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幼馴染みと、朝のひと悶着③

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 「…………んー、やっぱ、子どもっぽいな」

 洗面台に身体を寄りかからせながら、俺はぼそりと言葉をこぼす。
 というのも、鏡に映る顔立ちは誰が見ても分かるくらい、幼さが前面に出てるのだ。
 くりくりの目元に、それ以外のパーツは小さめ。ふっくらした頬っぺたにやや丸顔気味というありさま。
 ちょっと試しに頬を膨らませてみても、眉尻を下げてみても幼いという印象がぬぐい切れないほど。

 もう察しがつくと思うが、これこそが俺の直視したくない現実その二であり、悩みの一つでもある――童顔である。
 なんでこうなってしまったのか、心当たりが全くない。
 父さんも母さんもシャープな感じの顔立ちだというのに、俺だけがこんなちんちくりんなのは……あれか? 牛乳が嫌いだからなのか? そうなのか!?

 「葵っ、そろそろ学校に……なにやってるの?」

 鏡越しに視線を移すと、ひょこっと綾莉が顔を覗かせていた。
 手には二つ、カバンが握られている。俺があまりにも遅かったから、代わりに用意してきてくれたのだろう。
 
 「あー、悪いな。準備任せちゃって。すぐ戻ろうとは思ったんだが」
 「それは別にいいんだけどさ、鏡の前で腕組みしてるのはどういうわけなの?」
 「こうすると大人っぽく見えないか!?」
 「というより、子どもが大人ぶっているように見えるけど」

 あれ、思ってた反応と違う……。もっとこう、すごーい大人っぽーい! とか言われると思ってたのに。
 ガーン……。

 「ねぇ、もしかして、落ち込んでる?」
 「そんなことない。ちょっと目にゴミが入っただけだ」

 これ以上鏡を直視していると、涙目になっていることが後ろにいる綾莉にバレそうなので、一度視線を切った。
 泣いたりしない、だって男の子だもん。
 
 「ふぅ……よしっ」

 何度か深呼吸を繰り返し、どうにか立ち直った俺は、景気づけにパチンと頬を叩いた。
 これから学校に行かないといけないのだから、こんなとこでくよくよしてるわけにもいくまい。
 辛気臭い顔を綾莉に見せてあれこれ心配かけたくもないしな。

 持ってきてもらったカバンを受け取りつつ、俺は高らかに声を上げてみせた。

 「じゃ、さっそく学校行こうぜ!」
 「――ちょっと待って」
 「ん?」

 とつぜんの待った発言に、なんだろうと振り返る。
 綾莉の方はといえば、軽く腕組みをしながら、なにかを言いたげな様子だ。
 びみょーに視線が痛い。

 「ど、どうした? 俺、なんかやらかしたか」
 「いつもの、忘れてるでしょ」
 「へ……?」
 
 いつもの? いつものってなんだっけ……?
 
 考えてもまったく答えなんか出てこない。
 ご飯は食べたし、歯磨きもしたし、制服にも着替えたし……うぅ~ん。

 ややあって視界をぐるぐるとさせる俺を見かねてか、綾莉は俺の肩に手を置きながら、目線を合わせるかのようにしゃがみこんでくる。
 至近距離にあるのは、綺麗すぎるという言葉が誇張なんかじゃないといえる女の子の顔だ。
 すべてを見通すかのような瞳には、やや赤らんだ俺の表情が映り込んでいて。

 「――っ」

 なんだか気恥ずかしさを覚えてしまい、内心の動揺を隠すかのように顔を逸らす。
 すると、少し怒ったふうな口ぶりで綾莉は言ったのだ。

 「まったくもう……身だしなみチェック、しなきゃダメでしょ」
 「……身だしなみ? あぁ、あれか」

 そこまで言われて、俺はようやく理解した。
 いつもやってる……というか、やらされてるというのが正しい気もするが。
 
 「ほら、ビシッと立ってて。ちゃんと口も開けててよ」
 「ん、あー」

 綾莉の言葉にしぶしぶといった感じで従う。
 というのもこれ、当の本人としてはめっっっちゃくちゃ恥ずかしいのだ。
 なぜかというと全身をくまなくチェックされるから。それはもう頭のてっぺんから足先まで。
 お前は俺の母親かよ……とツッコみたくなるぐらいに、徹底した審査をしてくる綾莉なのであった。
 イヤすぎて前に逃げ出したりしたときは、その日一日不機嫌になった上に、ご飯もわびしいものへと変化した……ので、ほんっとーにしぶしぶやらざるを得ないのである。

 「んー、歯磨きはきちんと出来てるみたいね。もう閉じていいよ」
 「後ろ髪が少しだけ跳ねてる……から、ブラシで整えてっと」
 「ふふ、葵ったら制服のボタン掛け違えてる。こういうとこが本当に可愛いんだから」

 「……なぁ、もういいか?」

 いい加減じっとしてるのが辛くなってきたので、やたらと気分がよさげな綾莉に声をかけてみる。
 するとひとつ頷いた彼女が、

 「そうね。あとはこれを持ってくれたらチェックは終わりよ」
 「これ、は――うげっ!」

 うっかり嫌悪感丸出しの声を上げてしまったが、それも仕方のないことだろう。
 だって、これどうみても防犯ブザーなんだからな。
 ビー! って大きな音が鳴るあの不審者撃退アイテム。

 苦々しい顔をする俺を見て、綾莉が心配そうに手を握ってくる。

 「いい? 知らない人に声をかけられたら、迷わず鳴らしてよ。葵は小さいんだから自衛の手段として持っててもらわないと」
 「いらねーよこんなのっ!!」

 俺は叫んだ。そりゃもう思いっっっきり叫んだ。
 いったいどこに防犯ブザーを持たされる高校生がいるというのか。
 あ、ここにいたわ。
 
 手のひらに乗っかったそれをつき返そうとするが、力で綾莉に勝てるはずもなく。
 ぐぐぐっとものすごい力で押し返され始めた。

 「ほら、ちゃんと持ちなさい……!」
 「だからい、いらねーんだって……!!」
 「私は! 心配なのよっ! 葵の世話を買って出た手前っ、ケガさせたなんてことになったらおじさんとおばさんにどう顔を合わせたらいいっていうの!?」
 「べ、別にそこまで面倒みなくていいんだよ! ――つーか、こういうのはな! お前が持つべきなんだよ!」
 「な、なんで私なのよ……!?」
 「お、お前は美人でいっつも人目を惹くから! 俺のいないところで危ない目に遭うのはお前の方が多いかもしれないだろっ! 守ってやれないかもしれないだろっ、だからこれは綾莉がつけてろよ! 音が聞こえたらぜっっったいに駆けつけるからっっっ!」
 「…………っ!」

 ぜぇはぁと息を切らしながらまくし立ててやると、綾莉がおもむろに口を閉ざした。
 どうやら怒らせてしまったらしく、耳まで真っ赤に染まってしまっている。
 
 う、やばいな……。
 これはしばらく口を利いてもらえなくなるかもしれない。

 口元をわななかせながら、なんて謝ろうかと考えあぐねていたら、ぼそっと声が聞こえた。

 「……やっぱり、葵は昔と変わらないね……」
 「へ? 今なんて」
 「葵のバカ! もう知らないっ」
 
 綾莉はそう吐き捨てると、防犯ブザーを握り締めながら俺の横を通り過ぎていく。
 呆然とする俺の目に映ったのは、彼女の少し嬉しそうな顔だった。
 
 ま、まぁ多分幻覚だろうけどな……。
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