に意識させてやるんだから、覚悟しててね」
私は彼と、自分自身に誓いを立てる。
ここからが、正念場だと思うから。
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