上 下
7 / 9

間一髪、そして危機一髪

しおりを挟む
「よりにもよって、あれか──」

 ぼやいてもはじまらない。
 昭襄王の寵姫が賄賂に要求した『 狐白裘こはくきゅう』は一着織るのに狐が一万匹も要るという、動物愛護団体が卒倒しそうなレア・アイテムだが、孟嘗君はその貴重な宝物を一着だけ持っていた。
 ところが──
 孟嘗君は秦に入国するさい、これを昭襄王に献上してしまっていた。招かれるほうが貢ぐなど、あべこべのようにも思われましょうが、とっておきの宝物を差し出すことで、二心のないところを示しなされ。食客の一人がそう進言して、

「忠誠の証しに家宝を献上しますから、陛下もお心変わりのなきように」

 ところがあっさり心変わりして、孟嘗君は殺されかかっている。
 それにしても、

「王から盗み出すのでなければ張り合いがありませんナ」

 かつて、そううそぶいた 馮驩ふうかんだが、まさか今をときめく大国・秦の宝物庫に忍び込む羽目になるとは、さすがに想定外だった。

「まあ、やるしかないかね」

 どうにかこうにか潜入し、お目当ての狐白裘を見つけたまではよかったが、そのあとが惨憺たる有様だった。
 あえなく見つかり逃げ回り、物陰に隠れ見つかって、矢を射かけられてまた疾り、池に飛び込み、床下に這い込み、太い梁によじ登り、ようやく肥桶を乗せた荷馬車の裏に張り付いて、

「くそ」

 まさしく這々の態で脱出したのだった。
 多少臭うアレになってしまったが、どうやら気づかれもせず、

「ステキ!」

 昭襄王の寵姫は、狐白裘を気に入ってくれた。

「というわけで、ひとつ、王様に──」
「まっかせてぇ! 王様ったらぁ、アタシの言うことなら何でもきくんだからぁ」

 というわけで、ひとまず包囲は解かれた。
 しかし昭襄王も馬鹿ではない。
 それどころか、なかなか英明なほうである。いつまでも愛人にのぼせあがってはいないだろう。
 出国を急いだ。
 まさに間一髪。
 またもや気が変わった昭襄王の追手が殺到したのは、孟嘗君が出立した直後のことだった。

「ご報告! 屋敷はもぬけの殻でございました」
「ひと足遅かったかあ」
「ただちに追撃部隊を緊急出動させまする」
「捕まえなくていいよ。追いついたら、その場で殺しちゃってね」

 昭襄王もやや小心なところはあるが、そこはやはり乱世の君主である。一旦、腹を決めたら徹底していた。
 かくして咸陽をスタートに、国境の関所・函谷関まで、追いつかれたら即死の鬼ごっこになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

楽毅 大鵬伝

松井暁彦
歴史・時代
舞台は中国戦国時代の最中。 誰よりも高い志を抱き、民衆を愛し、泰平の世の為、戦い続けた男がいる。 名は楽毅《がくき》。 祖国である、中山国を少年時代に、趙によって奪われ、 在野の士となった彼は、燕の昭王《しょうおう》と出逢い、武才を開花させる。 山東の強国、斉を圧倒的な軍略で滅亡寸前まで追い込み、 六か国合従軍の総帥として、斉を攻める楽毅。 そして、母国を守ろうと奔走する、田単《でんたん》の二人の視点から描いた英雄譚。 複雑な群像劇、中国戦国史が好きな方はぜひ! イラスト提供 祥子様

けふ、須古銀次に會ひました。

蒼乃悠生
歴史・時代
 一九四四年。戦時中。まだ特別攻撃隊があらわれる前のこと。  海軍の航空隊がある基地に、須古銀次(すこぎんじ)という男がいた。その者は、身長が高く、白髪で、白鬼と呼ばれる。  彼が個室の部屋で書類に鉛筆を走らせていると、二人の男達がやって来た——憲兵だ。  彼らはその部屋に逃げ込んだ二人組を引き渡せと言う。詳しい事情を語らない憲兵達に、須古は口を開いた。 「それは、正義な(正しい)のか」  言い返された憲兵達は部屋を後にする。  すると、机下に隠れていた、彼杵(そのぎ)と馬見(うまみ)が出てきた。だが、須古はすぐに用事があるのか、彼らに「〝目を閉じ、耳を塞ぎ、決して口を開くな〟」と言って隠れるように促す。  須古が部屋を出て行ってすぐに憲兵達は戻ってきた。 ※当作品はフィクションです。 作中の登場人物、時代、事情、全てにおいて事実とは全く関係ありません。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

戦国の子供たち

くしき 妙
歴史・時代
戦国時代武田10勇士の一人穴山梅雪に繋がる縁戚の子供がいた。 真田軍に入った子の初めての任務のお話 母の遺稿を投稿させていただいてます。

流浪の太刀

石崎楢
歴史・時代
戦国、安土桃山時代を主君を変えながら生き残った一人の侍、高師直の末裔を自称する高師影。高屋又兵衛と名を変えて晩年、油問屋の御隠居となり孫たちに昔話を語る毎日。その口から語られる戦国の世の物語です。

三日月幻話

平坂 静音
歴史・時代
ある夜、少女は夢を見る。 夢の世界で体験する奇妙な出会いと冒険。

処理中です...