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幼馴染みと、朝のひと悶着②

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 「……んふぁ?」

 気が付くと、真っ暗な中にいた。
 寝過ごして夜にでもなってしまったのかと思ったが、どうやら違うようだ。
 
 なんだか、やけに息苦しい。
 それに顔の周りは布のようなものでごわごわしてるけど、マシュマロのように柔らかくて、一定の速度で揺れている。
 耳をすませば、トクントクンとなにかの音まで聞こえてきた。
 いや、これアレだよな。感触的に……。

 なんてことを冷静に分析していると、お尻に沈むような感覚があった。
 少しして、まばゆいばかりの白色が俺の視界をおおっていく。

 「ん――っ!」
 「今度こそおはよ。あっ、ごめん眩しかった?」
 「……だいじょうぶだ、問題ない」
 「涙目で言われても説得力ないからね? まぁ、ちょうどよかったけど」

 視界がぼやけてよく見えなかったが、どうやら呆れ顔をされたらしい。
 目元をぐしぐしとこする中、綾莉はというとすっくと立ちあがり、キッチンの方へと消えていく。
 戻ってくると同時に、手にはタオルのようなものを持ってきていて。

 「じっとしてて。すぐ終わるから」

 そう言うやいなや、俺の顔を丹念に拭いていく。
 タオルは冷たすぎず熱すぎずなほどよい温度で、とても気持ちがいい。
 なんだか申し訳ないと思いつつも、されるがままだ。

 「これでよしっ、と。すぐ朝ご飯並べるから待ってて」
 「あ、なら俺も手伝うぞ!」

 立ち上がろうとすると、鼻先に指を押し付けられた。
 綾莉はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、ピンッとはじいてくる。

 「ダ~メ、あなたじゃ戸棚にある皿に手が届かないでしょ? いいから座ってなさい」
 「うぐっ」

 綾莉のやつ、人が気にしてることをピンポイントに突いてきやがって……。

 叫び出したい衝動に駆られるも、事実なので言葉を飲み込むしかない。
 しかたなく、椅子の上で体育座りをしながら待つことにした。
 下に引かれたクッションが、俺を慰めてくれている。そんな気がする……。

 「…………」

 じっとしたままでいるのも退屈なので、綾莉の方へと視線を向けてみる。

 「朝だからご飯は普通盛りかな。みそ汁は、んー、具を多めにしても……」

 制服の上からエプロンを身に着けた彼女は、慣れた様子でテキパキと動いていた。
 そのたびにセミロングの艶やかな黒髪がなびき、膝上ぐらいのプリーツスカートがはためいている。
 綾莉の肌はどこもかしこも色白で、光に当たると透けてしまいそうなほどだ。
 顔立ちだって、整ったパーツそれぞれが黄金比かと問いたくなるくらい完璧に配置され、スタイルも抜群にいい。
 なにより身長が百七十センチ以上あるというのが羨ましすぎるっ!
 
 「てか、やっぱ綺麗だよな……」

 なにげない褒め言葉が口をついて出てしまった。
 というのも彼女は、幼馴染み目線で見ても、自慢したくなるぐらい美人な女の子なのだから、しかたないと思う。
 ま、からかわれるのが面倒なのであんまり本人には言わないようにしてるけどな。

 そんな幼馴染みが、何故かいがいしく俺の世話を焼いてくれているのか?
 疑問に思った者もいるだろう。
 ん~、一言で言ってしまえば『現在、俺の両親が不在だから』なんだが。
 
 唐突に仕事の関係だとかで、父さんが別の土地へと異動することになってしまい、母さんもそれに付いていった形なのだ。
 単身赴任が半年ほど続くと言われ、は? ウソだろ、やばい一人でこのまま野垂れ死ぬのだろうか……と諦めていた時に、隣に住んでいた綾莉が手を差し伸べてくれたのだ。

 『葵はひとりじゃなにもできないんだから、二人が戻るまでの間、私が代わりにお世話するね』

 コイツ、女神かよ……と、俺は思った。
 断る理由なんかあるはずもなかったから、縋るように彼女の手を取ったのだ。

 これが二週間ほど前のことである。
 

 「――はいっ、お待たせ。冷めないうちに食べて食べて」
 
 待つことしばらくして、お盆に乗った料理が運ばれてきた。
 白米に、具材のたっぷり入ったみそ汁、焼き鮭に卵焼き、サラダなどなどバランスのいいものだ。
 湯気が鼻に当たるたびに、ぐるるるっとお腹が鳴ってしまう。
 めちゃくちゃうまそうだ。

 「いただきます」
 「ふふっ、ちゃんとあいさつできてえらいえらい」
 「おい、だからやめろってそれ……!」

 エプロンを脱いで隣に座った綾莉が、ようしゃなく頭を撫でてくる。
 子ども扱いしているであろうことは明白なので、何度か払いのける動作を挟んでから、料理に手を伸ばす。
 卵焼きをひと切れ口に含むと、柔らかい食感とほどよい甘さが広がっていった。

 「うまいな今日のも。綾莉の腕、また上がったんじゃないか?」
 「葵のために毎日作ってるからね」
 
 彼女はそう言って柔らかく微笑む。

 なんてことのないように話しているが、ただの幼馴染みでしかない俺のために日々頑張ってくれているのだ。
 レシピとにらめっこしていることを知っているし、慣れない料理で幾度となく失敗をしたことも知っている。
 それでも綾莉は努力をして、俺においしいものを食べさせてくれる。
 ありがたすぎて、ちょっと泣きそうだ。

 「どうしたの、目閉じたりして。味付けしょっぱかった?」
 「いや、そうじゃなくって。その、綾莉がいてくれて、良かったなって思ったから……」
 「…………っ」

 静まり返ったリビングに、俺の言葉が響いた。
 めちゃくちゃ気恥ずかしすぎて顔が熱くなる。
 で、でも、こういうのって言葉にしないと伝わらないもんだよな……?

 などと刷り込みのように自分に言い聞かせていると、隣で動きがあった。
 無言のまま、綾莉が立ち上がったかと思えば、俺の背後へと移動し始めたのだ。

 なんだろう? と思ったのも束の間のことで。
 後ろから、ぎゅううっ、と抱きしめられた。

 「は!? ちょ、おまっ、なにやって……!」
 「……人の気も知らないくせしてずるいことばっか言うから、これは分からせてあげなきゃいけないかなって」
 「いや、意味分かんねーし――ってか離れろよ! ご飯が食べられないだろうが!」
 「そっか。じゃあ、箸貸して。私があーんしてあげる」
 「しなくていいっ!」

 後頭部をおおう柔らかさと必死に戦いながら口論を続けること数分。
 終わりが見えそうになかったので打開案を提示すると、しぶしぶといった様子で綾莉が離れてくれた。
 ちなみにその内容がこれ。
 
 「魚の骨、全部きれいに取ったから。安心して食べていいよ」
 「……あぁ、ありがと」

 自分でも出来るんだけど、食べさせてもらうよりかはだいぶマシだと思う。
 マシだよ……な?
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