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第8話『アンドロメダの涙』 Side宗也

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 しばらくして落ち着くと、俺たちは二人で屋上に上がった。

 敷き詰められたざら目のタイルに並んで腰をおろす。
 お互い、肩と肩が触れ合う程に近づいた。

 二人だけの観測会だ。

「なあ、天乃」

 満点に広がる星空を仰いで、俺は言った。

「今度は、天乃が大人だとか子どもだとかそういうのは関係なしにしてさ。俺たち全員のちょっとした夢として、新星を探さないか」
「ちょっとした、夢?」

 不思議そうに眉をひそめ、菜摘は俺の顔を見上げてくる。

「そう気張らずに。だけど本気で取り組む。目標だよ、俺たちの。もう天乃だけの夢じゃなくするんだ。そうすれば簡単には逃げられなくなるしな」

 いいだろ、と俺は顔を覗き返してやった。

 菜摘の顔がすぐ間近にまで迫る。ほんとうに、首を僅かに下げただけで簡単に唇を奪えそうなほどだ。滑らかな髪からだろうか。ほんのりと華やかな香りがした。

 俺は彼女と一緒に夢を見たかった。
 菜摘と一緒なら、その夢の先も見れると思った。停滞していた小学生の自分から新たに歩きだすことができる、と。

 まだ落ち着ききっていない彼女の吐息が、そっと俺の顔に触れた。暖かく、甘い匂いがする。

 彼女の瞳を見つめるたびに体中が火照っていくようだ。気恥しさが心を埋め尽くしていく。

 それから、気の長くなるような、だけど短いしばらくの時間を置いて。

「……うん」

 まだ若干のためらいは見せるものの、菜摘は確かに頷いてくれた。今度は、俺の肩にもたれ掛かるようにして。

 枯れたはずの涙が再び彼女の頬を濡らす。
 俺のシャツの袖にも染み渡る。けれどそれは冷たくも、どこか温かかった。

 もうシャツはしわだらけだ。だが、まあいい。どうせ週が明けた十月の第一月曜日からは衣替えで冬の制服に変わる。問題もないし、好きなだけ濡らしてもらおう。

 俺も強く抱きしめるとまではいかないが、彼女の華奢な身体に腕を回そうとする。
 しかし急に恥ずかしくなり、腕を止めてしまった。俺は真っ赤になった顔を明後日の方向に向け、だけど絞り出すように声を出した。

「それに……俺でよかったら、これからもずっと手伝ってやるよ。つ、次の夢もまだ決めてないしな。新星を見つけたあとも、まあ、お前の新しい夢に付き合ってやらんこともない……ぞ?」

 頬を引きつらせた半笑いの顔で、俺は言っていた。

 ――ああ、何言ってんだろう俺。これじゃあまるで。

 まるで変な意味にとられてしまう発言ではないか。
 いや、それ以外にとりようがないかもしれない。

 つい場の乗りに身を任せ、口を滑らせてしまったことを後悔しかけた。両耳が熱い。鼓動は裂けそうなほどに速まっている。頭の中に靄がかかったようで何も考えられなくなった。

 くすり、という控え目な笑みが、そんな俺をさましてくれる。

「じゃあ、一生をかけて付き合ってもらおうかな」

 冷たい夜の空気を壊すような、明るく間の抜けた菜摘の声。
 彼女の言葉の意味を深く考えず、俺はただ、豪快に笑い声を吹き出していた。

「おい、どんな夢にするつもりなんだよ」
「ふふっ。それはまた、新星を見つけてから考える事にするよ」

 菜摘の口ぶりは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。

. 思わず安堵の息が漏れる。
 ああ、それでこそ菜摘だ。

 頭の中で思い描く。

 彼女の手のひらの上で踊るように俺は走り回って、美晴や智幸さんまで巻き込んで、騒がしく時間を過ごす、そんな毎日。

 いつも菜摘が上位に立っているのは不本意だがそういったのも悪くない。みんなでひとつのことを頑張って、夢を目指すのも悪くない。

 俺はそう素直に思えていた。

 ふと、頭上を流れ星が駆けていった。本当に一瞬だった。

 俺は咄嗟に願いを込める。

 夢が叶いますように。
 そして、その先もたくさんの夢を見れますように。

 視線を落とすと、菜摘も流れ星の通った空を見つめていた。

 彼女も何かを祈ったのだろう。
 俺は微笑を浮かべると、流れ星の過ぎ去った夜空をまた見上げた。

 そこには智幸さんが教えてくれたあのペルセウス座があった。カシオペヤ座のすぐ下だからきっと間違いない。だったらその右上にあるのがアンドロメダ座だろうか。

 などと考えてはみるけれど、やっぱりわからなかった。どこが星座の境界線で、ペルセウス座がどんな形をしているのかも。もっと勉強する必要がありそうだ。

 俺は、菜摘を救えたのだろうか。
 彼女のおかげで俺がまた夢を持つことができたように。

 また、星が流れた。
 もう一度、今度こそはと願いを届ける。

 あっという間に、星は彼方へと消えていた。

 ――流れ星が見えている間だけ、なんて言わずに、願いを聞いてくれよ。どうせそこらじゅうをずっと飛び回っているんだろう?

 俺はそっと菜摘の手を握った。
 冷たかったその手は、俺よりも強い力ですぐに握り返してくれる。

 すごく温かかった。
 一生、それを離したくなくなった。
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