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間一髪、そして危機一髪
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「よりにもよって、あれか──」
ぼやいてもはじまらない。
昭襄王の寵姫が賄賂に要求した『 狐白裘』は一着織るのに狐が一万匹も要るという、動物愛護団体が卒倒しそうなレア・アイテムだが、孟嘗君はその貴重な宝物を一着だけ持っていた。
ところが──
孟嘗君は秦に入国するさい、これを昭襄王に献上してしまっていた。招かれるほうが貢ぐなど、あべこべのようにも思われましょうが、とっておきの宝物を差し出すことで、二心のないところを示しなされ。食客の一人がそう進言して、
「忠誠の証しに家宝を献上しますから、陛下もお心変わりのなきように」
ところがあっさり心変わりして、孟嘗君は殺されかかっている。
それにしても、
「王から盗み出すのでなければ張り合いがありませんナ」
かつて、そううそぶいた 馮驩だが、まさか今をときめく大国・秦の宝物庫に忍び込む羽目になるとは、さすがに想定外だった。
「まあ、やるしかないかね」
どうにかこうにか潜入し、お目当ての狐白裘を見つけたまではよかったが、そのあとが惨憺たる有様だった。
あえなく見つかり逃げ回り、物陰に隠れ見つかって、矢を射かけられてまた疾り、池に飛び込み、床下に這い込み、太い梁によじ登り、ようやく肥桶を乗せた荷馬車の裏に張り付いて、
「くそ」
まさしく這々の態で脱出したのだった。
多少臭うアレになってしまったが、どうやら気づかれもせず、
「ステキ!」
昭襄王の寵姫は、狐白裘を気に入ってくれた。
「というわけで、ひとつ、王様に──」
「まっかせてぇ! 王様ったらぁ、アタシの言うことなら何でもきくんだからぁ」
というわけで、ひとまず包囲は解かれた。
しかし昭襄王も馬鹿ではない。
それどころか、なかなか英明なほうである。いつまでも愛人にのぼせあがってはいないだろう。
出国を急いだ。
まさに間一髪。
またもや気が変わった昭襄王の追手が殺到したのは、孟嘗君が出立した直後のことだった。
「ご報告! 屋敷はもぬけの殻でございました」
「ひと足遅かったかあ」
「ただちに追撃部隊を緊急出動させまする」
「捕まえなくていいよ。追いついたら、その場で殺しちゃってね」
昭襄王もやや小心なところはあるが、そこはやはり乱世の君主である。一旦、腹を決めたら徹底していた。
かくして咸陽をスタートに、国境の関所・函谷関まで、追いつかれたら即死の鬼ごっこになった。
ぼやいてもはじまらない。
昭襄王の寵姫が賄賂に要求した『 狐白裘』は一着織るのに狐が一万匹も要るという、動物愛護団体が卒倒しそうなレア・アイテムだが、孟嘗君はその貴重な宝物を一着だけ持っていた。
ところが──
孟嘗君は秦に入国するさい、これを昭襄王に献上してしまっていた。招かれるほうが貢ぐなど、あべこべのようにも思われましょうが、とっておきの宝物を差し出すことで、二心のないところを示しなされ。食客の一人がそう進言して、
「忠誠の証しに家宝を献上しますから、陛下もお心変わりのなきように」
ところがあっさり心変わりして、孟嘗君は殺されかかっている。
それにしても、
「王から盗み出すのでなければ張り合いがありませんナ」
かつて、そううそぶいた 馮驩だが、まさか今をときめく大国・秦の宝物庫に忍び込む羽目になるとは、さすがに想定外だった。
「まあ、やるしかないかね」
どうにかこうにか潜入し、お目当ての狐白裘を見つけたまではよかったが、そのあとが惨憺たる有様だった。
あえなく見つかり逃げ回り、物陰に隠れ見つかって、矢を射かけられてまた疾り、池に飛び込み、床下に這い込み、太い梁によじ登り、ようやく肥桶を乗せた荷馬車の裏に張り付いて、
「くそ」
まさしく這々の態で脱出したのだった。
多少臭うアレになってしまったが、どうやら気づかれもせず、
「ステキ!」
昭襄王の寵姫は、狐白裘を気に入ってくれた。
「というわけで、ひとつ、王様に──」
「まっかせてぇ! 王様ったらぁ、アタシの言うことなら何でもきくんだからぁ」
というわけで、ひとまず包囲は解かれた。
しかし昭襄王も馬鹿ではない。
それどころか、なかなか英明なほうである。いつまでも愛人にのぼせあがってはいないだろう。
出国を急いだ。
まさに間一髪。
またもや気が変わった昭襄王の追手が殺到したのは、孟嘗君が出立した直後のことだった。
「ご報告! 屋敷はもぬけの殻でございました」
「ひと足遅かったかあ」
「ただちに追撃部隊を緊急出動させまする」
「捕まえなくていいよ。追いついたら、その場で殺しちゃってね」
昭襄王もやや小心なところはあるが、そこはやはり乱世の君主である。一旦、腹を決めたら徹底していた。
かくして咸陽をスタートに、国境の関所・函谷関まで、追いつかれたら即死の鬼ごっこになった。
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