7 / 35
第2話『アマチュア天文ライター』 Side智幸
2-3
しおりを挟む
記事の題名は『未だ見ぬ星を求め、若者は空を見上げる』というものに決まった。
数十もの案を出して一番まともそうだったのがこれだった。自分のセンスの無さに涙が出る。キャッチコピーについて勉強したこともあったが、無駄な体言止めを多用してダサくしてしまう癖がある自分には才能がないのだとよくわかり、諦めた。
二日目になった今日は、荷物が多い事もあって自転車で学校へ訪れた。とはいえ坂道を登りきることはできず、結局は押して歩いて来たのだが。
ちょうど授業が終わったころ合いを見計らってやって来たためか、下校する学生の集団と何度もすれ違った。
ああ、こういう時期もあったな。などと懐かしみながらも、自転車を職員用の駐輪場に停めさせてもらい、部室棟へと向かう。
天文部の部室の扉を開くと、昨日とまったく同じような光景がそこにはあった。
「あれ、美晴ちゃん一人かい」
「あ、蒼井さん。こんにちは」
顔を出すと同時に美晴ちゃんと目が合ったので、軽く挨拶。美晴ちゃんの頭が下がり、ボリュームのあるセミロングの髪が元気良く踊った。
それからざっと部屋を見渡してみたが、他の二人の姿は見えなかった。
「野原くんと天乃さんは職員室に行ってます。屋上の使用許可をもらえないか訊きに行ってるみたいです」
なるほど。
僕は背負ったショルダーバッグを床に置き、置かれていたパイプ椅子に腰を下ろした。きりきりと軋む音が聞こえ、僅かに尻の位置が下がる。学校に常備されているパイプ椅子というものはどうも今すぐ壊れそうな気がしてならない。
まだしばらくは戻ってきそうにないとのことなので、僕はゆったりと一息つき、そしてバッグの中からメモ帳とペンを取り出した。
「じゃあ美晴ちゃん。とりあえず、記事の取材とかさせてもらっていいかな」
恩師や後輩の頼みともなれば無償でレクチャーすることだって構わない。だが、どうせなら、と思ってしまうのは仕方のない事だろう。
それほど迷惑がかかることでもないと思うし。ギブアンドテイクというやつだ。
美晴ちゃんは恥ずかしそうに頬を染めて顔を俯かせながらも、大人しく正面の席についてくれた。
ひとまず記事にしやすいように、彼女たちのことから訊いてまわることにした。
ライターとして僕はまったくの初心者だ。どんな質問をすればいいかなど何も心得てはいない。極力踏み込んで、しかし気分を害すことがないように気をつけながら、僕は次々と話を切り出していった。
「きみはどうして天文部に?」
家族構成やらを尋ねた後、前々から用意していた質問を僕は切り出した。前回、成り行きで加わったという話が気になったからだ。
美晴ちゃんはどこか不器用にぎくしゃくした言葉遣いで事のあらましを語ってくれた。他の二人が倉庫整理していたところに遭遇したというところから始まって、正式に部員になったのはほんの一昨日のことなのだという。
美晴ちゃんがすべてを言い終えるのに五分ほどは費やされていた。
「つまり。いろいろと手伝っていたらいつの間にか仲間に加わっていた、と」
「は、はい。知らない間にあたしの名前が書かれた入部届けも用意されてました。天乃さんが、人員は一人でも多いほうが良い、って胸を張って言うもので」
「随分と強引だったんだねえ」
高校生活というものは青春だ。とても大切な、甘いひと時だ。それを他人の好き勝手にされてはあまり気分がいいものではないだろう。
僕としても、あまり乗り気じゃないような子と一緒に時間を過ごすのはイヤだった。記事にもしづらいし、空気も気まずくなりかねない。
しかし美晴ちゃんは、僕のくだらない杞憂を否定するように言った。
「あ、いえ。別にイヤってわけじゃないですよ。楽しいです。……えっと。野原くんも、居ますし」
終わりに近づくにつれて声はしぼんでいき、最後のほうはもはや聞き取ることすら難しいほどだった。
メモを取っていた僕が顔を上げると、その反動のように美晴ちゃんは俯いてしまった。少し癖のある前髪が垂れ彼女の表情を隠す。膝の上におかれた小さな両手は落ち着き無く指を絡まし、小麦色だった少女の小さな耳は心なしか淡いピンク色に染まっていた。
「もしかしてきみ、宗也くんに――」
「な、なんですかっ、いきなり!」
咄嗟に美晴ちゃんは伏せていた顔を持ち上げ、僕の声を掻き消すかのように叫んだ。明らかに狼狽し、顔はすっかり紅潮しきっている。
そこまで取り乱されると僕としても反応しづらい。
「いや、美晴ちゃん……宗也くんに」
「せせせせせ、セクハラですよ!」
「あ、いや!そんなつもりは……え、セクハラ?」
椅子に尻はつけたまま、身を乗り出すようにして美晴ちゃんは叫んでいた。
相当に気恥ずかしいようだ。
なるほど、と僕は小さな文字でメモを取った。
――美晴ちゃんは宗也くんのことが好き、と。
まず間違いはないだろう。
上気してしまった顔をわたわたと振るわせる美晴ちゃんの仕草は、小動物のように可愛らしかった。
「宗也くんってどんな子なの?」
最後に、僕はそんなことを訊いていた。
深い意味はない。単なる興味本位だ。美晴ちゃんが好きになった少年とはどんな子なのだろう、と。まだ彼とはまったく話していないため、なおさらだ。
すると、美晴ちゃんは驚くほど瞬時に冷静さを取り戻し、
「なんでも一生懸命に取り組む、とっても強い人です」
どこか胸を張るようにしてそう言った。
数十もの案を出して一番まともそうだったのがこれだった。自分のセンスの無さに涙が出る。キャッチコピーについて勉強したこともあったが、無駄な体言止めを多用してダサくしてしまう癖がある自分には才能がないのだとよくわかり、諦めた。
二日目になった今日は、荷物が多い事もあって自転車で学校へ訪れた。とはいえ坂道を登りきることはできず、結局は押して歩いて来たのだが。
ちょうど授業が終わったころ合いを見計らってやって来たためか、下校する学生の集団と何度もすれ違った。
ああ、こういう時期もあったな。などと懐かしみながらも、自転車を職員用の駐輪場に停めさせてもらい、部室棟へと向かう。
天文部の部室の扉を開くと、昨日とまったく同じような光景がそこにはあった。
「あれ、美晴ちゃん一人かい」
「あ、蒼井さん。こんにちは」
顔を出すと同時に美晴ちゃんと目が合ったので、軽く挨拶。美晴ちゃんの頭が下がり、ボリュームのあるセミロングの髪が元気良く踊った。
それからざっと部屋を見渡してみたが、他の二人の姿は見えなかった。
「野原くんと天乃さんは職員室に行ってます。屋上の使用許可をもらえないか訊きに行ってるみたいです」
なるほど。
僕は背負ったショルダーバッグを床に置き、置かれていたパイプ椅子に腰を下ろした。きりきりと軋む音が聞こえ、僅かに尻の位置が下がる。学校に常備されているパイプ椅子というものはどうも今すぐ壊れそうな気がしてならない。
まだしばらくは戻ってきそうにないとのことなので、僕はゆったりと一息つき、そしてバッグの中からメモ帳とペンを取り出した。
「じゃあ美晴ちゃん。とりあえず、記事の取材とかさせてもらっていいかな」
恩師や後輩の頼みともなれば無償でレクチャーすることだって構わない。だが、どうせなら、と思ってしまうのは仕方のない事だろう。
それほど迷惑がかかることでもないと思うし。ギブアンドテイクというやつだ。
美晴ちゃんは恥ずかしそうに頬を染めて顔を俯かせながらも、大人しく正面の席についてくれた。
ひとまず記事にしやすいように、彼女たちのことから訊いてまわることにした。
ライターとして僕はまったくの初心者だ。どんな質問をすればいいかなど何も心得てはいない。極力踏み込んで、しかし気分を害すことがないように気をつけながら、僕は次々と話を切り出していった。
「きみはどうして天文部に?」
家族構成やらを尋ねた後、前々から用意していた質問を僕は切り出した。前回、成り行きで加わったという話が気になったからだ。
美晴ちゃんはどこか不器用にぎくしゃくした言葉遣いで事のあらましを語ってくれた。他の二人が倉庫整理していたところに遭遇したというところから始まって、正式に部員になったのはほんの一昨日のことなのだという。
美晴ちゃんがすべてを言い終えるのに五分ほどは費やされていた。
「つまり。いろいろと手伝っていたらいつの間にか仲間に加わっていた、と」
「は、はい。知らない間にあたしの名前が書かれた入部届けも用意されてました。天乃さんが、人員は一人でも多いほうが良い、って胸を張って言うもので」
「随分と強引だったんだねえ」
高校生活というものは青春だ。とても大切な、甘いひと時だ。それを他人の好き勝手にされてはあまり気分がいいものではないだろう。
僕としても、あまり乗り気じゃないような子と一緒に時間を過ごすのはイヤだった。記事にもしづらいし、空気も気まずくなりかねない。
しかし美晴ちゃんは、僕のくだらない杞憂を否定するように言った。
「あ、いえ。別にイヤってわけじゃないですよ。楽しいです。……えっと。野原くんも、居ますし」
終わりに近づくにつれて声はしぼんでいき、最後のほうはもはや聞き取ることすら難しいほどだった。
メモを取っていた僕が顔を上げると、その反動のように美晴ちゃんは俯いてしまった。少し癖のある前髪が垂れ彼女の表情を隠す。膝の上におかれた小さな両手は落ち着き無く指を絡まし、小麦色だった少女の小さな耳は心なしか淡いピンク色に染まっていた。
「もしかしてきみ、宗也くんに――」
「な、なんですかっ、いきなり!」
咄嗟に美晴ちゃんは伏せていた顔を持ち上げ、僕の声を掻き消すかのように叫んだ。明らかに狼狽し、顔はすっかり紅潮しきっている。
そこまで取り乱されると僕としても反応しづらい。
「いや、美晴ちゃん……宗也くんに」
「せせせせせ、セクハラですよ!」
「あ、いや!そんなつもりは……え、セクハラ?」
椅子に尻はつけたまま、身を乗り出すようにして美晴ちゃんは叫んでいた。
相当に気恥ずかしいようだ。
なるほど、と僕は小さな文字でメモを取った。
――美晴ちゃんは宗也くんのことが好き、と。
まず間違いはないだろう。
上気してしまった顔をわたわたと振るわせる美晴ちゃんの仕草は、小動物のように可愛らしかった。
「宗也くんってどんな子なの?」
最後に、僕はそんなことを訊いていた。
深い意味はない。単なる興味本位だ。美晴ちゃんが好きになった少年とはどんな子なのだろう、と。まだ彼とはまったく話していないため、なおさらだ。
すると、美晴ちゃんは驚くほど瞬時に冷静さを取り戻し、
「なんでも一生懸命に取り組む、とっても強い人です」
どこか胸を張るようにしてそう言った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ターゲットは旦那様
ガイア
ライト文芸
プロの殺し屋の千草は、ターゲットの男を殺しに岐阜に向かった。
岐阜に住んでいる母親には、ちゃんとした会社で働いていると嘘をついていたが、その母親が最近病院で仲良くなった人の息子とお見合いをしてほしいという。
そのお見合い相手がまさかのターゲット。千草はターゲットの懐に入り込むためにお見合いを承諾するが、ターゲットの男はどうやらかなりの変わり者っぽくて……?
「母ちゃんを安心させるために結婚するフリしくれ」
なんでターゲットと同棲しないといけないのよ……。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる