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第2話『アマチュア天文ライター』 Side智幸
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しばらくして、二人の生徒が部室に顔を出した。
一人は、背丈も標準的で特筆するところもないような普通の男子生徒だ。そしてもう一人は、長い黒髪が印象的な手足のほっそりとした長身の女子生徒だった。
僕達は簡単に自己紹介をしあった。
男子生徒は野原宗也。女子生徒のほうは天乃菜摘というらしい。
二人とも、美晴ちゃんと違って最初から落ち着いた様子を見せていた。とくに菜摘という少女は、まるで全てを見透かしているかのような余裕を持った表情を僕に向けている。
「本宮先生が言っていた天文家のかたですね。今日はお越しくださってありがとうございます」
菜摘ちゃんは丁寧に述べ、頭を下げてきた。僕も思わず合わせるように下げ返す。
「えっと、本宮先生に僕を呼ばせたのはきみだね」
僕の問いに間髪いれず、はい、と微笑を浮かべながら菜摘ちゃんは答えた。
「それで僕に何を訊きたいのかな。詳しくは聞かされてないけど、そういうことで僕は呼ばれたんだよね」
「はい、そうです」
菜摘ちゃんは頷き、意気揚々と事細かに説明をしてくれた。
自分たちが新星を見つけようとしている事。
しかし、まったく知識を持ち合わせていないという事。
わかりやすく、簡潔だった。
僕と話しているのは終始菜摘ちゃんだけだ。まるで彼女以外はまったくもって新星に興味がないみたいだった。温度差というものがどことなく見てとれる。
「つまり、それを僕がレクチャーすればいいんだね」
「お手数をおかけします」
「いいよ、それぐらい。まあ新星を見つけられるかってのはちょっと難しいけど。でも星に興味を持ってくれてる子が居るってだけで僕としては嬉しいからね」
菜摘ちゃんの表情が柔らかくなる。
彼女が礼の言葉を述べようとした時、それに上塗るように僕は言った。
「ただし条件があるんだ」
「条件?」
やっと、部屋の隅で文庫本を読んでいた男子生徒――宗也くんが話に加わってきた。美晴ちゃんも呆けたような顔のまま僕のほうを見やっている。
ちょうど具合が良いだろうと思い、僕は床に置いていたショルダーバッグから一冊の本を取り出した。
ローカル誌だ。地元出版社が、地域交流のために毎月発売している雑誌だった。かなりの地域密着型という事もあってか地元の支持も意外と多く、売り上げはまずまずだという。
僕が提示した条件というものは、その本誌に掲載する記事に使う取材対象になってほしい、ということだった。
「この雑誌は読者からの記事の投稿も扱っていてね。僕もそれに挑戦しようと思っているんだ。好評ならば連載もさせてくれてね。ぜひ、きみたちの事を記事にさせてくれないかな」
以前、実家の本屋で仕入れ作業をしていた時に見つけたものだ。
本屋に毎日足を運んでいると様々な情報が目に入ってきたりする。公然と立ち読みの言い訳ができるのも、本屋の息子である特権だろう。
記事が採用されると、雀の涙ほどではあるが報酬ももらえるらしい。リスクもない事だし、ちょっとした趣向の変化もたまには悪くないだろう、と考え始めていたのがちょうどひと月ほど前の話だ。
「どうしてわたしたちなんです?」
訊いてきたのは菜摘ちゃんだった。
彼女は部屋に入ったままずっと席につかず、壁に背を預けて立ちつくしている。顔立ちは毅然としていて、彼女の澄んだ目つきは、何もかもを見透かしているかのようにも見える。
後ろめたい事が何一つあるわけでもないのに、僕は胸の奥に微かな痛みを覚えた。
「この雑誌は地域密着を売りにしてるからね。地元の高校生たちが懸命に取り組む姿っていうのは、なかなかに好印象だと思わないかい」
「なるほど。確かに、特に高齢の方などには受けが良いかもしれないですね」
頷き、菜摘ちゃんは微笑を浮かべる。
そのまま目線だけを、窓際に居る宗也くんへと向けた。
「わたしは良いと思うな。部長くんはどうかな?」
「いいんじゃねえの」
さも興味がないと言った風に生温い返事が返ってきた。菜摘ちゃんの目視すら受け取らず、彼はぼうっと窓の外を眺めている。
あまりの腑抜けた調子に、本当にこの子たちを取材対象にして大丈夫なのだろうか、と僕は今更ながらの不安を覚え始めていた。
しかしそれは杞憂だと強く言い張るかのように、ぱんっ、と菜摘ちゃんが軽くひら手を叩く。
「美晴ちゃんも、それで良いかな」
「え……あ、はい」
話を振られて慌てながら言葉を返した美晴を見て、菜摘ちゃんはまた静かな笑顔を作る。
なるほど、彼女が全てを仕切っているのか。
そういったことを見定めつつ、僕は遠目に窓の外を見つめた。
夕陽で、外はすっかり朱色の世界へと変貌していた。山並みの揺れるイチョウなどの葉が、まだ緑の色を濃く宿したまま染められている。
紅葉にはまだ早い秋の初め。
一足先に良いものが見れたと、僕は穏やかに笑みを浮かべる。
「あの、さっそく訊きたいことがあるんですけど」
数冊の冊子を持ちより、菜摘ちゃんが歩み寄ってきた。
本を開き、カラーマーカーでチェックしていた単語を物凄い勢いで尋ねてきた。
天文学というよりも、星図の見かたや単語の意味などの基礎知識。
一つが終わるとまた次の質問攻めが続いていく。
答えることは簡単だが、数が多すぎてこのままでは日も暮れそうだった。
これはまた忙しい秋になりそうだ。
僕はそう内心で苦笑を浮かべながら、笑顔を崩さずにため息をこぼしたのだった。
一人は、背丈も標準的で特筆するところもないような普通の男子生徒だ。そしてもう一人は、長い黒髪が印象的な手足のほっそりとした長身の女子生徒だった。
僕達は簡単に自己紹介をしあった。
男子生徒は野原宗也。女子生徒のほうは天乃菜摘というらしい。
二人とも、美晴ちゃんと違って最初から落ち着いた様子を見せていた。とくに菜摘という少女は、まるで全てを見透かしているかのような余裕を持った表情を僕に向けている。
「本宮先生が言っていた天文家のかたですね。今日はお越しくださってありがとうございます」
菜摘ちゃんは丁寧に述べ、頭を下げてきた。僕も思わず合わせるように下げ返す。
「えっと、本宮先生に僕を呼ばせたのはきみだね」
僕の問いに間髪いれず、はい、と微笑を浮かべながら菜摘ちゃんは答えた。
「それで僕に何を訊きたいのかな。詳しくは聞かされてないけど、そういうことで僕は呼ばれたんだよね」
「はい、そうです」
菜摘ちゃんは頷き、意気揚々と事細かに説明をしてくれた。
自分たちが新星を見つけようとしている事。
しかし、まったく知識を持ち合わせていないという事。
わかりやすく、簡潔だった。
僕と話しているのは終始菜摘ちゃんだけだ。まるで彼女以外はまったくもって新星に興味がないみたいだった。温度差というものがどことなく見てとれる。
「つまり、それを僕がレクチャーすればいいんだね」
「お手数をおかけします」
「いいよ、それぐらい。まあ新星を見つけられるかってのはちょっと難しいけど。でも星に興味を持ってくれてる子が居るってだけで僕としては嬉しいからね」
菜摘ちゃんの表情が柔らかくなる。
彼女が礼の言葉を述べようとした時、それに上塗るように僕は言った。
「ただし条件があるんだ」
「条件?」
やっと、部屋の隅で文庫本を読んでいた男子生徒――宗也くんが話に加わってきた。美晴ちゃんも呆けたような顔のまま僕のほうを見やっている。
ちょうど具合が良いだろうと思い、僕は床に置いていたショルダーバッグから一冊の本を取り出した。
ローカル誌だ。地元出版社が、地域交流のために毎月発売している雑誌だった。かなりの地域密着型という事もあってか地元の支持も意外と多く、売り上げはまずまずだという。
僕が提示した条件というものは、その本誌に掲載する記事に使う取材対象になってほしい、ということだった。
「この雑誌は読者からの記事の投稿も扱っていてね。僕もそれに挑戦しようと思っているんだ。好評ならば連載もさせてくれてね。ぜひ、きみたちの事を記事にさせてくれないかな」
以前、実家の本屋で仕入れ作業をしていた時に見つけたものだ。
本屋に毎日足を運んでいると様々な情報が目に入ってきたりする。公然と立ち読みの言い訳ができるのも、本屋の息子である特権だろう。
記事が採用されると、雀の涙ほどではあるが報酬ももらえるらしい。リスクもない事だし、ちょっとした趣向の変化もたまには悪くないだろう、と考え始めていたのがちょうどひと月ほど前の話だ。
「どうしてわたしたちなんです?」
訊いてきたのは菜摘ちゃんだった。
彼女は部屋に入ったままずっと席につかず、壁に背を預けて立ちつくしている。顔立ちは毅然としていて、彼女の澄んだ目つきは、何もかもを見透かしているかのようにも見える。
後ろめたい事が何一つあるわけでもないのに、僕は胸の奥に微かな痛みを覚えた。
「この雑誌は地域密着を売りにしてるからね。地元の高校生たちが懸命に取り組む姿っていうのは、なかなかに好印象だと思わないかい」
「なるほど。確かに、特に高齢の方などには受けが良いかもしれないですね」
頷き、菜摘ちゃんは微笑を浮かべる。
そのまま目線だけを、窓際に居る宗也くんへと向けた。
「わたしは良いと思うな。部長くんはどうかな?」
「いいんじゃねえの」
さも興味がないと言った風に生温い返事が返ってきた。菜摘ちゃんの目視すら受け取らず、彼はぼうっと窓の外を眺めている。
あまりの腑抜けた調子に、本当にこの子たちを取材対象にして大丈夫なのだろうか、と僕は今更ながらの不安を覚え始めていた。
しかしそれは杞憂だと強く言い張るかのように、ぱんっ、と菜摘ちゃんが軽くひら手を叩く。
「美晴ちゃんも、それで良いかな」
「え……あ、はい」
話を振られて慌てながら言葉を返した美晴を見て、菜摘ちゃんはまた静かな笑顔を作る。
なるほど、彼女が全てを仕切っているのか。
そういったことを見定めつつ、僕は遠目に窓の外を見つめた。
夕陽で、外はすっかり朱色の世界へと変貌していた。山並みの揺れるイチョウなどの葉が、まだ緑の色を濃く宿したまま染められている。
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一足先に良いものが見れたと、僕は穏やかに笑みを浮かべる。
「あの、さっそく訊きたいことがあるんですけど」
数冊の冊子を持ちより、菜摘ちゃんが歩み寄ってきた。
本を開き、カラーマーカーでチェックしていた単語を物凄い勢いで尋ねてきた。
天文学というよりも、星図の見かたや単語の意味などの基礎知識。
一つが終わるとまた次の質問攻めが続いていく。
答えることは簡単だが、数が多すぎてこのままでは日も暮れそうだった。
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