25 / 35
第6話『小さな兆し』 Side智幸
6-2
しおりを挟む
当たり前のように朝はやってくる。
と言っても、僕が起きたのはもう昼と言ってしまってもいいような時分だ。随分と寝過ごしてしまったらしく、目を開いた途端に身体が重く感じた。
洗面所に向かい、乱れた髪を整える。歯を磨いているうちに瞼がゆっくりと持ちあがってきた。口をすすいだ時の冷たさが意識をより覚まさせてくれる。
「さて、行くか」
人前に出ても恥ずかしくない程度に身なりを整え、家を出た。
ちょうど昼くらいだった。宗也くんたちには「昼に向かう」としか連絡を入れてないので、もしかすると遅いくらいかもしれない。
白いシャツとジーンズというぱっとしない格好のまま、僕はショルダーバッグを片手に自転車を走らせた。
土曜日の昼間。
長く引きずった残暑も弱まり、それでも街角にはまだ半袖を着た人たちが目立つ。
昼間でも若い子たちの姿が見受けられるのは週末だからこその光景だ。ゲームセンターやコンビニには、派手に髪を染めた子や随分と服を着崩した子たちがたむろっている。商店街の服飾屋の軒先からは女の子の嬉々とした奇声が漏れ出していた。
だが駅から離れるにつれてその活気も無くなりだす。やがて簡素な住宅街に変わり、十分ほど走っていると、今度は田園が目の前に広がりはじめた。
次第に道にも傾斜が加わる。
蛇のようにくねらせた坂道を進んでいくと高校が見えた。
さすがに慣れたのか、それとも自転車の性能が良いのかあまり息は乱れていない。
僕は校門の脇に居た看守さんに馴染みの挨拶をすませると、自転車を駐輪所へと持っていった。
校舎を気ままに歩いていると菜摘ちゃんを見つけた。
本館から部室棟に移動すると、二階の渡り廊下に彼女は居た。窓の桟に肘をつき、どこか遠くを見つめている。
やあ、と僕が声をかけると、菜摘ちゃんの瞳だけがゆっくりと僕へ向いた。次いで顔が同じように持ち上げられる。腰ほどまで伸びる黒髪が、日差しを浴びて妖艶に揺れた。
「おはようございます」
「おはよう。もう昼だけどね」
嘲笑交じりの僕の言葉に、菜摘ちゃんは口許を僅かに緩めただけだった。瞳の先はもう、窓の外のはるか向こうへと戻ってしまっている。
「さっき美晴ちゃんに会って、みんな部室に居るって聞いてたんだけど」
つい先ほど水道の前で出会ったから、あとは宗也くんだけだ。
「部長くんは居ると思うよ」
「そうなんだ」
「はい」
菜摘ちゃんの口調もいつもより歯切れが悪く、まるで会話が続かない。すぐに沈黙が降りては気まずさが胸にあふれかえった。
あまり気分が良くないのかもしれない。
カメラが壊れたことが原因だろうか。自らの夢に、僅かながらの支障をきたしてしまってショックを受けているのだろうか。
どうにせよ、いつもと様子が違うことだけは見てとれる。
僕はゆっくりと彼女に歩み寄り、しかし数歩の距離は開けて立ち止まった。
一緒に窓の外を眺める。
彼女の視線の先と思われる場所は、遠くに見える天文部の部室の窓だった。
静かに時間が流れていった。
窓から風が微かに吹き込み、目の前に佇む少女の髪を揺らす。甘いシャンプーの香りと、窓の桟から吹き上げられた埃のざらつきが鼻孔を満たした。
廊下のはるか向こうから聴こえてくるのは、さきほどから懸命に練習を続けている吹奏楽部の不協和音たち。一つの音がやむと、また別の場所から断続的に鳴り響いている。
呆然と外を見やる菜摘ちゃんの横顔は綺麗で、日本人形のように繊細なつくりをしていた。
「蒼井さんは、部室に行かなくていいんですか?」
しばらくして、瑞々しく膨らんだ少女の唇がふいに言葉を紡いだ。
僕に目を向けるでもなく、まるで独りごとのようだったので、僕は思わず聞き逃すところだった。どうにか認識できたのは彼女に見惚れていたからかもしれない。
「もう少ししたら行くよ。急がなくても何も逃げはしないからね。きみこそ戻らないのかい?」
「わたしも、もう少ししたら」
「そっか」
「はい」
彼女の声には明らかに覇気がなかった。
普段のような達観した口ぶりも、今日は歳相応の大人しいものに感じられた。
やはりカメラのことを気にしているのだろう。もしかすると、罪悪感を抱いてしまっているのかもしれない。自分がカメラを借りるなんて言いだしたから、と。
カメラを貸し出したのも、菜摘ちゃんからの頼みがあったたからだった。
もしかすると曖昧に笑みを浮かべるしかできない今の僕の表情すら、彼女には鬼面が顔を向けているようにしか映っていないのかもしれない。
「ねえ、菜摘ちゃん」
棘の無いように、僕はできるだけ穏やかな声調で言った。
そっぽを向いていた菜摘ちゃんの顔が僅かにこちらへと振り返る。目が合うと、氷のように冷たい彼女の視線にドキリとした。
「カメラのことは残念だったけど、そう落ち込むことはないよ。聞いた話だと電源が付かないだけみたいだし。きっと記録媒体のほうは無事だろうから、いままで撮った写真は残ってると思うしね」
可能な限り彼女の沈んだ気持ちを払拭できるように、僕は矢継ぎ早に言葉を並べていった。どれか一つでもいい。菜摘ちゃんの機嫌を取り戻せるようなワードを、頭の片っ端から探した。
「それに、僕の知り合いにも写真を撮るのが趣味の人がいてね。夜の観測会をするときは、その人に一晩だけ貸してもらえばいい。そうすれば今までどおりに活動ができるよ」
並べ立てた励ましの言葉。必死に取り繕った言葉。
だけど、菜摘ちゃんの表情が晴れることはなかった。
なぜ僕はこんな風に言ってしまっているのだろう。
これでは彼女の傷をよりえぐるだけではないか。
不用意な親切は時に、人を深く傷つける。
僕は、考えもなしに気安い台詞を吐いてしまった事を後悔した。
「もし……」
菜摘ちゃんが消え入るような声で言った。
「どうしても欲しいものがあって、押し入れの整理をしていたら、それが入っている箱が見つかって。だけどもしかすると、その中身は別のものに変わっていて、見るととてつもなく後悔してしまうようなものが入っているかもしれないってわかっちゃったら――」
遠くを見ていた瞳がまたこちらへと向けられる。
今度は、彼女の華奢な身体ごと僕へと対面させていた。
「智幸さんは、どうします?」
「それは、なにかの例えかい?」
「いいえ。昨日のテレビ番組でやってた診断みたいなものです」
深い意味はないですよ、と作ったような薄い笑みを菜摘ちゃんは浮かべる。
見上げた彼女の瞳はまっすぐに僕へと据えられていた。黒くて真ん丸いつぶらな二つの眼球に、輪郭のはっきりとしない僕の顔が映った。
茶化すように答えるのは失礼だと思った。
直感的に汲み取り、僕は改めて彼女の顔を見つめた。
それは雪のように白くて、だけど簡単に汚れてしまいそうなほど儚く見えた。
彼女の指す言葉の意味はよくわからない。
何を伝えたくて、どんな言葉を欲しているのかも。
だから僕は、自分の思うままに答えた。力強く息を吐き出した。
「僕は、開けるよ。絶対にそうしなければ欲しいものが手に入らないのだったらね」
「恐く、ないんですか」
「恐くて諦めるようなら、きっと僕は初めから欲しいなんて考えないと思う。そりゃあ、途中になってからその恐さに気付いてしまう事だってあるかもしれないよ。だけど僕は、どうせならその箱を開けたいと思う。それで後悔するかどうかはまた別の話だしね」
「そう、ですか……」
「うん。なにか診断できたかな?」
菜摘ちゃんは顔を微かに俯かせ、それでもどうにか僕のことを見つめながら微笑を浮かべた。
「はい。わたしとは正反対だということがわかりました」
「どういうことだい、それは」
「褒めているんですよ」
菜摘ちゃんはくすりと頬を緩め、渡り廊下の真ん中に身体を放り出した。僕から距離をとるように、後ろ向きに足を動かす。その足下はステップを踏むかのように軽快だった。
彼女の笑みは妖艶で、つい見とれてしまいそうになる。
「ねえ、智幸さん。その記録媒体って、カメラに挿さったままなんですよね。まだデータは残っているんですよね」
「そのはずだよ。誰かが抜いていない限りはね」
「わかりました」
菜摘ちゃんはそう頷くと、僕に背を向けて部室棟とは逆の方向へと歩き出した。
「わたしは、もう少し歩いたら向かいますよ。蒼井さんは先に行っててくださいな」
背を向けたまま、だけど声を高らかに彼女は言う。
少しは機嫌を取り戻してくれたのだろうか。
一抹の不安は残しつつも、僕は黙々と歩いていく菜摘ちゃんを見送った。
また、吹奏楽部の練習する音が聞こえた。
上級生だろうか。今度は綺麗な音色も重なっていた。
廊下の窓からグラウンドを見渡せば、駆けずり回る野球部員の姿が見える。
高く薄く広がった雲に遮られ、照りつける太陽の日差しは弱まり始めている。
涼しい風が行きかう廊下を、菜摘ちゃんは歩いていった。
「ねえ、菜摘ちゃん」
小さくなった彼女の背中に、僕は思わず声をかける。菜摘ちゃんは足の先を奥に向けたまま、小首をかしげるように振り向いた。
「絶対、新星を見つけようね」
「……はい」
彼女の返事はどこかぎこちなかった。
菜摘ちゃんの背中が、どこかいつもより小さく見える。
誤魔化すように顔を背け、菜摘ちゃんは廊下の奥へと消えていった。
僕は、それをやるせない気持ちで見送った。
その時僕は、気付いてはいけない何かに気付いてしまったような気がした。
と言っても、僕が起きたのはもう昼と言ってしまってもいいような時分だ。随分と寝過ごしてしまったらしく、目を開いた途端に身体が重く感じた。
洗面所に向かい、乱れた髪を整える。歯を磨いているうちに瞼がゆっくりと持ちあがってきた。口をすすいだ時の冷たさが意識をより覚まさせてくれる。
「さて、行くか」
人前に出ても恥ずかしくない程度に身なりを整え、家を出た。
ちょうど昼くらいだった。宗也くんたちには「昼に向かう」としか連絡を入れてないので、もしかすると遅いくらいかもしれない。
白いシャツとジーンズというぱっとしない格好のまま、僕はショルダーバッグを片手に自転車を走らせた。
土曜日の昼間。
長く引きずった残暑も弱まり、それでも街角にはまだ半袖を着た人たちが目立つ。
昼間でも若い子たちの姿が見受けられるのは週末だからこその光景だ。ゲームセンターやコンビニには、派手に髪を染めた子や随分と服を着崩した子たちがたむろっている。商店街の服飾屋の軒先からは女の子の嬉々とした奇声が漏れ出していた。
だが駅から離れるにつれてその活気も無くなりだす。やがて簡素な住宅街に変わり、十分ほど走っていると、今度は田園が目の前に広がりはじめた。
次第に道にも傾斜が加わる。
蛇のようにくねらせた坂道を進んでいくと高校が見えた。
さすがに慣れたのか、それとも自転車の性能が良いのかあまり息は乱れていない。
僕は校門の脇に居た看守さんに馴染みの挨拶をすませると、自転車を駐輪所へと持っていった。
校舎を気ままに歩いていると菜摘ちゃんを見つけた。
本館から部室棟に移動すると、二階の渡り廊下に彼女は居た。窓の桟に肘をつき、どこか遠くを見つめている。
やあ、と僕が声をかけると、菜摘ちゃんの瞳だけがゆっくりと僕へ向いた。次いで顔が同じように持ち上げられる。腰ほどまで伸びる黒髪が、日差しを浴びて妖艶に揺れた。
「おはようございます」
「おはよう。もう昼だけどね」
嘲笑交じりの僕の言葉に、菜摘ちゃんは口許を僅かに緩めただけだった。瞳の先はもう、窓の外のはるか向こうへと戻ってしまっている。
「さっき美晴ちゃんに会って、みんな部室に居るって聞いてたんだけど」
つい先ほど水道の前で出会ったから、あとは宗也くんだけだ。
「部長くんは居ると思うよ」
「そうなんだ」
「はい」
菜摘ちゃんの口調もいつもより歯切れが悪く、まるで会話が続かない。すぐに沈黙が降りては気まずさが胸にあふれかえった。
あまり気分が良くないのかもしれない。
カメラが壊れたことが原因だろうか。自らの夢に、僅かながらの支障をきたしてしまってショックを受けているのだろうか。
どうにせよ、いつもと様子が違うことだけは見てとれる。
僕はゆっくりと彼女に歩み寄り、しかし数歩の距離は開けて立ち止まった。
一緒に窓の外を眺める。
彼女の視線の先と思われる場所は、遠くに見える天文部の部室の窓だった。
静かに時間が流れていった。
窓から風が微かに吹き込み、目の前に佇む少女の髪を揺らす。甘いシャンプーの香りと、窓の桟から吹き上げられた埃のざらつきが鼻孔を満たした。
廊下のはるか向こうから聴こえてくるのは、さきほどから懸命に練習を続けている吹奏楽部の不協和音たち。一つの音がやむと、また別の場所から断続的に鳴り響いている。
呆然と外を見やる菜摘ちゃんの横顔は綺麗で、日本人形のように繊細なつくりをしていた。
「蒼井さんは、部室に行かなくていいんですか?」
しばらくして、瑞々しく膨らんだ少女の唇がふいに言葉を紡いだ。
僕に目を向けるでもなく、まるで独りごとのようだったので、僕は思わず聞き逃すところだった。どうにか認識できたのは彼女に見惚れていたからかもしれない。
「もう少ししたら行くよ。急がなくても何も逃げはしないからね。きみこそ戻らないのかい?」
「わたしも、もう少ししたら」
「そっか」
「はい」
彼女の声には明らかに覇気がなかった。
普段のような達観した口ぶりも、今日は歳相応の大人しいものに感じられた。
やはりカメラのことを気にしているのだろう。もしかすると、罪悪感を抱いてしまっているのかもしれない。自分がカメラを借りるなんて言いだしたから、と。
カメラを貸し出したのも、菜摘ちゃんからの頼みがあったたからだった。
もしかすると曖昧に笑みを浮かべるしかできない今の僕の表情すら、彼女には鬼面が顔を向けているようにしか映っていないのかもしれない。
「ねえ、菜摘ちゃん」
棘の無いように、僕はできるだけ穏やかな声調で言った。
そっぽを向いていた菜摘ちゃんの顔が僅かにこちらへと振り返る。目が合うと、氷のように冷たい彼女の視線にドキリとした。
「カメラのことは残念だったけど、そう落ち込むことはないよ。聞いた話だと電源が付かないだけみたいだし。きっと記録媒体のほうは無事だろうから、いままで撮った写真は残ってると思うしね」
可能な限り彼女の沈んだ気持ちを払拭できるように、僕は矢継ぎ早に言葉を並べていった。どれか一つでもいい。菜摘ちゃんの機嫌を取り戻せるようなワードを、頭の片っ端から探した。
「それに、僕の知り合いにも写真を撮るのが趣味の人がいてね。夜の観測会をするときは、その人に一晩だけ貸してもらえばいい。そうすれば今までどおりに活動ができるよ」
並べ立てた励ましの言葉。必死に取り繕った言葉。
だけど、菜摘ちゃんの表情が晴れることはなかった。
なぜ僕はこんな風に言ってしまっているのだろう。
これでは彼女の傷をよりえぐるだけではないか。
不用意な親切は時に、人を深く傷つける。
僕は、考えもなしに気安い台詞を吐いてしまった事を後悔した。
「もし……」
菜摘ちゃんが消え入るような声で言った。
「どうしても欲しいものがあって、押し入れの整理をしていたら、それが入っている箱が見つかって。だけどもしかすると、その中身は別のものに変わっていて、見るととてつもなく後悔してしまうようなものが入っているかもしれないってわかっちゃったら――」
遠くを見ていた瞳がまたこちらへと向けられる。
今度は、彼女の華奢な身体ごと僕へと対面させていた。
「智幸さんは、どうします?」
「それは、なにかの例えかい?」
「いいえ。昨日のテレビ番組でやってた診断みたいなものです」
深い意味はないですよ、と作ったような薄い笑みを菜摘ちゃんは浮かべる。
見上げた彼女の瞳はまっすぐに僕へと据えられていた。黒くて真ん丸いつぶらな二つの眼球に、輪郭のはっきりとしない僕の顔が映った。
茶化すように答えるのは失礼だと思った。
直感的に汲み取り、僕は改めて彼女の顔を見つめた。
それは雪のように白くて、だけど簡単に汚れてしまいそうなほど儚く見えた。
彼女の指す言葉の意味はよくわからない。
何を伝えたくて、どんな言葉を欲しているのかも。
だから僕は、自分の思うままに答えた。力強く息を吐き出した。
「僕は、開けるよ。絶対にそうしなければ欲しいものが手に入らないのだったらね」
「恐く、ないんですか」
「恐くて諦めるようなら、きっと僕は初めから欲しいなんて考えないと思う。そりゃあ、途中になってからその恐さに気付いてしまう事だってあるかもしれないよ。だけど僕は、どうせならその箱を開けたいと思う。それで後悔するかどうかはまた別の話だしね」
「そう、ですか……」
「うん。なにか診断できたかな?」
菜摘ちゃんは顔を微かに俯かせ、それでもどうにか僕のことを見つめながら微笑を浮かべた。
「はい。わたしとは正反対だということがわかりました」
「どういうことだい、それは」
「褒めているんですよ」
菜摘ちゃんはくすりと頬を緩め、渡り廊下の真ん中に身体を放り出した。僕から距離をとるように、後ろ向きに足を動かす。その足下はステップを踏むかのように軽快だった。
彼女の笑みは妖艶で、つい見とれてしまいそうになる。
「ねえ、智幸さん。その記録媒体って、カメラに挿さったままなんですよね。まだデータは残っているんですよね」
「そのはずだよ。誰かが抜いていない限りはね」
「わかりました」
菜摘ちゃんはそう頷くと、僕に背を向けて部室棟とは逆の方向へと歩き出した。
「わたしは、もう少し歩いたら向かいますよ。蒼井さんは先に行っててくださいな」
背を向けたまま、だけど声を高らかに彼女は言う。
少しは機嫌を取り戻してくれたのだろうか。
一抹の不安は残しつつも、僕は黙々と歩いていく菜摘ちゃんを見送った。
また、吹奏楽部の練習する音が聞こえた。
上級生だろうか。今度は綺麗な音色も重なっていた。
廊下の窓からグラウンドを見渡せば、駆けずり回る野球部員の姿が見える。
高く薄く広がった雲に遮られ、照りつける太陽の日差しは弱まり始めている。
涼しい風が行きかう廊下を、菜摘ちゃんは歩いていった。
「ねえ、菜摘ちゃん」
小さくなった彼女の背中に、僕は思わず声をかける。菜摘ちゃんは足の先を奥に向けたまま、小首をかしげるように振り向いた。
「絶対、新星を見つけようね」
「……はい」
彼女の返事はどこかぎこちなかった。
菜摘ちゃんの背中が、どこかいつもより小さく見える。
誤魔化すように顔を背け、菜摘ちゃんは廊下の奥へと消えていった。
僕は、それをやるせない気持ちで見送った。
その時僕は、気付いてはいけない何かに気付いてしまったような気がした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ターゲットは旦那様
ガイア
ライト文芸
プロの殺し屋の千草は、ターゲットの男を殺しに岐阜に向かった。
岐阜に住んでいる母親には、ちゃんとした会社で働いていると嘘をついていたが、その母親が最近病院で仲良くなった人の息子とお見合いをしてほしいという。
そのお見合い相手がまさかのターゲット。千草はターゲットの懐に入り込むためにお見合いを承諾するが、ターゲットの男はどうやらかなりの変わり者っぽくて……?
「母ちゃんを安心させるために結婚するフリしくれ」
なんでターゲットと同棲しないといけないのよ……。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる